7月29日 午前0時45分 官邸

 小さな会議用の机についたまま項垂うなだれた鷺野さぎのを見れば、何が起きてどうなったのか、一目瞭然だった。

 佐竹三曹は今までにないほど細い目をして、モニターを見続け、みさおあかね陸士長は途中きゃっと悲鳴を上げたときさえあった。


「鷺野君、またもや、一瞬だけ電力が復旧したとの連絡が経産省の方から上がってきたが、どうなのかね?」

 官房長官が離れた大机から尋ねた。官房長官が鷺野の名前を覚えているだけでも驚きだった。

 停電以来、がんがんディーゼル稼働の発電機を回している官邸の特別対策室でも一瞬明かりが強く光り、また元に戻った。

 鷺野は無言だった。

 頬を片方歪め、これ以上苦いものを噛んだ人間はこの世にいないのでは、ないかという顔している。

「小隊長、」

 小さい声で佐竹三曹が気を使い鷺野に声をかけた。

 鷺野は心ここにあらずと言ったていだ。

「小隊長、、、官房長官がお呼びです」

 もう一回佐竹が声をかけたが、鷺野は軽く、手を上げ佐竹を制すると、

「全滅しました」

 と小声で言った。

 一様に、大きなため息が大机の副総理と官房長官から出る。

 日本国政府としてうまく行かなかったことで残念なことには違いないらしい。

 ウィルスへの攻撃への前に声をかけてきた専門家が思わず言葉を漏らした。

「やはり、演算力が小さかったのでは、、、」

 鷺野の反論は早かった。

「違う。絶対に違う。演算力を減らしてやるのは人間の仕事だ。無限大にやらせるのは、それこそ阿呆のすることだ。少ない演算でより多くのことをさせることが出来るプログラムだからこそ<ナイト・キング>は勝ったんだ。それが出来ずに我々は負けた」

 鷺野の声が大きかったので対策室全体に敗北したことが伝わった。

 山川陸将補が鷺野の肩に手をかけた。

「たかが、コンピューター・ウィルスだろ、プログラミングの計算合戦じゃないのか?うん?亡くなった警察官やレンジャーの隊員、、、、、」

 そこまで山川が言ったのが契機だった。

 鷺野は山川の鷺野の肩に置いた手を思いっきりはねのけると、叫んだ。

「このPCやプログラミングはね、私自身なんだ。オタクと呼ばれようが、狂ってると思われようが結構だが、今自分たち第505特殊電算小隊は全滅し死亡しました。認識票をお返ししたいぐらいです」

「一瞬は勝ちそうだったんですよ、、」

 操あかねが小さい声で言った。

「一瞬だろ、」

 副総理の強烈な一言。   

 鷺野が殺気めいた視線を副総理に送る。

 この二人は、天敵の間柄だ。

「官房長官に、副総理、どんな手を使っても<ナイト・キング>を倒せばいいんですよね」

「今、やってみたんじゃないのかね?」

「正攻法の正面突破に失敗しただけです。プログラムなんて無限に関数を増やせるし、今はどの言語でも元からあるパーツをフレームに組み合わせて乗っけているだけです。誰でも簡単にすぐできます」

 榊原政務官はこんな時でも、にやけたヘラヘラした顔で間に入った。

「まぁまぁ、鷺野二尉、落ち着いて、副総理も、、この鷺野さんところの陸自の対ハッカー部隊を副総理や官房長官に紹介したのは私ですから、穏便にいきましょうね」

「しかし、君もわかっとるのかね、もう電力やインフラ、都市機能が止まって12時間になるぞ、」

 間をおいて鷺野が尋ねた。

「副総理、もう一回だけ尋ねます。いかなる手段を使っても、インフラや都市機能さえ戻ればいいんですよね?」

 副総理も間を置いて返した。

「なんなら、一筆書いてやろうか?」

「お願いします」

 鷺野が思いっきり頭を下げた。

 大机では副総理がA4用紙に高そうな万年筆でなにやらさらさら書いたが、鷺野の位置からはよく見えない。

 当選二回の榊原政務官が逆に虫を噛み潰した顔になる。

 鷺野が大きく息を吸って吐いた。

「たけちゃん、みさお士長、わるいがここからはオレ一人でやらしてもらう。コード・ブラックでフェーズ4に移行。位相幾何ホモトピーを用い、事態を打開する。理学部数学科を舐めるなぁ」

 特別対策室で鷺野が吠えた。

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