7月29日 午前4時43分 百里基地
戦闘機は乗り込むだけでも大変な作業だ。梯子に登って機種横を跨いで漸く座席に到着する。翼も人が乗っていい場所と駄目な場所があるらしい。
鷺野はまず走ってハンガーのわきまで行ってトイレで小便をした。
これには、樋渡も追いかけてきた。
結局樋渡も緊張しているらしい。というか
エプロンをタキシングなしで離陸するので、滑走路の端が大変な騒ぎだ。電源車からコンプレッサー、給油車、なんでも来いだ。空母の飛行看板みたいな騒ぎになっている。
たった一機のファントム二人の乗員のために百里基地中のグランド・クルーが集まってしかも、手慣れた
やれ、それがGホースだ。どれ、それが酸素マスクへのホースだ。たった45分の座学で唯一習った射出レバーはこれだ。そこら辺は触るなとか、ここはよく見てろとか、見てろと言われたのは、G計だ。
財務省への恨みが更に募る。
基本60年前の戦闘機なのだ。
「耐Gスーツなのになんでだ?」
と鷺野がしつこく尋ねると、半笑いで踏ん張ったほうが楽なんですと年下のグランドクルーに言われる。
何を尋ねても概ね半笑いだ。空自は恐ろしいところだ。入らなくてよかったと真剣に鷺野は思った。
シートベルトが脅威のキツさと複雑さだ。ぱっぱかぱっぱか椅子に締め付けられて締め方がわからないが、外し方だけは、座学の45分に含まれていた。中卒で航空予備隊のころから入隊している講習を受け持った百里基地最先任の特務空曹長が、鬼のようにすべての行程をWチェックする。
曹長曰く。
「Wチェックが航空部隊の基本中の基本ですから」だと。
陸自にも、親父が旧陸軍で恩賜の軍刀をどうのとか、ほぼ小卒ですとか、予備隊や保安隊からどうのという”生き仏”みたいな特務曹長が連隊に一人ぐらいは居るもんだが、この百里基地の曹長も負けていない。
この曹長にジェットパックでも
この曹長、ITとかそのへんは、からっきし駄目かと思いきや、
「前後左右天地、加速減速、ほぼ四次元的に揺れますがなんとしてもラップトップだけは死守してください」
としつこいほど念を押され太いパラシュート用のベルトで肩にかけさせられた。
そんなことわかっているし、これでは逆にPCを操作しにくい。
と、言いたいが言える相手ではない。
鷺野は深い溜息をついて弱い不満と不同意を表すのが精一杯である。
やうやうあって、ファントムに
鷺野もびっくりする。
「今まで、ずーっとポッド弄ってました。完璧です。言われてたUSBへの配線がコックピットの左脇のそれです」
取って付けたような細い配線に付いたUSBポートがちょろんとシート脇にある。
「挿してください」
「今か?」
と鷺野。
「いつでもどうぞ」
ご機嫌伺いのヘラヘラ笑いの長良。
「あの二尉殿、、、これでも、食って下さい」
といって長良がコンビニでも売ってそうな、朝食代わりのゼリーパックを差し出す。
「なんだこれ?」
「パイロット用の非常食です、時々パイロットに分けてもらうんです。めっちゃうまいですよ」
「裁判防止のための賄賂か?」
「いやだな、違いますよ」
「心配するな、俺もテンパってて悪かった、謝る」
といって、鷺野がコクっと頭を下げると、メットが大きすぎてまた鼻の付け根までカクンとなる。ラダーの端に乗ってた曹長が鬼のような形相でそれをを見るや、長良を睨んでから、メットを鷺野の首のストラップのところで、思い切り締めた。ぐえー。
長良が言う。
「頑張ってください。思いっきり漏らして吐いちゃって下さい。機付長のおれが丹念に掃除しますんでこいつは、ライフワークって言うんですか?おれの空自での分身なんですよ」
機付長だけが、機体に名前を記すことを許されている。幹部自衛官であるパイロットはどの機体にのるか割当があり決まっていないのにだ。
まだ、酸素マスクをつけていない樋渡が前席で怒鳴る。
「おい、二曹、もういいだろう、ハッチ締め、エンジン・スタートするぞ、離れていろ吸い込まれるぞ」
「んじゃぁ」
曹長と長良が下に消えた。ラダーが外される音がした。鷺野はもう降りれないじゃんと少し不安になる。
前方ではよく見えないが、グランドクルーと樋渡が手旗の合図でエルロン、ラダー、としっかり動くか実際同調させて動かし確かめあっている。
地上員の動きが手話のようで美しい。自衛隊の練度は世界有数とはよくいったものだ。
いつスタートになったのか、コンプレッサーでスタートさせたのか、エンジン音がだんだん高くなる。もう既にうるさいぐらいだ。
メットの通話を通じて樋渡が言ってきた。
「タワーとやり取りしなくて済むのは、楽でいいですね。いつも面倒だし、連中偉そうなんですよ」
鷺野はよく知らないので返す言葉がない。
ファントムの機首で手信号で各動翼のチェックをしていたクルーがサム・アップをしてOKサインを送り駆け足で去っていく。
樋渡が右手と左手を軽く分離させ車輪止めの除去の指示を出す。
見えない。離れたことをは信じるしか無い。
「行きますよ」
と樋渡。
ファントム改はブレーキをフルにかけ、エンジンだけどんどん出力を上げていく。
爆発しそうで怖いぐらいだ。
そのころ、長良二曹は自分の整備班をエプロンの脇で整列させていた。
「おまえら、しっかり並べ、しっかり敬礼しろ!。このファントム387とは見納めになるぞ」
「班長、そんなこと、、言ったら」
「馬鹿野郎、上の連中は何やってんだ、ファントムでフランカーなんかに勝てるわけがないじゃないか、頭ーっ中!」
長良二曹率いる整備班はそれこそ綺麗に一列に並び最敬礼で直立し敬礼していた。
「リリース」
樋渡の一風変わった掛け声とともにファントム387は滑走路を疾走し離陸していった。
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