7月28日 午後9時12分 埼玉県大里郡寄居町

 ここに一人、レンジャー隊員級に埼玉県を斜めに縦走してきた中学生が居た。

 宮部仁みやべじんである。

 警察官の監視のもとの暗闇の鉄道博物館十分堪能をしたのちに脱した、埼玉県を北西に斜めに6時間かけて大里郡寄居町祖父の家まで徒歩で戻ってきたのだ。

 途中は地獄だった。まさにバターン死の行進。コンビニの食料品飲料品は大概売り切れか、電力がアウトなのでレジすら開けていない店もあった。

 車道は擱座したり遺棄された車が多数。そこを中心に必ず半径2キロ程度の距離は完全に渋滞と通行止めが発生していた。


 たどり着いた、寄居町はやたら警官の数が多く、物々しかった。

 そしてなにより、焦げ臭かった。寄居町の山間に入った途端匂と煙はひどくなった。

 祖父の家まであとかど一角ひとかどといったところで、警察官に呼び止められた。

「きみだめだよ、危ないから」

 何を言っているんだ。

 危なかろうが宮部仁が帰れるところはここしかなかった。

 警察官の制止を無視して角を曲がって驚いたのは、祖父宅がごうごう音を立てて火の粉を飛ばし燃えてるいることだった。

 両隣斜向はすむかいのあたり二三件も燃えだしていた。

 そして、隣の家が物理的にどうやって運びだしたのか一切不明だったが消滅してなくなっていた。

「じいちゃんちが燃えてるじゃん」

 宮部仁がつぶやいた。

 ニュース映像を実際に体験するか目にすると素のリアクションか、無言になるのが庶民の常である。

 警察官が宮部仁を追いかけてきて尋ねた。

「きみ、蓑田みのださんところの家族?」

 蓑田老は宮部仁の母方の祖父だった。

「なんで、消防は来ていないんですか?」

 宮部仁がごく普通の疑問を警官にぶつけた。 

「いろいろあってね、おじいちゃんなら、公民館にいるよ」

 消防の不在に関する議論の停止と間接的に公民館に行けと、この警察官は指示している様子だった。

 宮部仁は公民館に向かった。


 公民館に近づけば近づくほど、路肩に止められた県警のパトカーに移動用の県警のスクターが多くなっていった。

 公民館の表の駐車場では歴史の授業で習った一揆が起きていた。

一揆の首謀者は蓑田老こと、蓑田辰蔵みのだたつぞうだった。

「てめえら、どんな了見で消防に連絡しねえんだってんだ?」

 年かさの私服の刑事が蓑田辰蔵の応対にあたっていたが、完全に蓑田老にイニシアティブを取られ押されていた。

 汗と汚れでボロボロになった宮部仁に蓑田辰蔵みのだたつぞうが気づくと、若干表情は柔和になった。

「おう、仁いいところに戻ってきた、この県警のクソ野郎どもが俺らん家がごーごー燃えてるのに消防を呼びやがらないんだ。しかも、まだバッテリーが残ってるスマホで呼ぼうとしたらスマホまで取り上げやがるんだ。こんな無茶苦茶あったもんじゃねべ」

 しかし、呼んだところで事故を起こして遺棄されたりしてる車道を消防車両がここまで走ってこれるか大いに宮部仁には疑問だったが、黙っていた。

 年かさの刑事が言った。

「どうかご理解ください。現在日本全域を襲うサイバーテロの最中さなかで官邸のほうからこの地域の消火活動は止められておりまして、その周知徹底をですね、、、現在実施中で、、、、」

「シュウチ、てめえの家が燃えていることは周知してるってんだ」

「そうだ」

「そうだ」

 周囲から蓑田家の近所の住民たちの同調する声が上がる。

「官邸こそ、このあたり数件燃えてることシュウチしてやがるのか?これだから、東京もんは信用ならねえって秩父の方じゃみんな言ってんだ」

「そうだ」

「そうだ」

「そうだ」

「官邸はですね、、、、」

「なにが官邸だ、もう与党には永久に一票も入れてやらねえぞ、このクソ野郎どもが」

「そうだ」

「そうだ」 

「顔中歌舞伎の俳優みたいに色塗りやがった自衛隊のやつが一人、片腕やけどを負ってボロボロにここに来てからおかしくなったんだ。自衛隊さんには悪いがどうせなにかしくじりやがったんだろう。それでなんで消火しちゃならねんだ」

「官邸がですね、」

「なにが、官邸だ、全員俺らのなけなしの懐から払った税金にやってる連中ばかりじゃあねえか、てめえもそうだろう、この税金泥棒!もう我慢がならねえ。みんないくぞ」

 蓑田辰蔵は、年かさの私服の刑事の奥襟を掴むと

「ちょっと待ってください、公務執行妨害で、、、、」

 とその刑事が言ったのが最後だった。

 蓑田辰蔵はちょっと背伸びすると奥襟締めでその刑事を落とした(失神させた)。

 そして次に制止しかかった大男の制服警官も胸ぐらを掴むとどんな技か見えないくらいの早技で一番手前に駐車してある、パトカーのボンネットまで投げとばした。

「俺は、柔道四段でメキシコ五輪の代表の大学の後輩の武藤の噛ませ犬役やらされてたんだ、舐めるな。おいみんな消防団のポンプ使って消すぞ」

「おー」

「おー」

 暴徒と化した、寄居町町民は数と秩父住民の気性の荒さで県警を圧倒し消防団のポンプ置き場まで走りだした。

 ちなみにここら寄居町の住民はほぼ全員が蓑田姓を名乗り、概ね全員なんらかの血の繋がった親戚である。

 明治から戦中までは狸を射って焼いて食っていたことでも有名である。

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