7月28日 午後0時12分 埼玉県浦和市浦和駅西口

 浦和駅西口の”うらこちゃん”の前に竹内啓太たけうちけいたは、いなかった。

 というより、来なかった、というほうが正確。

 埼玉県は全域が埼京線にしがみつく住民巻き込み型の国の無形空虚空間である。

 こんな県も珍しい。

 首の周りにタオルをまきTシャツの襟に入れ込み大汗をかいていた宮部仁みやべじんは炎天下の直射日光の直下既に42分待っていた。

 もう限界だ。

 一つは友情を鑑みた精神的限界。

 鉄道博物館のトークショーのイベントに間に合わない。

 これは社会的限界。

 スマホが汗で濡れるのも気にせず、Kの一文字で登録済みの番号に怒号とともに掛けた。

<おお、じんちゃん悪ぃ、寝過ごしたわ、昨日の晩さ、ネトゲ、丁度ポイントの日でさ、今、オン・ザ・チャリ、立ちこぎオン・マイ・マインドだからさ>

「知らねぇよ、早く来いよ、置いてくぞ」

 クラスでも地味で目立たない宮部仁がこんな口の聞き方をするのは同じ鉄オタの竹内啓太だけだった。

<ごめん、ごめん、先出といて、鉄博のさマイテ29の横で待っといて、次の24分発の、、、>

 そこで、携帯電話は切れた。

「啓太のやつ、ガチャ切りしやがった」

 長期的友情を破壊する将来に対する第三の限界が訪れようとしていた。

 宮部仁のスマホは手汗とほっぺの汗で壊れそうだった。

 それに、もう一本コンビニの500ccの100円の紙パックジュースが必要だった。

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