プリンセスプリンセス 2
ヒナタが来てから半年ほどたった。彼女とユリカとあたしは同じ班だったこともあってすぐに打ち解けて、放課後も頻繁に3人で寄り道をする程度には仲が良かったりする。あの日感じた懐かしさの正体がわからないのがむずむずするけど、ドキドキは相変わらず鳴りやまない。
あたしとしては、これは運命だと思う。一目ぼれなんて今まで一度もしたことがなかったのでことさらそう思う。だって、出会って一目みて、好きになるなんて、ふつうあり得ない。同じ時間だったり感動だったりを共有して、少しずつ近づいた距離の先に恋があるってのがあたしの持論だ。
それが一瞬でくつがえされて、半年経っても熱が収まらないなんて、こりゃあもう運命としか呼べないだろう。
そんなこんなで、あたしは目下ヒナタを攻略中なのだ。
たわいない会話で彼女の人となりを知って、どんなことが好きかをリサーチして、警戒されない距離感を探って、そんでもってそれを徐々に縮めている。
効果は上々だ。かなり縮まった距離感をやわく繋ぐ手が証明している。
こういうとき「同性同士」って便利だ。異性のそれより障害や葛藤は多いんだろうけど、同性の友人として懐に入り込むのはわりかし容易い。そこから恋に繋げるのはちょっと難易度が高いけど、そこはまあ、腕の見せ所ってやつだ。
名前の通りお姫さまみたいに可憐で綺麗で比較的受動的なヒナタは、その名の響きの通りぽやぽやしている。ユリカなんかと比べれば、警戒心はあってないも同然なくらいだ。そんなだから、あたしみたいなのがつつつと近づいても許容してしまう。この現代で、よくこんなピュアな子に育ったものだ。
「あのね、いつきちゃん」
どこか緊張した面持ちのヒナタが鈴の音のような声でいう。手にぎゅ、っと力が込められて、なんだかただならぬ様子。この感じは、もしかして?
「わたし、いつきちゃんに」
き、きた。きたんじゃないか? ドキドキする。だけどそう、あたしは主導権を握りたいタイプの女だ。ヒナタみたいにお姫さまな子から言わせちゃ女がすたる。
「待って。あたしに言わせて?」
「え、いつきちゃんも、もしかして……そう、なの?」
「うん。だから、あたしに言わせて」
ぐ、と彼女の目をのぞきこむ。まっすぐに、射抜く。ダークブラウンの瞳がかすかにぬれていて、これが大事なシーンだってことを感じさせられる。なんだかひどくなつかしいのは何でだろう。
「あたしね、ヒナタのことがすきなの。女の子だけど、好き。だから」
言った。言ってやった。彼女の目が見開かれる。心臓がうるさい。カッコよくきめたい大事な場面なのだから集中させてほしい。
「ま、待って! いつきちゃん、だめ、ちがうの。ごめんなさい」
「えっ……」
ずずん、と心に重しがかかる。え、失敗しちゃった? そんな、だって、あんな潤んだ目で見てくれたのにちがうの? もしかして:BAD END?
「あ、あのね あの……わたしも、きらいじゃないんだよ。でも、わたしたちは、結ばれちゃ、だめなの」
「え、なに……意味わかんない」
ぐぐぐ、と体を折った彼女が告げる。何かに耐えるように、必死な形相で床をにらんでしばらくして、彼女はまた口を開いた。
「だってわたしたち、約束……したでしょ?」
――あの薔薇の庭園で。
真っ直ぐにあたしを見つめて彼女がそう口にした瞬間、脳裏にビビっと閃光が走り、ありはしないはずの薔薇の香りが吹き抜けていく。遠い昔、いつかのどこか、そう、あのときもそう、彼女はまっすぐあたしを見つめてた。ぼくと同じように。
――もし、もしもね
生まれ変わったら、またわたし、あなたをきっと好きになるわ。
――そんなの、ぼくも同じだよ。きっと君と恋をして、そしてまた、愛を誓うんだ。
――ふふ、それってとてもすてきね。
はじめてきく聞き覚えのある声。きれいなソプラノとアルト。ふたりではなすと、まるでハーモニーを奏でているようで、ぼくはその時間がなによりも好きだった。
――だけど。もしも、もしもだけれど
生まれ変わったとき、お姫さまと王子さまじゃなかったらどうなるのかな。
たとえば、そう。王子さま同士だったり、お姫さま同士だったり。
――そうしたら、うん。そうしたら、きっと
きっと、一番の――
「一番の、ともだちに……」
なると言った。ぼくが。ああ。なんてこった。
「おもいだして、くれたんだね。いつきちゃん」
彼女の瞳が潤んでいる。嬉しいやらなにやら色んな感情がその目には潜んでいるようだったけれど、思い出を共有した喜びが色濃いようではある。
「ん、うん……ああ、うん……」
前世のものらしき記憶が濁流のようにかけまわっている現在のあたしの脳みそは混濁を極めているわけだが、ふたつだけわかることがある。
確かに言った覚えがある。確かにあのときの自分の口が言った覚えがある。でも
あたしと、ぼくはいまは違う人間で、違う考えを持ってるんだってこと。
そんでもって、ほんとーに。ほんっとうに、彼(まあ自分でもある)は、本当に、とんでもなく余計な事を、言ったということ。
「よかったあ。だからね。いつきちゃん。わたしたち、ずっと、いつかおばあちゃんになっても友達でいようね」
彼女の笑顔満点な声がまるで死刑宣告のように耳に響く。
それってつまり一生あたしの「好き」は叶わないって、そういうこと? ほかならぬ前世のあたしのせいで? そんなのって、アリ?
「はあ。よかったあ。あ、いつきちゃん、今日クレープ屋さんの日だって! 食べて帰ろう?」
涙をぬぐうほがらかな彼女の声が秋風にとけて、あたしは成すすべもなく空を仰いだ。
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