7月29日 午前2時14分 官邸

 官邸の特別対策室の蛍光灯が急に明るくなり、一本の蛍光灯がバチーンと大きな音をたてて弾け飛んだ。

 対策室内に居た全員がおおっーとおののき互いを見合った。

 特別対策室の蛍光灯は異常に明るいままである。

 一人の官僚がはっと気づきブラインドで遮られたままの窓から外を見て、叫ぶ。

「信号が、街灯が付いています。電力や送電、信号のシステム復旧しています」

「おい、誰か、経産省の本館に連絡を取れ」

「早くしろ、国交省もだ」

 また、バチーンと過電圧で一本の蛍光灯が弾け飛んだ。

「おい誰か、自家発電を切れ」

 官僚の一人が走っていく。

 佐竹三曹は、PCが職場に入り込んで以来、誰もがするブルー・ライトの明かりを見すぎた細い目で眩しくもないのに眩しそうに鷺野を見ている。

 操あかね士長は、目が真っ赤でもう既に泣いている。

 二人のうちどっちが言ったのかわからないが、小さい声が響いた。

「小隊長、、、、」

「おう。」

 鷺野が小さく返事した。

「やったのか?」

 よろよろとよくわかっていない、山川陸将補が寄ってきた。

 鷺野はようやく、キーボードとマウスから手を放した。

「電力、及び日本のインフラの庶システムを復旧させたと言う意味では、やりました。ほぼ昨日の大停電前の状態にあります」

「おおおおっ、すごいじゃないか、お前は、鷺野ーっ!!」

 山川陸将補が鷺野の肩を掴み鷺野の上半身をぐらぐら揺らす。

「しかし、、、、」

 鷺野が渋い顔をして、一言挟んだ。

「しかし、なんだ?」

 山川も訝る。この人が訝るとなにか起こりそうでマジで怖い。

「自衛隊としては、重要な任務が残っています」

 と言い、鷺野は離れた国権の最高責任者二人が着座している大机からは位置に座っている、統合幕僚長の延岡のべおか海将と、海上幕僚長に視線をわざとらしく送る。

 統合幕僚長の延岡海将と海上幕僚長の表情が急に険しくなる。

「<遼寧りょうねい>の問題がのこっています」

 もともと静かなのだが、特別対策室が水を打ったように静まりかえる。

「何が言いたい!」

 海上幕僚長が凄んだところを統合幕僚長の延岡が遮る形で前にでた。

 しかし、それは鷺野の方ではなく、大机のほうだった。

 延岡は言った。

「副総理、並びに官房長官、お話があります」

 今度は、鷺野が第505特殊電算小隊に与えられた簡易のどこにでもある会議室用の机から立ち上がった。

「今頃、絡繰からくりをシビリアン・コントロールのトップに報告するのなんて、サイテーですよ、ルール違反もはなはだしい」

「二等陸尉の貴様に何がわかる」

「私みたいなものをこんな市ヶ谷から、官邸まで機密の中枢に繋げさせたのがそもそもの間違いでしたね」

「どうなっとるんだ」

 微妙な不穏な空気を察して副総理が鷺野と延岡の二人をねめつける。

「副総理、」

 そこまで三軍のトップである延岡が言ったところで、鷺野は更に大声で割り込んだ。

「<遼寧りょうねい>も<ナイト・キング>に侵されています」

「貴様、当て推量だろう海上自衛隊の専門家も在日米軍本部の専門家誰もそんな事は言っていない」 

 延岡も噛み付く。

 鷺野も負けていない。

「だから、確実なんですよ。全部読みましたよ、在日米軍本部との連絡室に入っているメールを英文も含めて、、、」

「むっ」

 延岡が黙り込んだ。

「元はと言えば、」

 鷺野がそこまで言ったところで海上幕僚長が叫んだ。

「やめろ。どこまで知っとるのか知らんが、米軍との関係にまで触るから、それだけは言ってはならん」

 勝ったと思ったのか、鷺野は止めなかった。

「すべては一ヶ月前に米国への通告なしに東シナ海で新型ガイデッド・ホーミング魚雷の模擬弾を海自が発射したことに端を発します」

 鷺野はどうだっと言ったところだが、偉い人間はどうやら違うようだ。

「門外漢の陸自二尉程度がそういったところで、我々海自のトップが否定してしまえばそれまでだ」

「めちゃめちゃハード・ボーラーhard ballerですね、<ナイト・キング>絡みでいろいろ集めた情報を全部どっかに今すぐアップしてもいいですよ」

「怪文書扱いで終わりだ、それに自衛隊法に完璧に抵触する。貴様はクビだ」

「なら、あなた達二人もクビでしょ。ムキになるところを見るとやはり大当たりだ。ウィルスでもシステムでも、プログラムでもいいが、<ナイト・キング>は東アジア一体にばらまかれています。誰がどっからばらまいたかはTorでごまかされているが、確実に拡散しています。もっと言わせてもらえば、愛媛県上空の空戦でエンジンの不調での離脱その後、フランカーを撃墜後に墜落したF-15J二機も私がみたところ<ナイト・キング>にいや、その軍団<ザ・ナイツ>に侵されていました。そのはずです。そして<遼寧>も<ナイト・キング>に操つられてこの東京湾を目指して東上しているんです」

「バカバカしい戯言たわごとはやめろ、どうやって、ウィルスが大型原子力空母を操舵したり、大型の艦載機を昇降用のエレベーターに載せ発艦するんだ。艦載機には搭乗員が居て、中国海軍の大量の乗り組員がいるんだぞ」

 延岡が反論する。

「一切マニュアルでオーバー・ライド出来なかったから、日本でも今の今まで大混乱していたんでしょうが、、」

「うぐ」

 延岡が詰まる。

「<ナイト・キング>はそんなアニメみたいに子供だましの方法であからさまに操舵出来ないとか、どこぞの電波とか使って遠隔操作なんかしませんよ、どこに、中国海軍の本部があるのか知りませんが、そこから命令文が来ている形をとっている」

「さっきの在日米軍との連絡室のメールと違い、その確証はあるのか」

 今度は、鷺野が苦虫を噛み締め詰まった。

「もうここまで、来たら、包み隠さず言いますが、確証は一切ありません。東シナ海での魚雷はともかく、<遼寧>の<ナイト・キング>によるオーバー・ライドは一切確証はありません」

 延岡海将はしたり顔のはずだったが、眉間に皺は入ったままだ。

 鷺野は続ける。

「副総理、今すぐ海上自衛隊に命令してください。海自の護衛艦どの水上戦闘艦でもハープーン対艦ミサイルを発射すれば、数十秒で<遼寧>を撃沈できます。ただし、これがきもです。<遼寧>の正確な現在位置は知りませんが<遼寧>の原子炉が完全に閉鎖され、日本近海で沈む保証は一切ありません。相手は水上を走る原子炉なんです」

 副総理はもう大机のそばまで歩み寄ってきていた鷺野と延岡統合幕僚長の二人をテニスのラリーを見るように互いに視線を交差させる。

「在日中国大使と、在日アメリカ大使を、至急呼んでください」

 弱々しい声だったが、官房長官が外務大臣に声をかけた。

 外務大臣が更に弱々しい声で答えた。

「システムダウンの以前、<遼寧>がEEZを越えた段階から呼びかけていますが、返事が一切ありません」

「もう一度、やらんか!」

 苦労人でおとなしい官房長官が珍しく、声を荒げた。

「はい。おいきみ」

 大臣付きの外務官僚に大臣が小さな声で命じる。

「副総理」

 鷺野が言った。鷺野はこの場を仕切るのは最終的にはこの多少荒っぽい元総理であり財務大臣かつ副総理だと踏んでいる。

「なんだ」

 副総理の声も小さい。

「<遼寧>が引き返す確証は微塵もありませんが、<遼寧>のウィルスを根絶する方法はあります」

「うん!?」

 特別対策室が小さくだが色めきだった。

「自分はもう<ナイト・キング>いや、<ザ・ナイツ>本体を完全に把握しています。ワクチンはうちの小隊で数十分もあれば作成できます。一時間はかかりません。それを航空機、ここも、重要な点ですが、空自のIFF(敵味方識別装置)やデータ・リンク、無線、もしくはコンプレッサーなどで通電されて一切繋がれたことのない航空機から改造したポッドなどで送信して送り込めば、<ナイト・キング>は根絶できます」

 延岡も未確認生物<UMA>でも見るように鷺野を見ている。

「出来るのか?」

「ロジカリーには出来ますが、プラクティカリーやテクニカリーには大変困難です。数学と全く一緒です」

 大机で副総理と官房長官が小声でごちゃごちゃ話しだした。

 流石に延岡や鷺野の位置では聞き取れない。

 たった二人だけの相談にしてはかなり長い時間がかかった。

 そういう気がしただけかも知れない。

 鷺野自身に、やらせてみましょう、とか、聞こえた気がした。

 国民に主権があるとして、行政権を行使出来るトップ二人が小さく頷きあった。

 副総理が言った。

「やってみたまえ。国が全面的にバックアップする」

 鷺野の目が光った。普通のドラマや映画ならありがとうございますとか、言うところだろうが鷺野はそんなお人好しではなかった。

「了解しました。第505特殊電算小隊、これよりワクチン作成にかかります」

 そういうと、綺麗に回れ右をしてテクテク歩いて元の机に向かった。

「佐竹三曹、みさお士長、集合。聞いてのとおりだワクチンの作成にかかれ」

「了解」

「了解」

「あー、鷺野君」

 鷺野の後方の大机で聞き取りにくい声が聞こえた。副総理の声だ。

「ただし、君自身が現場上空には行くんだぞ」

「はい!?」

 鷺野は突発性健忘症になったのか、鷺野には副総理の言葉の意味が全然わからなかった。

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