7月28日 午後7時48分 埼玉県入間市

 航空自衛隊入間基地に木更津のUH-60Jブラックホークで編成された第102飛行隊で運ばれたレンジャー部隊2チームが揃った。

 陸自に入ること自体、現在志願制だが、さらに各種体力テストが優秀だと班長や小隊長が勧め、もう一段階志願して空挺部隊に入ることになる。

 今は主にヘリで降下するが敵の戦線の後方に空から舞い降りる空挺部隊ですら精鋭の部隊で全員志願制だ。

 全国中の陸自でたった一つの定員1900名強の第一空挺団しか存在しない。

 しかも空挺部隊は携行できる火器、弾薬、食料、水が人が持てる範囲と限定され実は戦う姿は華々しく勇ましいが損害も被害も戦史的に見て甚大な部隊でもある。

 今はかなり火力をもちこめるようになったがWW2では機械化、機甲化された部隊を投入されれば全滅は必至である。

 映画のタイトルではないが、命知らずのスーサイド・スクワッドである。

 その空挺部隊からさらに、志願してもっと精鋭精強を目指した部隊がある。

 それがレンジャー部隊なのである。

 その過酷な訓練は陸自の内外を問わず有名で、大の大人が泣き叫ぶほど訓練、隊員になるためには究極の課程を経る。

 レンジャー部隊の徽章はダイヤモンド。鋼より硬いダイヤモンドである。

 陸自の中でこの徽章を付けているだけで誰もが道を譲り敬意を示す。

 そして、有事に備え、日本全国の各地の連隊に少数づつ配備されているという噂だが、その実態は誰もわからない。

 配備配属先すら誰も知らないのだ。まさに忍者である。

 山川重五郎もこのレンジャー徽章の持ち主。山川は防大卒の幹部、レンジャー部隊を率いた隊長だったのである。過去形なのは若干悲しいが、その徽章は未だに光を放っている。

 ちなみに、米陸軍の場合、空挺からレンジャーまでは同じだが、このあと、デルタフォース、通称Dボーイズと進む。

 Dボーイズまで上り詰めるともう戦場でも国旗を付けた制服は着ないしCIAのエージェントとの共同作戦が主になる。

 本当に忍者になってしまうのだ。


 空自の入間のハンガーは輸送機を収容するために異常に大きい。

 集合しているのは2チームだが、実際に突入するのは1チームどちらが行くのか彼ら自身も知らない。

 お互いどこのチームが呼ばれているのかすらも知らない。

 当たり前だが、知らなくていいことは知らないほうがいい。

 入間航空基地の巨大なハンガーの中には、埼玉県狭山市柏原3-25-11の田中家と全く同じ間取りで壁の代わりに白線を引かれただけの模擬田中家が存在する。

 訓練用に急遽作られたものだ。

 各チームに狭山市の田中家一件づつ。

 このハンガー内に作られた模擬田中家で襲撃の予行演習をするのである。

 レンジャーに失敗や仕損じはありえない。

 普通科の隊員のように小隊に無線機が一個で班長や陸曹が怒鳴りあいながら戦争をするのでなく全員が小型無線を一人一個携帯し完全に連携し突入する。

 もう4回入間基地のハンガー内の実際と全く同じ間取りの田中家に突入し制圧している。

 制圧しHDDやPCや、ルーター、スマホ。中に潜む人間を殺さずに生け捕りすることが彼らの今回の任務である。

 また、レンジャーに求められるのは軍隊にありがちな、”ぶっ潰す”ことではない。

 逆の場合が多い。人質救出。や要人暗殺。

 ”ぶっ潰す”のは、戦車や、爆撃機、特化と呼ばれているが砲兵に任せればいい。

 木っ端微塵にしてくれるだろう。但し残したいもの残して置かなければいけないものまでもぶっ潰してしまう。


 どんな過程を経たのかわからないが二チームから1チームが選ばれた。

 

 チーム・ダイヤモンド。


 名前に意味はない。存在に意味がある。能力に意味がある。


 チームのリーダー、ダイヤモンドリーダーがチームの隊員に声を掛ける。

「行くぞ」

「レンジャー」

 レンジャー隊員全員で大声で返答する。ここだけ聞けば滑稽にきこえるかも知れないがこれがレンジャー隊員の返事でこの返答、レンジャーという言葉に意味と誇り苦しかった過程、訓練、汗、涙、仲間への信頼、自信すべてが込められている。

 実は入間市から見て北の深谷市付近に侵入するのに、UH-60Jブラックホーク二機で秩父山系をぐるっと西側から迂回して大里郡寄居町鉢形の田中家にせまる。

 背後の山からわざわざ歩いて静粛性をもって攻めるのである。


「オウル25、テイクオフ」

「オウル31、テイクオフ」


 二機のUH-60Jブラックホークが入間基地から上昇していく。

 通信はこれが最後、以後は完全な無線封鎖。航空法違反だが衝突防止灯まで完全に消して飛行する。

 ノクトヴィジョン暗視装置をメットに装着したヘリのパイロットが二機に分乗したチームを秩父山系の山間をうねるように山肌が見えるほどの低空で飛び運ぶ。

 相手は、日本の防空システム、JUDGEジャッジシステムへの侵入さえ疑われるような相手である。

 味方のレーダーコンタクトも警戒。IFF(敵味方識別装置)もオフ。離陸直後より無線封鎖。墜落しても救援要請も出来ない。

 ノクトヴィジョンといっても薄暗い中周囲の弱い光を集約して見ているだけで、実際完全に見えているわけではない。全部真緑。オズの魔法使いのエメラルドの国である。当然ヘリそのものはめちゃクチャ揺れる。

 UH-60Jブラックホークの機内はグラスコックピットの光でギリギリ影がつかめる程度。

 秩父山系を西から半周するだけである。飛行時間は短い。

 UH-60Jブラックホークの機付き兵が指を三本挙げる。


 「降下ポイントまで三分」

 

 レンジャーの各隊員が自分の隣や後ろの隊員に指を三本上げて伝えて示す。

 機付き兵の指は二本になり、一本になる。

 それと同時にチームの隊員もノクトヴィジョンを装着。

 そして機付き兵が拳を握り上げ五本の指を全部開く。


 「降下5秒前」


 ダイヤ・リーダーがUH-60Jブラックホークの扉を開く。

 降下ポイントを確認。

 下は、通常のラペリングでは危険なくらいの木々の割れ目でしかない。しかし彼らは降下する。

 今度は指が一本づつ折れていく。

 残り3秒でロープを下ろす。高度は10メートル。人が最も恐怖を感じる高さ。

 空挺部隊ではこの高さで命綱だけつけて、手も足もロープから離す訓練から始まる。レンジャー隊員にとっては遠い昔の話。


「降下」

 

 しかも、レンジャー隊員はノクトヴィジョンをつけたままラペリング・懸垂下降を行う。

 停電と山中なので、真っ暗の中隊員は緑の悪夢を見ている。

 チーム全員が一糸乱れぬ間隔で降りていく。

 二機ともに降下終了。

 

 ダイヤ・リーダーが機付き兵に親指を立てて報告する。降下完了。機付き兵がロープを一瞬で収容しあっと言う間にオウル25,オウル31のUH-60Jブラックホーク2機は現場を離れていく。


 目標の田中邸は車山を背後にして建っている。チームダイヤモンドは車山くるまやまの西側斜面、田中家からみて反対側の裏側の尾根に降下。

 車山を縦走し田中家に背後より迫る。

 夜の山中は街灯など一つのないため真っ暗である。もちろん今は日本列島で大停電中。東京の渋谷、新宿の繁華街でも真っ暗である。

 チームは一列縦列で山中をほとんど一般の人からすれば駆けているぐらいの速度で進む。

 先頭はポイントマンのダイヤモンド1。一番後方は最先任下士官ダイヤモンド6。

 隊長のダイヤモンドリーダーは縦列の前方中心で真横につき全員に責任を持つ。

 ポイントマンの歩みは早い。

 ノクトヴィジョンを外している猛者の隊員も居る。

 事前に与えられた地図と地形と等高線、真夜中でも夜の空は若干明るい、夏の夜は曇りやすいが、すべての星が全く見えない日は少ない。それと自分の歩数でおおよその位置、進んだ距離がわかるのだ。 

 地図なしの徒歩山中行軍もレンジャー隊員のサバイバビリティの基礎中の基本だ。

 これが出来なければ、陸自のレンジャーの意味がないといってもいい。

 そして、なにより彼らは、落ちている枝木のたったの一本、編み上げのブーツで踏まない。

 ポキンと音がし自身、自チームの存在がバレるからである。

 当然、普通科隊員のようにガサガサ、藪や大木の枝木をかき分けることもしない。枝の根元をできるだけもって無音でかき分ける、理由は落ちてる枝木とまったく同じ。

 闇夜の中、ポイントマンはもう既に低い山だが車山の最高点に到着。一度だけ周囲を確認し、現在位置よりほぼ真東にある大里郡寄居町鉢形3-25-11を目指す。

 このまま進めば、田中家の真裏に出るはずである。

 山頂で方向を再認識したポイントマンの下りの足取りは余計早まる。

 獣道とも呼べないような道をどんどん木々を避けつつ正確に真西にリルートしつつ進んでいく。

 数分もせずに、ポイントマンのダイヤモンド1が歩みを止めしゃがみ、手を上げ拳を握った。

 予定位置に到着。

 縦隊停止。

 チームは全員その場に音もさせずにしゃがむ。

 ポイントマンがこくこくっと、拳を前に微妙に少しだけ動かす。チームリーダーを呼んでいる。

 チームリーダーが身を屈め小走りに駆け寄ってくる。

 ポイントマンが前方を指差す。

 ダイヤモンド1の指差す方向には田中家の裏庭が山中の藪の垣間に見えている。

 縁台に物干し竿を設置する台に数本も物干し竿が点線で暗視装置の真緑の国の中、見える。

 リーダーはノクトビジョンを外して周囲も確認。

 するとポイントマンのダイヤモンド1は少し手前を指し示し、すーっと横線を描く。

 警官の首を落としたピアノ線らしき、線が裏山にも張ってある。

 リーダーは、後ろに指をクイクイと動かし、ダイヤモンド4を呼ぶ。

 そして、ダイヤモンド1と4に自身の首をすーっと切るような身振りをする。

 頷く1と4。

 二人で念の為ジャンプケーブルで線をジャンプさせ、ペンチでカット。斬ったあとも無造作にひっぱったりせず、その場にゆっくりおとす。

 リーダーはしゃがみ待機しているスナイパーの場所までいくと、田中家の隣家の蓑田家の納屋の上を指し示す。

 スナイパーは小さく頷く。チーム援護の射撃位置だ。

 ここまで、一切会話なしに済まされている。

 

 ダイヤモンドリーダーが、しゃがんだまま、手を上げ拳を握りぱっと広げる。そして二三回パラパラと軽く振る。

 チームの全員が持ち位置に田中家の周囲を避けつつだーっと展開していく。

 全員が入間基地の巨大ハンガーで再現された田中家のおかげで家の形間取りまで理解している。

 全員が配置につく。

 ダイヤモンドリーダーは一番手間がかかるダイヤモンドスナイパーの配置だけを憂慮する。

 チームダイヤモンド、全員が配置についた。

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