7月28日 午後3時32分 さいたま市大宮区大成町

 宮部仁みやべじんはやや日は傾いたが酷暑の中、鉄道博物館の入り口の自動ドアにへばりついていた。

 どの分野のオタクにも頻繁に見られる現象である。

 初期にして重症化してまで続く精神疾患の症状と思ってもいい。

 どのオタクは、とにかく自分がこだわっているもの、対象物へとにかく近付こうとする。近くでみたい。細部を見たい。羞恥心はどこかへ飛ぶ。

 基本、最前列を確保、ショーウィンドーや入り口にへばり付き、覗き込むことになる。

 しかし、館内は停電のため真っ暗である。しかし、かすかに1号機関車が右手に左手にマイテ39がその後ろにオハ31が、ほんの微かに見える。

 最初は中学生にとっては電車代も貴重な金額である。ここの大宮市に自分が存在していることにお金がかかっているのだ。

 この特典を逃す事はできないと思っていたが、二時間近く自動ドアーを文字どおりなめるように右左上下と新種の深海生物のようにくねって動いていた。


 そこへ声がかかった。

「君、何をしているのかな?」

 声をかけられて世の中これほど驚く人間はいないだろうというぐらい、驚き振り向く宮部。

 見ると複数の制服警官と二名ほどのまだ手帳は確認していないが刑事。

 宮部の頭をよぎったのは、埼京線での脱出劇だがこっちはきちんときっぷを購入している。見せてもいい。

 弱気なオタクによくある行動で逃げようかとしたが、もう鉄道博物館の自動扉を背に半円形状に埼玉県警に囲まれていた。

 職務質問のときに前後か左右に囲むのは警察のマニュアルのレッスンAである。

「中に忘れ物でもしたのかな?」


 ”なか??”


 本来ならトラブル、とりわけ警察とのは避けるべきだが、中という言葉が宮部仁の心に大きく響いた。

 中で、一人きりで鉄道が見られる。

 中に入れるかもしれない。悪魔の囁きは何時いつ何時なんどきでも訪れる。

「はい、停電で閉館になるときにカバンを忘れました」

「それは困ったね、おまわりさんと一緒に中に入るかい?」

「はい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る