7月28日 午後3時07分 官邸
電話を終えた鷺野のところに白シャツとネクタイ軍団がぞろぞろと集まり押し寄せる。
鷺野は、与えられたA4の束を椅子におくとゆっくりと振り向いた。
そして、ゆっくり訊いた。
「状況は?どうなのでしょうか?」
大手プロバイダー、ネット関連、サイバーセキリティ関係の複数の男性たちはお互い顔を見合いながら、誰彼とはなくボソボソと話しだす。
「ウィルスによることはまちがいないと思われますが、実態がつかめません」
「今までのウィルス定義ファイルにないことは間違いないですが、、」
「ある一種を特定しても、変化し抑え込めません」
「変化すると?」
鷺野が追って尋ねる。
「そうです。亜種もものすごくあるようで類似の数列、特定のスクリプトを検索しても追いつけません」
「次から、次へとまるで生き物の進化みたいに、、」
「それと、恐ろしく指向性を持っています。ネットそのものシステムを残しているのも、そのためだと」
「電力会社、通信システムなどの国内の主要なサーバーやシステムへのログオン、ハッキング元は確認出来ましたか?」
鷺野の質問。
「幾つかは、特定できていますが、大本は、Torシステムと思われます」
鷺野も困ったという表情。
Torシステムとは米海軍の研究所が開発したと都市伝説では言われる、自身のPCの位置やサーバーのIPアドレスを撹乱させるシステムである。
ただ、幾つものノード(結節点)を経ているだけなので、根気よく丹念に追いかけていけば、その大元にたどり着けるはずだが、事実上無理である。
繋がるたびに経路は変化し、糸がぐちゃぐちゃにこんがらがり絡まった状態に毎回変わりながらなっていると思えばいい。
このTorシステムによりIPアドレスに頼らない通信の本当の受け手側の秘密が守られるようになったとも言われている。
そして最近はこのTorシステムだけで運営されるサイトやブラウザ、総合的なシステムすら存在する。
その時、警察庁長官と国家公安委員会委員長が動いた。
委員長が言った。
「官房長官、さきほど高等裁判所からメールで連絡が入り、先程の専門家たちが調べ上げたIPアドレス全てへの家宅捜査令状が取れました。全国の警察組織をあげて踏み込みます」
その声は、鷺野や白シャツネクタイ軍団にも聞こえた。
「何箇所かね?」
副総理が質問した。
「全部で、全国で259箇所です」
鷺野が部屋の反対側から割って入る。
「無意味です」
大きな声だった。
「どうせ、中継先に使われたサーバーやPCにしか過ぎません。犯人が通ったからといって道路を掘ってもなにも出てきやしません」
「そんなのわからんじゃないか。もし犯人につながる何かが上がったらどうする気だね」
「これだけのことをやる犯人です。わざとIPアドレスを偽装工作で残しているんです。まず犯人を捕まえることこそ無意味です」
国家公安委員会委員長でなく、警察庁長官が言った。
「偽計業務妨害、電子計算機使用詐欺罪、不正アクセス法違反、いくつの犯罪を犯していると思っているそれを捕まえるのが我ら警察の仕事だ」
「犯人を捕まえても混乱は止まりません。捕まえてどうします。ウィルスを止めるように命令して説得しますか。それとも、拷問でもしてウィルスを止めさせるんですか。おそらく犯人が死んでもウィルスは活動し続け電力を始め全ての日本のシステムは狂ったままですよ」
重い間と空気が危機対策室を覆った。
「一自衛官がしゃしゃり出る幕じゃない。これは法治国家における違法性の問題なんだ」
と国家公安委員会委員長。
珍しく、鷺野が黙った。
逆にスッキリとした表情で議論する余地なしといった顔だ。
有罪率99%で法治国家の司法のシステムが公正に機能しているなんて日本人は誰一人思っていない。
「やってくれたまえ、」
官房長官が言った。
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