7月28日 午後4時47分 官邸

 官房長官は大幅に遅れた夕方の定例の記者会見を行うため、緊急特別対策室を官房付きの官僚ともにごちゃごちゃ話しながら出ていった。

 電気がだめ、電波もだめ。新聞社の印刷の輪転機も回るはずがないがネットニュースだけは健在だ。

 それと、入れ替えにしばらくして対策室に入室していたのが、夏場のマラソンランナーでもこれほど汗をかかないんじゃないかという、迷彩作業服の二人。しかも超凸凹コンビ。

 第505特殊電算小隊の佐竹さたけ三曹とみさおあかね士長だ。

 これぐらい対照的な二人もいないだろう。

 佐竹三曹は痩せぎすの驚くほどの長身でガリガリに痩せている。

 一方のみさおあかね士長は小学生かというほど背が低く、胸がない割に男性的に良く言えばムチムチ、悪く言えば小太りだ。顔の幅からはみ出るほどの大きな黒縁のメガネをかけている。まるでアラレちゃんみたいだ。

 佐竹三曹は両脇に抱えるようにデスクトップのPCを二台抱えている、モニターはない。

 一方、みさおあかねはカートにラップトップやらモニター、タブレットなんかをこぼれんばかりに載せガラゴロいわせて登場した。

 カートのバーの高さが操あかねの顔ほどにある。カートを押してきたというより慣性の法則でカートに付いててきた感じだ。

「中野区経由でチャリンコ、あっ違った、17式運搬用軽車両で機動陣地転換を図りましたが、新宿都庁前で群衆にみさお士長が巻き込まれまして、遅延致しました。申し訳ありません。只今第505特殊電算小隊装備とともに現着げんちゃく。小隊本官に報告」

「了解、直ちに装備を展開せよ」

「了解」

 ちびの小隊長にのっぽの三曹のやり取りをみて山川陸将補の顔が如実に曇る。

 やがてその顔がおだやかになり、

「教育隊泣かせの二人だったんじゃないか?」

「ちゃんと制服を着ているでしょう、立派な自衛官ですよ」

「貴様なんぞ、陸曹教育隊を無事に卒業したとは到底思えんが」

 佐竹三曹の動きが止まる。

 だいたい、普通の下士官の陸曹が何かの式典で遠くにテントの中に座っている姿以外、ましてや陸将補に直接話しかけられることなど恐らく佐竹三曹の今後の自衛官人生でも無い。

「たけちゃん、作業を続けろ。50過ぎの元レンジャーの隊長なんかよりよっぽど働きますよ。市ヶ谷の総務で今何をしているんですか?」

「なにぃ?」

 山川の顔の向きと顔色が変わった。

 鷺野の負けていない。さらににじり寄る。

 耐えきれず、山川が叫ぶ。

ピーーーーーーーーP、」

 とまで叫ぶと、鷺野が続いた。

ティーーーーーーーT

 Tを叫んだのは鷺野自身だ。

「フル・スクワット、300回!」

 鷺野も山川のギリギリまで歩み寄るとかなり下からにらみあげる。

「あっちにおられる、陸上幕僚長までは上官に含まれないんですか?」

「いーち」

 山川が鷺野の問には無視し始める。きっちりしゃがみ込む70年代、80年代型のスクワットである。

「にー」

「そのフルスクワットはひざに悪いって、スポーツ医学で証明されています」

「俺の時代にそんな理屈はなかった」

「さぁーん」

「私はフルスクワットはしませんよ」

 鷺野もひざが直角程度のスクワットをぱっぱとやり追いかける。

 それを見ていて、いてもたってもいられなくなったのか佐竹三曹もスクワットを始めようとすると

「佐竹やめろ、お前は作業を続けろ。これは俺と陸将補の戦いなんだ」

 防衛省の井上審議官がササッと駆け寄り、弱々しい声で二人を静止しめようとするが止まるわけがない。

「副総理や閣僚の前ですよ、防衛大臣が恥をかかれるではありませんか」

「これが本当本物リアルの陸自だ。どこが恥だ。きゅーぅ」

 と山川。

 特別対策室の面々は全員二の句が告げないほど驚いていた顔をしている。

 鷺野も苦しそうだが、スクワットをこなしながら、隊員二名に指示を出す。

「78。ふー、この官邸のシステム、LANケーブルやWiFiも確実に汚染されている筈だ、<呑龍どんりゅう>と<眠姫みんぴ>は絶対オンラインに繋がないように。79。オンラインのサーチ&サーベイランスは<探龍たんりゅう>をむねに。80」

 そこで鷺野は言葉を切った、そして。

「第505特殊電算小隊、前へ進め」

「了解」

「了解」

 はたから見ているとたった三人だけの戦争ごっこだ。

 女性閣僚の総務大臣は”汚染”という鷺野の言葉に如実に不快感を表情に出す。

 みさおあかね士長も佐竹三曹に負けじとテキパキとこなす。

「さんじゅーはぁーちぃ」

「94、95、山川陸将補、質問しても、よろしい、ですか?」

 若い鷺野でも流石に息が少し上がってきた。

「なんだ、陸自では上官は常に部下の質問を受け付けている」

「半分PT《ピーティー》の腹いせですが、陸将補も馬鹿みたいに防大で棒倒しに熱を入れてきたんですか114,115」

「おい、よんじゅーなな、防大と馬鹿にするな、貴様らのような駅弁大学ではない。”防衛大学校”だ」

「118、”防衛大学校”の連中とは幹候で死ぬほどいっしょでしたからね」

「答えてやろう、死ぬほど熱を入れてやっていた。棒を守るデフェンスでも倒しに行くオフェンスでも10人分は働いていたな」

「海軍兵学校の流れだってのは知ってますが、あんなルールがある競技をどうして戦争が仕事になる防大で必死にやるんですか?勝ってなんの意味があるんです?」

「ごじゅーいち、防大では全てが競争だ。しかもおとこの競技だ」

「10人分ぶん投げて勝ったとしても、所詮ルールに守られた中での勝利でしょう。スポーツと一緒だ」

「ごじゅーさーん、防大生にしかわからんよ」 

「120、私なら皆が寝静まった夜中に棒をどっかに捨てるか、チェンソーでぶつ切りにしてやりますね。朝起きて棒がなかったらどうします?」

「ごじゅーなな、ごじゅうはち」

 山川は答えない。

 鷺野は言った。

「格闘戦に拘り相手も格闘戦をしてくれると信じてゼロ戦とか隼みたいな軽戦を作り続けた旧軍と一緒だ。121」

 鷺野は吐き捨てるように言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る