7月28日 午後3時59分 官邸

 あまりにも、佐竹三曹とみさおあかね士長の到着が遅いので、鷺野はこの専門家軍団が調べ上げたIPアドレスと警視庁のサイバーセキリティ部門が調べ上げた結果を照合していた。

 が、案の定、長時間サーバーかPCかシステムを立ち上げっぱなしの施設の住所ばかりだった。

 大学、病院、研究所、郵便局、プロバイダー自身のサーバー、市のWiFiエリア、某官庁自身のサーバーもある。

 しかし、ごく少数の一般家庭のIPアドレスも含まれているが、それこそ今頼り切っているひかり電話対応の家庭か、24時間接続のマンション、ルーターを経由しているのだろう。

 これは明らかに外れだ。

 まぁ、第505特殊電算小隊としては役にたたないIPアドレスを”つぶす”手間が省けたと言うところか。


 その時だった。特別対策室のオープンになっているいくつかのスピーカーの一つ警報が入った。


「緊急警報、緊急警報。西部航空警戒管制団より入電。西部航空警戒管制団より入電。志布志港沖で停泊中の第二護衛隊群、第二護衛隊のイージス艦DDG<たかお>より西部航空警戒管制団へ緊急警報。中国空母<遼寧>より殲-15、フランカーX2と思われる飛翔体が一機発艦。現在、土佐清水沖南約120キロを高度3280フィートで飛行中、急激に上昇しています。現在、約時速1100キロで進路は3-5-5で飛行中。、、繰り返します、繰り返します。緊急警報、緊急警報、西部航空警戒管制団より入電」


 特別対策室の全員に大きな緊張が走る。

 続いて、スピーカーに更に情報が入る。


「西部航空警戒管制団より入電、新田原にゅうたばる基地の305飛行隊のアラート任務要撃機二機、<ウィーバー11ワン・ワン>、<ウィーバー22ツー・ツー>スクランブル発進。追撃に入ります」


 官房長官が手まねきで航空幕僚長と延岡統合幕僚長を呼ぶ。

 二人が静かに立ち上がり、官房長官、副総理の座る大机の椅子に腰掛ける。

 鷺野は、山川陸将補に告げる。

「<遼寧>のEEZ侵入は無視知するのに、領空侵犯には対応するんですね」

「西部航空警戒管制団のモニタ-、そのままモニター1いちに転送します」

 官僚の誰かが、セッティングし沢山あるうちの中央の一番大きなモニターに日本の中四国あたりが映し出された。

 鹿児島県の志布志港には第二護衛隊の4隻の護衛艦が四角いブリップで4つ表され、土佐清水の近くには直線の長さが伸びた赤い三角が示されている。直線が長いほど速度が早い。

 そして中国機の横に表示される高度の数字がものすごい勢いで上がっていく。


 スピーカーがまた喋りだす。


「西部航空警戒管制団より入電、西部航空警戒管制団より入電。続いて、築城ついき基地第8飛行隊のアラート任務機、二機、インプ33スリー・スリー、インプ44フォー・フォーが上がりました」


 対策室内の誰かが、言った。

「これで、挟撃だ」


 行政上の責任者二人が座る大きな机では、小声で航空幕僚長が説明している。

新田原にゅうたばるの二機はF-15で、築城のは支援戦闘機でF-2です」

「F-2ってあの国産と言いつつ、F-16に似たやつかね」

「そうです」


<ディス・イズ・ウィーバー11ワン・ワン、No1エンジン・イズ・フェイリュアー、リピート、No1エンジン・イズ・フェイリュアー。アイム・アウト・オン・マイ・ミッション。リピート、アイ・ム・アウト>

<ディス・イズ・ニュー・ライス・コントロール、コピー。ドゥー・ユー・リクエスト・レスキュー・スクワッド?>

<ノー・ニード。ノー・ニード。アイ・ゲス・アイム・リターナブル・オン・マイ・オン>

<ラジャー・ザット、ウィーバー11ワン・ワン


 心なしか、ウィーバー11ワン・ワンのパイロットの声は小さ弱い、相当意気消沈している様子だ。

 

「どうなっとるのかね?」

 官房長官が尋ねる。

「新田原の編隊長機がエンジン不調で帰搭します」

 全員が押し黙る。

「金食い虫の空自がなんて様だ」

 山川陸将補が吐き捨てるように小さく言う。鷺野が軽く山川を見た。

 <遼寧>がEEZを越えたときも緊張の何日間だったが、すぐに何も起こらないことに国民みんなが慣れた。

 今、また一線を中国は越えようとしている。いや越えたのか?。

「中国機は、何が目的なんだね?」

「わかりませんが、、、、」

 航空幕僚長が声を落とした。海自出身の統合幕僚長と航空幕僚長がしばらく目を合わせるが、四国の高知県を北上しているとなると、大体目標は一つだ。

 誰にでもわかる。現在稼働中の伊方原発だ。

 更に、小さい声で航空幕僚長が意を決したように囁いた。

「中国機の進路には伊方原発があります」

 スピーカーからの無線が今は入らないので、対策室中に丸聞こえだった。

 室内には”嘘だろう”の声まで上がる。


 スピーカーから声が発せられた。


「こちら、西部航空警戒管制団、中国機、高知県に侵入。速度高度変わらず。進路3-5-0やや西へ転進」


 対策室内でどよめきがおこる。

「機上の総理へどこかアジア諸国を経て中継してもいい連絡する手段はないのか?」

 一人の官僚が答える。

「残念ながら、ありません」 


「この日本の防空システムまでハッキングされているってことはないんだろうな?」

 山川が相当大きな声で鷺野に尋ねた。

「これが欺瞞情報じゃないか?ってことだ」

 対策室中の全員が、鷺野を見る。

 鷺野は変な注目を浴びて驚いた表情。

「そんなこと、わかるわけないじゃないですか」

「おい!」

 と山川。

 全員がどこかのアニメ映画のように防空システムへのハッキング、虚構への追跡であってほしいと思う。

 しかし、鷺野が思うにイージス艦DDG<たかお>からのコンタクトの連絡とあれば欺瞞とは思い難い。

 

<ディス・イズ・ウィーバー22ツー・ツー、バンデット・レーダー・コンタクト。ナウ、アプローチング・トゥ・ターゲット>

<ディス・イズ、コントロール、コピー>


 全員に失望の声すら出ない。

 航空幕僚長の囁きは続く。

「官房長官、<遼寧>からの発艦にはパイロンいや、失礼しました。兵装を搭載できないという噂もございまして、、、」

「噂!?そんなもので、判断できるか!?」

 官房長官も語気を強める。


 スピーカーから再び声が発せられる

「こちら、西部航空警戒管制団、中国機、高知県上空を同じ速度で飛行中、但し、高度を著しく下げ始めましたコースはそのまま3-5-0」

 空対地ミサイルを発射するためか?。

「四国に迎撃システムは?」

 官房長官が尋ねる。

「先日の北朝鮮ミサイル以降、撤収したばかりでありません」

「おい!!」

 こんな官邸に03式を並べているからだと、鷺野は思ったが予断は許さない。


<コントロール、コントロール、ディス・イズ・ウィーバー22ツー・ツーザッツイット。ザッツイット。ターゲット・インサイト、ナウ、ターン・トゥ・ハード・レフト>

<コピー、ウィーバー22ツー・ツー。ゴー・アヘッド。>


「ちょっと行き過ぎとったのか新田原のは」

 と山川。

「みたいですね」 

 と答える鷺野。ふたりともささやき声だが、航空幕僚長が二人の陸上自衛官をにらみつける。

 そして

「官房長官、中国にはKh-59空対地ミサイルを保持しており、、」

「射程は何キロなんだ」

「50キロから100キロです」


 全員が西部航空警戒管制団の日本地図の縮尺を無言のまま指などで図ってみる。

 まるで小学生みたいだ。


「もうギリギリ入っとるじゃないか!!」

 副総理の声。この人の地元は福岡8区だ。

「総理の地元も原発から150キロ圏内だろ。まどろっこしい英語での交信はやめろ、日本語でやれ、空自のパイロットに伝えろ」

「ハイ」

 航空幕僚長がスピーカーを通じて、なにかごにょごにょ話す。西部航空警戒管制団の本部と話しているらしい」


<ラジャー、ウィーバー22ツー・ツー現在、高知県か愛媛県の県境あたりを飛行中。高度はかなり落ちていて、3000フィートほどです。ターゲットとの距離は、、、西日で、、風防が反射して、500メートルありません、現在加速し追尾中。中国機は決してシステムのバグやハッキングではありません、目の前を飛行しています。>

「いつものROE交戦規定は無視だ、フランカーX2のパイロンを最優先で確かめろ」

<ウィーバー22ツー・ツー了解。下に回ります>

「高度を下げると空戦で少し不利になりますが、やむを得ません」

 航空幕僚長もウィーバー22に官房長官にと忙しい。

 官房長官が外務大臣に身を乗り出して、話しだした。

「国家、民間、政界を問わず、全外交チャンネルを通じて中国に通達。在日中国大使館は最優先だ」

「わかりました」

 外務大臣が手を上げて指示を出すと、複数の外務省の職員が対策室から飛んでいく。

 <こちら、ウィーバー22ツー・ツー、視認しました。増槽はなし。両翼のパイロンに中型ミサイル一基づつ恐らくKh-59空対地ミサイルかと、あと翼端のチップパイロンに単射程の空対空小型ミサイル一基づつ>

「了解」

 航空幕僚長の重い声。

「フランカーX2の様子は?」

<もうこちらに気付いているはずですが、変化なしです。セイム・コース、セイム・スピード、セイム・アルティチュード>

「了解」

「こちら、西部航空警戒管制団、もうじきに築城のインプ33スリー・スリー、インプ44フォー・フォーが中距離ミサイルの射程内、交戦圏内に入ります。敵機の西、左前方上方から迫る見込みです」

 官房長官は頭を抱えている。

 航空幕僚長が低いしっかリした声で言う。

「ウィーバー22ツー・ツー、中国機の後方へ回れ。いつでも攻撃できるように」

<ウィーバー22ツー・ツー了解>

「撃ち落とせば、戦争になるのかね?」

 官房長官の声は弱い。

「自分にはわかりません」

 延岡統合幕僚長が答える。

 航空幕僚長が言う。

「稼働中の原発を地対空ミサイルで攻撃されても連鎖反応の核爆発はおこりませんが、相当な広範囲に放射性物質による汚染が広がります。ご決断を」

「副総理、」

 官房長官が言った。

 実際は官房長官が行政の全ての省庁を司っているが形式上は副総理に権限があるこちになる。

 副総理の判断は早い上に言葉は荒かった。

「落とせや」

 すかさず、航空幕僚長が伝える。

「ウィーバー22ツー・ツー、キル・ザ・ターゲット」

<ディス・イズ・ウィーバー22ツー・ツー、ラジャー・ザット>


 しばらく、スピーカーからは、無音が続いた。


<フォックス1、フォックス2、フォックス3>


<ディス・イズ・ウィーバー22ツー・ツー、グッド・キル。グッド・キル。撃墜しました>

「了解」

 航空幕僚長の声は小さかった。

「ウィーバー22ツー・ツー、中国機からのベイルアウトは?」

<ありません>

<あ、ウィーバー22ツー・ツー、No1エンジンがフレームアウト、No2もスラスト大幅にダウン。撃墜した中国機の破片をエンジンが吸ったかもしれません。メイデイ、メイデイ、、、、、>

<こちら、新田原コントロール、ウィーバー22ツー・ツー近くの全航空救難隊を派遣します>

<そんなにもちそうない。高度を上げてみる、両エンジン・スラスト・ダウン。No2エンジンの警報が火災温度が高い。フュエル・カット。高度を下げ揚力得たいがエネイブル、対気速度を上げてリスタートを、、、だめだ。海上に向かう。豊後水道に。西に向かう。現在位置は北緯33度、東経132度、、、、、>


「こちら、西部航空警戒管制団、ウィーバー22のレーダーコンタクトロスト。繰り返しますレーダーコンタクトロスト」


 官邸を沈黙が押し包む。


「あれだけ予算ぶんどっておいて空自ってこんなにボロボロなのか」

 誰にも聞こえないように本当に小さい声で山川陸将補が言った。

「ベレンコ中尉亡命事件でもインターセプト完全に出来ませんでしたしね」

 鷺野も誰にも聞こえないように本当に小さい声で答えた。

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