7月29日 午前5時02分 相模灘上空
さらにレーダー画面が変わる。
攻撃機、敗戦を終戦と呼ぶ言い換え大好きの日本人風だと支援機になるがそのころ削ぎ落とされた対地攻撃能力をこの
航空から地表もしくは海上をレーダーで索敵するとはどんな仕掛けなのかも鷺野にはわからない。ミリオタの鷺野が知っているのはF-16の初期型と同じレーダーになったらしいということだけ。
たった一個のブリップが照射のラインが通るたびに点灯している。
「レーダー・コンタクト、おそらく<遼寧>」
ふーっと樋渡が大きく息を吐いたのがメットの通話越しに風切り音となって聞こえた。
「いきますか?鷺野さん」
「引き返す選択肢はありません」
平和憲法下での自衛官、更に言えば、リベラルで自衛官としては異端中の異端
である自分が言っているとは鷺野自身も信じられない。
鷺野はマスクを装着する、戦闘中につける自信がないのだ。
「フランカーにはかぶられてますけど,増速、マスター・アーム・オン」
樋渡がテキパキと報告してくるWW1の頃からだが空中戦では殺し合っている感覚が一番他の戦闘に比べて薄い。
「先手必勝、先頭の二機のフランカーをレーダーでロック・オン。フォックス
メット内に自機によるロックオンの有効音ツー、ツーと重なり二音鳴り響く。
樋渡は少し操縦桿を引いてノーズを上げ気味にし、
「ワン・ツー連続発射、フォックス・スリー。シュート」
「レーダー・ロック継続中」
まだ、メット内にツーという音が響いている。
スパローが撃ちっ放しでないという批判はこの中距離の非有視界での戦闘では重要なことではないことに鷺野は気づいた。
どうせ見えない敵と向かい合っているのだから、どっち向いていようと、、、いや少しでも有利な角度で迎えたほうがいいのではないかと思った瞬間。
「レーダー・ロック、ロスト。ブリップは変わらず、目標は大きく方向転移。二発とも外れました」
「二発とも、、、」
先手必勝どころかこちらの存在をロケット花火を盛大に打ち上げて知らせただけに終わった。
「このままフランカーの連中とは正対したまま、低高度でさらに増速して<遼寧>に向かっていきますよ、アフター・バーナー・オン」
鷺野は口をはさむ余裕がない。
ファントム387号機は高度をさらに下げ、増速しているのだ。
鷺野の体がシートから浮く。ラップトップPCを閉め抱きしめる。肩のシートベルトが食い込む下への加速度で気持ち悪いというよりベルトが痛い。G計なんか見る余裕がない。あの百里の曹長は所詮グランド・クルーだ。空中戦に関してはあてにならない。しかし、胃が上がるとはこれを言うのか、、、、。
機体もきしんでいる。
「居た居た、ターゲット・
鷺野は目をつぶっていようかと思ったが、そんなわけにもいかない。ノートPCを必死に抱えつつ前方上空を見ようとするが後席ではよく見えない。
樋渡は
フランカーの一団を右に捉えつつ、ものすごい相対速度でお互いすれ違った。
「アフター・バーナー、オフ、そしてターン・レフト」
すれ違うと同時に樋渡はアフター・バーナーを消した。これは排気炎にもう一度燃料を噴射して燃やす推進法なので燃料消費も考えるとやたらめったら使うことは出来ない。それにエンジンそのものもの痛む。
<遼寧>は
「空母のピケット・ライン通過ですよ」
鷺野は振り返り、シートベルトの許す範囲で伸び上がりながら右後方のフランカーを確認しようとするが駄目だ。
と思った刹那、樋渡が小さな左ターンから水平に姿勢を戻した瞬間。
見えた。
フランカーだ。カナード翼がついている。何型のコピーになるんだろうか。
向こうのフランカーも機体を立てにしてこちらに機体上部を綺麗にこちらに見せ旋回中だ。クルビットとかプガチョフコブラとか言われるが横方向の旋回がわりに半径が大きい気もするが比較のしようがない。
しかし、相変わらず美しい飛行機であることには間違いない、敵ながら
「6時後方、フランカー、旋回中」
鷺野が始めて新幹線を見た子供のように叫ぶ。実際フランカーを始めて見たのだ。
おそらく、樋渡もだろう。
「知ってますよ」
とにべもない樋渡。
「それより、パソコン、パソコンもう<遼寧>が目の前です」
鷺野はいかに戦闘機というものが高速で飛び、機動するものかということを実感させられる。
機動部隊を率いた南雲さんや航空参謀の源田さんがミッドウェイで犯した6分の過ちも納得だ。
「了解」
こっちが鷺野にとっての本業だ。PCの充電がどうのとか言って入る暇はない。ノートPCを開きクリックパッドをぐりぐりと。
とここでまた、樋渡が小さく右に機体を傾ける。
「ターン・ライト」
<遼寧>上空を通過するために微調整していることはわかるが、そのたびにすごい加速度が鷺野とノートPCにかかる。それに股ぐらの操縦桿が邪魔だ。
こんな揺れる中、アイコンでアプリを立ち上げるなんて無理だ。ウィドウズボタンを押してよく使うアプリから立ち上げるが、ウィルス採取用のソフト<フォース・アイズ>が立ち上がるものの小さなウィンドウ内に表示されるはずの選択肢が出ない。
鷺野は顔から血の気が引く思いだ。
が、とっさに左側でぷらんぷらん揺れてるUSBの配線に気づく。
なんと、まだUSB挿してねーじゃん、、、、、、、、、。
なにやっての、おれ、、、。
ぎょえ、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、。
平和憲法下の自衛官が先手必勝とか言って先にミサイルを撃つと思っていなかったし、こんなに小刻みに揺れると思っていなかったし、これじゃあB級映画の安っぽいスリルじゃないかとも思うし。
後席の風防の枠内にも<遼寧>が迫ってきた。
また、樋渡が機体を左右に傾け揺らしながら微調整。
飛行機というものは傾けないと曲がれないものなのか。
「鷺野さん、さっきから黙ってますけど、大丈夫ですか?、もう通過しますよ」
大丈夫じゃない。
「マスターアームのオンで改造した集塵用ポッドもオンになってますから」
まずは接続しないと、、、揺れる振り子みたいなUSBがつかめない。
もう三回は掴むことに失敗している。ヤバい。
急に鷺野は解決策を思いつく。
配線から辿っていけばいいんじゃないか。
右手でノートPCを保持しつつ揺れてない配線基部から左手でつるつる配線を辿っていく。これは鷺野の人生史上最も優れた閃きかもしれない。
掴んだ。
そして、USBポートがあるであろう場所にカツカツカツカツ挿しこもうとする。
「鷺野さん、いきますよ」
樋渡の声がメットに嫌なほど響く。
挿せた。
ソフト<フォース・アイズ>の選択肢のが全部オン・マウスの状態になる。
鷺野の左側風防の色が変わった。ターナーの絵のような朝焼けと相模灘のブルーからグレー一色にだ。
一瞬見てしまう。
<遼寧>のブリッジだ。
中国人だ。
中国人水兵に、将校だ。
観光に来ているのでない中国人だ。
爆買いをしていない中国人だ。
中華料理を調理していない中国人だ。
三国志の
視線をPCのモニターに戻す。
一瞬でウィンドウの枠に文字が出る。
NIGHT bannerman
こんな大型の物体を占拠しながら、ただのバナー・マンだとは、、、。嘘だろ。 すべてがスローになる長い一瞬だった。
「チェック・シックス、チェック・シックス!!!!」
鷺野は樋渡の叫び声で我にかえる。
後方で<遼寧>で爆煙が上がっていると思ったら、HHQ-10艦対空ミサイルシステム、FL-3000Nミサイルが<遼寧>から発射されている。しかも、二発。
「ミサイルを
樋渡が珍しくきっちり言う。重大な事案だと鷺野もすぐに理解する。
「アフターバーナー、オン!」
樋渡がスロットルを押し込み、操縦桿を目一杯引く。
そして珍しく樋渡自身が小さな声で叫ぶ。
「うぉぉぉぉ」
ファントムⅡ387号機は排気管からはアフターバナーの炎を大きく燃やしあげ全可動式の昇降舵をめいいっぱい逆立てて、空へ、高い空を目指す、ただただ高い高空を目指す。
これが加速度Gだ。
「ぐぅぅぅぅ」
鷺野も声にならない悲鳴をあげる。さっきの
速度計の変化は遅いが、今度は高度計が狂ったようクルクル回る、小さな単位を示すスロット式の表示域はあまりにもはやく回転しすぎて補足するのが不可能だ。ちらっと小さなG計を見ようとするが、やめた。苦しさの度合いを知っても意味がない。
ロケットの上昇と同じだ。確か10G以上で失神とか言ってたような、、。首に力を入れているが、遠心力で下半身に体内の流用物がいっていた思ったら今は上昇しているらしく今度は背中の方に単純に押される。
マッハ2級の実用戦闘機の単純な威力に圧倒される。単純に人が乗れる限界を越えている。
時間の感覚がない。とにかく早く終わって欲しい。
「鷺野さん、生きてますか?」
「生きてますよ、、」
声も
「艦対空ミサイルは右側です。チャフとジャマーのAN/ALQ-131、全開にしてあとフレアも数発、デコイ全開で左に急旋回して急降下しますよ」
「了解、、、失速しそうなマニューバーですけど」
それを言うのが鷺野はやっとだ。
「ミサイルにぶち当たるよりマシでしょう」
鷺野は後方の迫ってくるミサイルのシーカーも見てみたい気もするが、そんな余裕はない。
樋渡は風防に設置されているバックミラーで確認しているのだろうか、そうであった欲しい。
「オン・マイ・マーク、、」
樋渡の声が機内通話でメットに響く。
「ナウ!ターン・ハード・レフト、チャフ、フレア、ランチ!。ジャマー、オン」
またもや、シートベルトが肩に食い込みシートから鷺野の体が浮きそうになる、メットをつけた頭とノートPCが旋回の反対の右上方に持っていかれる。
どちらも必死に抑える、前者は
衝撃とともにボボーン。と爆発音が響く。
「樋渡さん!!」
鷺野は一瞬ミサイルが当たったかと思い樋渡を呼んでしまった。
「チャフとフレアの発射音です。軍用機は打ち出すものは全部火薬でやっているんでね」
戦闘機の撮影だとフレアの発射が派手で美しく一つの見どころ撮影ポイントとなるのだが、そんな余裕は一切ない。
それより、急旋回のGがまだ体にのしかかる。今度はフルのマイナスGだ。
と同時に、ボバァーン、ボバァーンと二発の破裂音が風防越しにファントム387号機のコックピットまで届く。
艦対空ミサイルの搭載炸薬量は知らないが一回の爆発音ごとに13000キロもある大型戦闘機の
そしてバラバラやパラパラと実際のミサイルの破片が
「ひえぇぇ、、、、」
またも、鷺野が悲鳴をあげる。
「艦対空ミサイル、二発ともロスト」
樋渡の少し嬉しそうな声がメットにこだまする。
「世界で初じゃないないですか、実際にFL-3000Nに撃たれて実際に
「なにやっても世界初ですね」
と弱々しい声で鷺野。
「昨今の紛争地域でも滅多に空中戦は起こりませんから、もうすぐ地上で操作するドローンだけで戦争してパイロットすら要らなくなりますよ」
「チャフ、フレア、ECCM、のどれが効いたんですか?」
「正直、わかりません」
まだ降下中、ノートPCは鷺野の腕の中で浮上している。こんな重いものが浮いているなんて事実として信じられない。
鷺野がなんとか首を回した左を見たら小さいながらもなにやらグレーの物体が見えた。
フランカーのノーズ・コーンだ。
「チェック、ナイン!、チェック、ナイン、同高度、左、左ですよ」
鷺野が叫ぶ。
「ハイパー・ハード・ライト!」
と樋渡。
「対空ミサイルは避けてたみたいですが待ち伏せていたな、」
樋渡がつぶやく。
鷺野はまた、加速度と慣性との戦い。
「ちょっと揺らしますよ、鷺野さん」
「もう充分、、、」
そこまでしか、声にならない。
旋回の度に機体は縦になる。ヴァーティゴと呼ばれる空間失調にパイロットが良くなると言うが、そんな程度の空間認識能力しかもたないのは正直ダメなパイロットだと鷺野は小さい頃からずーっと思っていたがそれは間違いのようだ。
空が真上にありここは相模灘だが海が下にあるという概念を超越して戦闘機はマニューバリングする。
空が横になったり、水平線が縦になったり、急旋回しているときなど、機体が90度を越えて傾くからどっちに曲がっているのか進んでいる方位すらわからなくなる。
それに鷺野は荷物として揺らされているだけだが、パイロットはHUDに表示される姿勢儀を見、高度を見、方位を見、速度は適当に飛行機に任せているかもしれないが、見えている風景と科学的物理的に正しい計器が教えてくれる情報と加速度をごっちゃにして判断し速度マッハ1ちょっと手前ぐらいで操作しているのだ。
それに恐怖がちょっぴりどころかたっぷり混じる。
今は、フランカーに追われている。
樋渡は、必死に
「さっきの艦対空ミサイルを誤爆させて
といきなり、樋渡。
「えーっ」
「操縦桿の感覚が微妙に変です」
「ちょっと、、、」
「大丈夫、エンジン系の警報サインはでてないんで、逆に燃料のほうが心配なくらいで、しかし、フランカーはどんなに振っても最短距離で切り込んできますね。腕がいいのか機体がいいのか。」
「──────」
鷺野は無言。
こりゃ、本当に死ぬかもしれない。警務隊まで呼んだ副総理の顔が脳裏にちらつく。次の選挙は絶対、現与党に入れない。
と思っていたら、後ろでバーッと言う音がして左側をヘルメットほどあるような光の塊が飛んでいった。
「ひえーっ」
人生で始めて敵意と殺意をもった他人に撃たれた。
「バルカン、フランカーのバルカン砲、曳光弾ですよ。距離がだいぶ詰まっているんでねぇ」
と樋渡。
鷺野は思い切って後方を振り返って見てみたが、すぐ後ろにフランカー1機がこちらの旋回に寸分違わず合わせて数秒遅れて同じ動きをしている。
「ちょっと無茶やりますよ」
樋渡の声に鷺野は返事をする暇もない。
樋渡は、ちょっと操縦桿を引き、少し上昇させ、それから操縦桿を本当に少しだけ押し込み機体を下に向かせた。
J-79エンジンの咆哮がやや弱まる。樋渡がスロットルを戻したのだ。
鷺野とPCはまた加速度と慣性の法則に従って前へぐーんと運ばれる。
「へへ、」
樋渡が笑い声がメットに聞こえる。悪魔の囁きだ。
よく空戦映画なんかで見られる手だが、もうそんな手ぐらいしか残ってないのだ。
これで、フランカーに追い抜かしてもらってフランカーの後方に着けるのか?。
後方を同じ様に飛ぶフランカーも速度をこっちはエアブレーキを大きく開いて落としている。
機体の空力的加速減速のレスポンスでさえもフランカーのほうがはるかに良い。
「リリース」
樋渡が小さく叫んだ。
また、バーンとなにか弾ける音が
「ひやぁ」
火薬で飛ばされた飛行船ののような形をした
縦方向にクルクル回る増槽を中国人パイロットはギリギリで躱したものの、フランカーの展開中のエアブレーキに辺り回転方向が歪み巨大な二枚の垂直尾翼に
意味不明な爆発音に鷺野は後方を見ると、垂直尾翼を失ったフランカーが爆発の反動で立ち上がるようにお尻を下げ、降下していっていた。爆発炎上はしていないもののバランスを崩し失速している。
「ホー、ホー、グッド・キル、グッキル!!グッキル」
樋渡が叫んでいる。よっぽど嬉しいのかガッツポーズの後グーナックルで上部の風防をがっちんごっちん叩いている。
しかし、この状態でも失速せずに飛び続けられそうな空力的機動力を持っているのがフランカーなのだが。
鷺野は信じられない様子で落ちていく下方のフランカーを後席から乗り出して見ていた。
やりましたね、と言うには微妙な裏技だ。
「空自の戦競なら反則負けですね」
と鷺野が言ってやると、
「空自の戦競を知っているんですか?さすがミリオタ。戦争にルールなんてないですよ」
とまたもやにべもない機長の樋渡二等空尉。
「出場したことありますか?」
「ありません、うん?、チェック・スリー。チェック・スリー」
鷺野の間の抜けた質問に警報で答える樋渡。
「ハード・レフトッ!」
また
機体が持つ高度の位置エネルギーを速度に変えざるをえないのだ。
「ミサイル、ミサイル、、。チェック・シックス。チェック・シックス多分、短射程のR-73、アーチャーですよ。また振り回しますよ」
樋渡は操縦桿を目一杯ひき、
樋渡が風防に装着されたバックミラーと小刻みに振り返ってミサイルの位置を把握しようとしているのがわかる。鷺野も後方の確認を手伝いたいが、ノートPCを抱えたまま一回振り向くのが精一杯だ。
盛大に煙の線を引きながら単眼のシーカーが自機を追っている。ミサイルは二発。
百里で離陸前に懸念していた。こちらが進路を<遼寧>に向ける余裕がなくなるという悪い方の予想が現実と化してきた。
「くそっ、ターン、ターン、フレア、フレア」
ボボボボーンと機体の後方で発射音がする。熱源体のデコイのフレアを発射しているのだ。
G計が急激にはね回り、体がシートから浮く。
エンジン排気音の後方でバーンと一発爆発音がした。
「樋渡さん、横」
鷺野がまた叫ぶ。光の固まりが雨のように飛んでくる中を
「ええい、」
樋渡の愚痴が多くなってきた。
ということは、背後に付かれたということになる。
それを避けるためだろう、樋渡はすぐにもう一度90度近く傾け、
一体何機のフランカーと勝負しているのだろう?。自機の機動の激しさと相手との相対速度で確認することさえ難しい。
樋渡が
ババーン。
背後で巨大な爆発音が聞こえ、1万3千キロもある巨大な
「ひぇー」
思わず鷺野が悲鳴を上げる。
途端、二人縦に連座しているコックピットで警報音がピーピービービー鳴り響き出した。
「アイム・ヒット、アイム・ヒット!」
樋渡の声が鷺野のメット内で響く。ヒットは受け身の過去分詞もヒットのままだ。
樋渡が正しい、と、関係ないどっちで良いことを考えてしまう。
「オン、ファイヤー、オン、ファイヤー、右エンジン火災発生。自動消火装置はチェック済み、ネガティブ、ネガティヴ。くそ、作動せず。くそ、エクスティングィッシャー、オン、
前で樋渡が必死にがちゃがちゃやっているのがわかる。警報は鳴り響いたまま。右上のエンジン関係の警報スイッチが赤くなったままだ。
引き続き警報音。
「エンジン内温度異常上昇。くそ、駄目か、右エンジン、フュエル・カット、フュエル・カット。これで消えなきゃ終わりですよ」
機体を通じて、ボワッと音がした。振動でわかる乗り物とは戦闘機であれ基本そういうものだ。
警報音が消えた。
樋渡が後ろを必死に確認している。機体のダメージの度合いを知りたいのだろう。
「火災消化に成功。左エンジンのみの片肺になりました。見た感じとダメージから言ってR-73ミサイルの直撃ではないでしょう。ロストしたやつが近接信管で近くで爆破したか、知らない間にもう一発どこかから撃たれてか、」
こんな時でも貴重の樋渡は冷静に分析している。
樋渡の声は意外と落ち着いている。
こういう人間を複雑で人の感覚を越えたマシーンを操る戦闘機のパイロットと呼ぶべきなのかもしれない。
二人いるせいかそれほど恐怖感はないが相当もう追い込まれたのは鷺野でも理解できる。
「チェック・シックス!、チェック・シックス、ダイブ・ダイブ」
「舐めた真似してくれますね、更にピッチ系の舵面がおかしいですが、こっちだってまだやれますよ」
「ちょっと、樋渡さん、8時の方向、ミサイル、ミサイル」
「気づいてますよ、もう、フレアも撃ち尽くしました。このまま<遼寧>を目指します。ラストダンスはなんとかで、で、派手に行きましょう。栄光のゼロ年代に花束をですよ、片肺なんでどうなるか知りませんがバーナー・オン」
「ちょっと自暴自棄は、、、」
ファントム387号機はエンジン片肺のアフターバーナーのフル加速で急降下し洋上に鷺野が例えに使ったラップトップPCのように四角く浮かぶ<遼寧>めがけR-73、アーチャーミサイルを引き連れて降下していった。
速度計が跳ね上がり、高度計はぐるぐる狂ったように回る。
「ぎぇーー」
鷺野が今度は悲鳴をあげる。
まさに空中ジェットコースターだ。
複数のフランカーが機首を垂直に落とし接近しついてくる。
高度計がぐるぐる回る。
高度は一万フィートを切った。
3で割ったらメートルで、3000メートルかな?。
樋渡は水平尾翼の舵面がどうのって言っていた。
この急降下からの引き起こしに耐えられるのか?。
高度系の針は回り、同じ計器盤に組み込まれた回転する方の数字はパチンコ屋のスロットルみたいに回る。
高度は6000フィート。
3で割ったら、、、。割り算はやめよう、どうせゼロになったらフィートもメートルも同じだ。海面に激突するだけだ。数字が幾つ減ったか考えよう、それを降下率とかいうんじゃなかったけ?違うか。
高度計の針は回る。
高度2000フィート。
アーチャー・ミサイルはどうなった?。
<遼寧>からどれくらい離れているんだろう。
高度計の針はどんどん回る。
高度800フィート。今、気づいた速度計を見ればどれだけ落ちていっているかわかるので、降下率がわかるはずだ。鷺野はあくまでも理学部数学科卒の幹候上がりだ。
変化率とかあんのかな?デカルトだったけ、ライプニッツそれとも、関孝和。微分と線形代数は一、二年の必修単位だった。
高度計の針はどんどんどんどん回る。
高度100フィート。
ただただ3で割りたい。この真夏の早朝、東海地方で一番3で割りたい人間が鷺野だろう。
自分はPCを抱いてシートに押し付けられているだけだ。もう何が何でも引き起こしたほうが良いんじゃないのか。
「樋渡さんっ!!」
鷺野が叫んだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお」
樋渡が吠えた。目一杯操縦桿を引く。空対空ミサイルと複数のフランカーを連れて一番速度を得られる方法で<遼寧>に迫り、生死を掛けた引き起こしに入る。マクダネル・ダグラス社の設計限界強度とかどうなっているのだろう?。
これしか、アーチャーミサイルとフランカーを自機から引き離しておく手段がないのだ。それもわかる。
と同時に信じられない加速度が鷺野を襲う。対Gスーツの下半身の部分がぷくーっっと膨らむがそこの筋肉に思い切っり力を入れたほうが楽なの最前からの空中戦で学んだところだ。
ヤバい、これ下半身に血が行って脳内や眼球に血が足りなくなってブラック・アウトするやつだ。手がPCがひたすら重い。
鷺野がだめになったら、なんのためにここまで飛んできて空中戦までやったのかわからなくなる。
ブル・ネック、ブル・ネック。必死で首を固め頑張る。
樋渡のために頑張る。
空自のために頑張る。
あの中卒の機付き長のために頑張る。
警務隊で鷺野を連行した副総理のために頑張る。
一億数千万の日本全国の皆さんのために頑張る。
いや、自分自身、
後方でドバーンとまた聞いたことのない音が聞こえた。ミサイルが引き起こせずに海面と激突し信管が作動して爆発したのだろう。
高度計は10フィートを指している。まだ3で割りたいが樋渡の声に引き戻された。
「鷺野さん、前方<遼寧>。もう10秒もないですよ」
相変わらず、
ここに来て始めて高度を3で割りたくなくなった。
PCを開く。充電が一瞬心配になるが前回の<遼寧>の直上の通過から時間の感覚がない。小学校を卒業したぐらいの連続の始めてばかりの経験をした。
「いきますよーっ」
樋渡の声も心なしか弾んでいる。
マスター・アームのスイッチはオンになったまま、水平飛行のままなので、操作は楽だクリックパッドで<ナイト・バナーマン>まですぃーっと引っ張り、シングルクリックでオンにして文字の色を変える。
後はたった中指を数センチ動かすだけだ。
スキージャンプ式の甲板がキャノピーの横枠を通過した。
Enterキーを押す。強くでも、そっとでもなく押す。ただただ押す。
<遼寧>のブリッジを通過した。前回ほどはなんの感慨も沸かない。
唯の中国人だ。
今度来るときはEEZを侵さず、ビザでも持って成田で京成電鉄に乗るか、関空でラピートに乗ってこい。いつでもウェルカムだ。
<遼寧>を超低空でフライ・バイ、通過した。
途端、海面上の超低空を
鷺野は現実に戻される。
「ちょっと」
「まだ、チェック・シックス。後ろにフランカーが居るんでね」
そうか、
「で、出来るだけ日本列島に近いところで、とね」
樋渡の声は明るい。今度はジグザグでもう一回反対に傾け旋回するだろうと、
鷺野が予測したら、バンクは小さい。ほぼ水平飛行だ。
「さぁ、鷺野さん、ベイル・アウトです」
べいる・あうと?
任務成功でせーふだろう。
樋渡の言葉が頭に入ってこない。
「早く、インジェクション・シートで脱出してください」
「ちょっと、待った。まだ飛べるじゃないですか?」
「もう燃料がないんでね、残り50ガロン」
「────────」
鷺野は言葉がない。
「以前でも空自でファントムは燃料が足りなくて墜落事故を起こしてるですよ」
「・・・・・・・・・・」
「ごちゃごちゃ言ってる暇はないですよ。水面ギリギリは突っ込むから上から一番射撃がしにくい、さぁ早く」
鷺野の声が急に低くなり真剣味を帯びた。
「あんたも一緒にか?」
「そう思えばベイル・アウト出来るのなら、そう思ってください」
と樋渡。声はいつもどうりだ。
鷺野にもわかった。
樋渡は脱出する気はない。
鷺野の荒い息の音だけが機内通話で自身の耳にメット越しに帰ってくる。
「あんたは、どこまでカッコつける気なんだぁ。この国は死ぬに値するような国なんかじゃない。55年体制で出来た傀儡政権、植民地だ」
鷺野はもう半分泣き声だ。
「最後までカッコつけるやつが、かっこいいんですよ。これ中学校の鉄則」
キャノピーの外はフランカーの曳光弾が時折飛んでいる。
「機内では機長の指示に従うと約束したはずですよ。さぁ高度はほぼゼロですけどゼロゼロ発進のベイルアウトです」
「ずるいぞ、あんたは、くそくそくそ、くそ、、、、、、、、、、、、、、、、」
鷺野の声がどんどん小さくなる。
「鷺野二等陸尉、かかれぇ!」
これが決定打になった。
全自衛隊共通の命令口調、”かかれ”。
これを言われて作業、任務に”かからない”自衛官は一人も居ない。
陸海空、自衛隊員は全員、隊員となったときに国家に国民に宣誓しているのだ。
鷺野は自慢のPCを足元に投げ捨てると、たった45分の座学で習ったとおりの姿勢を取りインジェクションシートのレバーを思いっきり引いた。
文字通り撃ち出された。
地上で駐機したままで火災が起きてもパラシュートが開く高度までパイロットを打ち出してくれる仕掛けである。相当の加速度がかかるが旅客機にはないまさに最高に安全な航空機からの脱出方法でもある。
今までの空中戦以上の加速度が鷺野のインジェクションシートにはかかるがたった数秒のことである。
4秒間の内、たった1秒半で充分な高度にまで、鷺野とインジェクションシートのコンビは撃ち出された。
鷺野はぐえっと上から押された感じがしたら、ちょっとどころかかなり高いところに居た。
4秒間の内、残りの0.5秒で鷺野はインジェクション・シートから無理やり分離される。ただインジェクションシートが一定の方向に傾くだけだが、重力下では決定的だ。
こんな頑丈で重い椅子に縛られたまま海面ならびに陸地にパラシュート降下するのはかなり危険だからである。
ほんのゼロ・コンマ何秒間自由落下のスカイダイブと空の景色を楽しめるが世界一安全な航空機からの脱出装置はそれすら鷺野に許さない。
残りの0.5秒で自動的に鷺野のパラシュートが開く。ただそんなに快適で優しい装置でもない。パラシュートが開くとV字で股間に付けたハーネスと胸に相当力がかかる。
鷺野は今回のサイバー・テロに対しての感想を最前線で戦ったものの一人として全国民を代表して言った。
「ぐぇ」
これ以上でも以下の感想もない。
しかし、これはパラシュートが確実に開いた証拠でもある。
ファントムを開発したマクダネル・ダグラス社では4秒間の残りの一秒でインジェクション・シートが充分にパイロットから離れた地点まで分離されることを採用した国家、並びに軍とその利用者に保証している。
そのとおりになった。
鷺野がシートが海面に落下した音すら聞くことはなかった。
ファントムを開発したマクダネル・ダグラス社は素晴らしい。しかし、世紀を跨いだ現在では、マクダネル・ダグラス社という会社はこの世に存在しない。ボーイング・マーチン社という巨大企業の航空機部門の一つでしかない。
パラシュートは思っていたよりかなり速い速度で降下していたが、夏の朝は風がなく強風に流されてそのまま海面に叩きつけられるということはさけられそうだった。
しかし、それよりもっと辛い光景が鷺野の眼前には待っていた。
鷺野が4秒前まで乗っていた
片肺で出来るだけ樋渡は
フランカーはロケットのように空中を翼の揚力を使わずどこまでも理論上は上昇することが出来る。
馬力がある飛行機ほど上に逃げるべきなのだが、樋渡の目的が別にあることは間違いなかった。
フランカーを鷺野から遠ざけているのである。
航空救難隊にフランカーが絡んでいかないように、、。
フランカーはその内、内と回ってくる。どんどん
ぎりぎりで
しかし、お尻を振ったのが致命的だった。
盛大に尾翼の破片を撒き散らす。
「脱出しろ、樋渡二尉!。かかれ、かかれ、かかれ、かかれ」
鷺野は叫んでいた。
涙が目から溢れ流れている。
尾翼の破壊が空気抵抗になっているらしく、
畢竟、機体そのものの直進性が大きく失われる。それでも、樋渡二尉は戦っていた。下がった後部を無理やり持ち上げるかのようにほとんど背面になりながらも右へ大きくバンク旋回。
鷺野からはどんどん、
視力は良いはずだが、涙のせいかよく見えない。もう三角と三角が雲一つ無い真夏の青い空をヒラヒラ三角の角度を変えながら飛んでいる。
樋渡の
「かかれ、かかれ、樋渡二尉」
鷺野は叫び続けていた。
鷺野は最後の最後まで見るつもりだったが、編み上げのブーツにバシャーンとなにかが当たったと思ったら、相模灘の海面に落ちていた。
そして上から、超軽量の合成繊維で出きた大きなパラシュートが覆いかぶさった。
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