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 数ビットと数バイトの微弱な風が吹く中、東の空が真っ赤に燃えていた。

 別働隊であった韓信かんしんの今までの歴史的事実、戦歴、戦史から広がられたメモリー上に作り上げらたAI韓信かんしんが<ナイト・キング>の軍勢に東からせまり、火をつけたのだ。

 AI韓信は機動戦をも旨とする。

 火をつけるやいなや、あっという間に撤退し、完全な<デッド>たちの捜索演算処理関数の限度をこえ、だれにも行方さえつかめない。

 <リビング・デッド>の焼ける火は燎原に放たれた野火ワイルド・ファイヤーのように広がる。


 これが戦闘開始の合図だった。

 東の空を覆わんばかりの<デッド>が焼ける黒い煙が何TBテラバイトもの空を覆いつくし、またたく間に数十TBテラバイト赤く染まった。

 <デッド>たちは、燃えながら彷徨い近くの<デッド>に助けをもとめ、更に野火ワイルド・ファイヤーを四方八方に広げていった。

 一体の<ナイト・バナーマン>が指示を出し、ようやく、燃えている<デッド>、燃えていない<デッド>に二分し<ザ・ナイツ>の軍団はゆっくりだが、沈静化していった。

 しかし、<ナイト・キング>の軍団<ザ・ナイツ>の進軍は止まらない。

 ゆっくりだが、全体がうねるように進んでくる。


 corei7が全兵符を預けたのは、AIハンニバル・バルカ。

 大軍勢の全軍を指揮し、中央の全面を担当する。

 カルタゴ式の戦車シャリオットに乗車し御者に操縦は任せ、腕組みをしたままどかっと座る。

 そのすぐ脇の戦車シャリオットには、軍師のAI法正ほうせいが乗る。

 戦略はすでに練られれていて決定済みだ。二人の間にもう会話はない。

 上空には偵察用のぬえが何十匹が飛び交い。仮想グローバル・ホークも十数機単位で飛んでいる。

 情報のやり取りは毎秒何百万Hz。

 ほぼリアルタイムで上空からの情報がAIハンニバルの思考回路に注入されていく。

 AIハンニバルからすれば、<ザ・ナイツ>はもはや、罠に嵌った虎、いや弱い草食動物だ。

 実際に<デッド>たちは弱い。

 中央にAIハンニバル、軍師としてAI法正、右翼を率いるのはフィンランドの英雄、AIカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム。カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムは騎行を好む、それも全速力で。

 左翼を率いるのは、AI尉遅敬徳うっちけいとく。彼も騎行だ。

 左翼と右翼は何の干渉もない広々とした数十TBテラバイトオープンサイドを責めるため機動力が要る。

 AIハンニバル・バルカが好む戦法は包囲殲滅戦。

 実際のハンニバルはカンネの戦いで密集隊形を取り突っ込んできたローマ軍を両翼に機動力のあるスペイン・ガリア騎馬隊、ヌミディア騎兵隊を置き、そのローマ軍が得意とする密集隊形のまま両側より包囲し殲滅し、完勝しその後、十数年に渡りローマ国内に居続けイタリア半島を支配し、まだ共和国であったローマを脅かし続けた。

 AIハンニバルもまた、それを心より希求する。


 勝利が全てなのではない。勝利だけが全てなのだ。


 AIハンニバルの軍勢は、戦うもの強いものの総体だ。

 彼らとその軍勢をこの言葉意外で定義するのは不可能だ。

 実際戦闘力で仮想された能力、関数、でしかないのだ。

 誇り高き巨人も居れば、3つの頭を持つケルベロスも居る。鬼も居れば、餓鬼も居る。夜叉も居る。何事にも屈しないグルカ兵もいれば、セルジューク・トルコ軍も居る。たった数十枚の銀貨で買われたドイツ30年戦争時代の傭兵たちも居る。革命の声に打ち震えるブルボン王朝を最後まで守ったスイス人部隊も居る。米軍の第101空挺師団も居る。

 その全てが、<ナイト・キング>死者の軍団、<ザ・ナイツ>に全速力でぶち当たる。

 体型は中央の正面がやや凹んだV字体型。

 しかし、未だ、鵺や仮想グローバルホークを持ってしても<ナイト・キング>の所在は不明のままだ。

 構わない。軍勢さえ消し去れば。


 AIハンニバルが戦車シャリオットに座乗したままにやりと、笑った。

 そろそろ中央の正面が<ザ・ナイツ>の正面に接触したころだ。


 その衝撃音は、数EBエクサバイトの彼方でも聞こえたはずだ。音波の波動で一番低空を旋回飛行していた仮想グローバルホークが一機墜落した。

 ただのゼロイチの電子となった<デッド>が上空に舞い上がる。

 それを死と呼ぶなら、corei7の軍団も同様だ。戦闘能力の総体でしかない軍団たちが<デッド>と同様にDfight(x)関数の機能を失い、舞い上がっていく、倒れていく。

 「ジェッディン・デデン」の軍歌とともにオスマン・トルコ兵が倒れていく。

棍棒を握りしめたドワーフたちが倒れていく。大音をたてて巨人が倒れる。死んでもラッパを離さなかった日清戦争の日本兵が倒れていく。最強の男AIシュワルツェネッガーも倒れる。

 電子がこすり合わさりすぎて、分子間力を失い熱エネルギーに変わりオゾンの匂いがTBテラバイトの単位で立ち込める。

 

 業を煮やした<ザ・ナイツ>を率いる<ナイト・バナーマン>が朽ち欠けた樫の木の枝を指揮棒をはるかかなたの<ナイツ>の後衛で振り下ろした。

 <ザ・ナイツ>の督戦礼である。

 その情報をルフトバッフェの仮想シュトルヒが見落とさなかった。重巡利根とね搭載の仮想零式三座水偵察も見逃さなかった。

 即座にAIハンニバルに伝達される。

 AIハンニバルは戦車シャリオットの席上から始めて立った。

 AIハンニバルは右翼の方の右を見る。

 AIカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムと目が合う。AIカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムに合図を送る。

 AIハンニバルは左翼の方の左を見る。

 AI尉遅敬徳と目が合う。AI尉遅敬徳に合図を送る。

 機動力を持った、AIカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムに率いられた右翼とAI尉遅敬徳うっちけいとくに率いられらた左翼が急激に方向を中央の<デッド>に対し志向し増速する。

 画して円環は見事に閉じられた。


 <ナイト・バナーマン>がただれ、皮膚に剥がれた顔を驚愕させ、首を降る。

 両翼から、二度目にして永遠の死が<ザ・ナイツ>に襲いかかろうとしていた。

 <ザ・ナイツ>はたった二つしかないゼロとイチの合図に戻ろうとしていた。

 この二進法がエジソンの電信時代からの最重要点だった。

 <ザ・ナイツ>は両翼から圧迫され、自由と動きすら得られなくなっていた。

 だが、AIハンニバルの中央全面がどんどん目減りしているのも事実だった。

 これぞ、いくさの醍醐味。

 軍師であるAI法正ほうせいはAIハンニバルのすぐ脇の戦車シャリオットで目を潜め、逆にAIハンニバルは、かっと見開く。

 自軍の正面が圧壊するのが先か、<ザ・ナイツ>が圧縮され、圧壊するのが先か?。

 もう<ザ・ナイツ>の最前衛はAIハンニバルの眼の前まで迫っていた。敵とも味方ともわからぬ相手に両脇から圧迫され、<デッド>たちは唯一の逃げ道正面に救いを求めている。このままAIハンニバルごと突破するしかないのだ。

 AIハンニバルが口を開き、

っ」と叫んだ。

 これが、合図だった。

 AIハンニバルの後方に控えていた予備部隊、AI徳川家康が火縄銃と軍馬とともにAIハンニバルの部隊の脇を後方の仮想桃配り山から駆け下りてきた。

「我、勝てり」

 AIハンニバルが瞬時にアカウントを取得して小さく五文字でツィートした。いやした筈である。

 

 今何をしている?

 

 勝利している。

 

 もう少しでAIハンニバル本隊にまで届かんとしていた<リビング・デッド>は後ろ横、脇も抑えられ、正面も新たなAI徳川家康の部隊により抑えられ、次々と圧壊していった。

 <デッド>たちの骨と腐った皮だけになっていた腕は折れ、錆びた鉄剣や青銅の剣は折れ、青ざめた顔を浮かべたまま、圧壊し単なる電子と何の意味もないゼロイチに戻っていった。1と0。陰と陽。単なるスイッチのオンとオフ。在と不在。

 そして、しんの”不在”へ。

 <ナイト・バナーマン>は部下である潰れつつある<デッド>から圧迫されて頬から歯が見える口をOの字に開けたまま、朽ちた樫の木の枝を一本たかだかと掲げたまま動けず、潰れていった。

 

 その時だった

 陰翳礼讃いんえいらいさん、<デッド>が圧壊しつつある中心の漆黒の黒の中の黒に黒い鈍い光が現れた。黒すぎるものはそのあまりにも黒い黒さ故、光を放つ。

 AIハンニバルより先にAI法正ほうせいが気がついた。

「将軍、撤退のご指示を、今ならまだ間に合います」 

 が、AIハンニバルは勝利に陶酔し、またその黒い光に陶酔しきっていた。

 <デッド>の死骸のクズから現れたのはよるこうこと<ロード・オブ・ナイト>。

 <ロード・オブ・ナイト>により電子のかけらは一瞬にして再計算され、<デッド>に戻っていった。

 圧壊され、再計算され、<デッド>はその名の如く、死そのもので死ぬことなく再生していた。

「こんなことがあってたまるかっ!」

 AIハンニバルは叫んだ。

 理論上可能なことは任意のnエヌの全てに対して可能。

 それが法無き世界のネットの世界。

 まだ、AIハンニバルには希望があった。AI韓信が。実の弟のAIハスドルバルが仮想イベリア半島から毎秒何十Hzで西進しているはずであった。

 が、同じころにAIハスドルバルはにメタウルスの戦いで違う<ロード・オブ・ナイト>に負け戦死していた。

 <ロード・オブ・ナイト>の関数は桁違いの演算能力を有していた。

 AIハンニバルのもうひとりの弟、AIマゴを別働隊のAI韓信の元に送ろうとしたが、AIマゴは仮想リグリアを攻略できず、進めなかった。

「俺の外には敵などいないっ」

 AIハンニバルは叫んだ。

 しかし、包囲殲滅している間に、地形は別の形に演算され直され気がつけば、狭隘な崖に挟まれた窪地で<ザ・ナイツ>を包囲していた。

 包囲は内からも崩壊しつつあった。再計算された<デッド>は恐ろしい関数で全てを破壊し崩壊させ、ふれるものさわるものすべて、壊していった。

 AI法正は手元の地図を焼くと病に倒れ、AIカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイムは電子のクズにされてしまった。

 AIハンニバルのすぐ目の前に<デッド>が迫りつつあった、文字通り死が。

「嘘だろう。俺は勝ったはずだ。何十頭もの象を連れてピレネーを越え、アルプスを越え、世界最強のローマにも勝った。なのに、、、、」

 もう戦車シャリオットの車輪には<リビング・デッド>が絡みつき停止していた。首のない御者が立ったまま戦車シャリオットの手綱を握っていた。<デッド>に首をはねられたのだ。

 AIハンニバルは自決用の短刀しか持ち合わせていなかった。

 第101空挺師団の仮想ヘリがすぐ脇に墜落した。テイル・ローターにはびっちり<デッド>が絡みついている。

 冷たい風が上から一迅AIハンニバルの首元を吹き抜けたような気がした。

 これが、死なのか。

 風元を確かめようと上を見ると、そこには高い崖があった。

 そして崖の上には、肋骨と歯がむき出しの死んだ馬に乗った、鈍いサビだらけの王冠をかぶった<デッド>が居た。

「あれが<ナイト・キング>、、、、」

 それがAIハンニバルが言った最後のセリフだった。

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