プリンセスプリンセス
――もし、もしもね
生まれ変わったら、またわたし、あなたをきっと好きになるわ。
――そんなの、ぼくも同じだよ。きっと君と恋をして、そしてまた、愛を誓うんだ。
――ふふ、それってとてもすてきね。
だけど。もしも、もしもだけれど
生まれ変わったとき、お姫さまと王子さまじゃなかったらどうなるのかな。
たとえば、そう。王子さま同士だったり、お姫さま同士だったり。
そうしたら、うん。そうしたら、きっと
きっと、一番の――
◇
「ね~ゆりか、あたしたち親友でしょ?」
「あんたの言う親友って本当に都合が良いわよね。全く」
「ああ、心の友よ!」
悪態をつきつつ、整理整頓された机からノートをとりだすユリカ。ああ、なんて出来た友人なんだろう。生真面目な文字がノートに等間隔に並べられているところとか、図式がきれいな一本線なとことかも、中々に女子力が高い。
「はいはい、心の友心の友」
つれない返事もその声の柔らかさの前では意味をなさないこと、ユリカは分かっていないのかもしれない。そんなだから、あたしみたいなのも捨て置けないのだ。そういうところが好きだなと思う。まあユリカに言わせれば「もう終わったこと」だそうなので、何も言うまい。藪をつつけばなんとやらだ。触らぬユリカに祟りなしでもいい。
テスト前のこの時期、先生はノートを点検する。ここ最近の授業で飽きるほどアナウンスがあったわけだけど、数式を見ると頭の痛くなる思いのあたしは、数学のノートをうつすことすらままならず今日を迎えたのだった。とほほ、とため息をつく時間もないので、授業が始まる前に何とか残りを埋めるべくユリカにノートを貸してくれと頼んだが、果たしてあと10分で成果が得られるかは定かじゃない。いやー、無理じゃないかな。いやしかし、HRを犠牲にすれば全部は無理でも多少はマシになるかもしれない。諦めるのは最後の最後だ。うん。ひとりでしきりに頷いていると、ユリカが涼し気な目でこちらをみていた。もはや涼しげを通りこして冷たいほどだけど、細かい事はこの際スミにおいておくべきだ。
キンコンカンコン、と鐘の音がスピーカーから教室にひびく。HR。
「きりーつ、礼。はよーございまーす、ちゃくせーき」
立ちながらいいはじめ、座りながら言いおわる。これは多分マエダだ。ビシっと決めないのがマエダにとっては美学なのだ。そういった中2的な美意識はマエダのみならず学校中に蔓延しているけれど、マエダはそのなかでも群を抜いている。あたしは書きながら立ち上がり、腰を下ろしつつ書きながらそう考える。うんん、これだとあと1ページくらい書けるか、どうか。
「はい。おはようございます。今日はノート提出ですよ、みなさん忘れていませんか? 委員長さんは主導して昼休みには纏めといてくださあい」
ほわほわとした空気のアオキ先生が言う。ヒルヤスミ。昼休みまでならまだ! いける! あたしは飛べる!
「さてさて、それはさておき。今日はニュースがあります」
教室に囁き声が広がる。視界のスミでユリカたちが廊下に目をこらしている。図を書くのに時間がかかる。なんで定規なんか使わなくちゃなんないんだろう。こういうの全部プリントして配ってほしい。張り付けるほうが絶対楽じゃないか。
「え~、こんな時期ですが、転校生です!」
今度こそ教室中が騒ぎだす。大声で喋る声やガタガタと椅子の音がして集中しづらい。静かにしてくれ。あたしはいまグラフのメモリを数えていてだね。……ん?
「いっちゃん! ノート写してる場合じゃないって!」
「えっ、なになに? きいてなかった」
「どんだけ集中してんのよ。転校生だって、転校生!」
こんな時期に転校生なんて、珍しい。あたしだったらテスト期間終わってから登校するだろうに、真面目な子なんだなあ。
「女子? 女子?」
「まだ分かんないわよ。ばか」
教卓を見ると、アオキ先生がほわほわのまま教室が静まるのを待っていた。こういうとき、先生は慌てない。ただただ、嵐が過ぎるのを待つのだ。そして、ちょっと静かになったところで「パンっ」と小さく音を立てて手を合わせる。
「はい。HR中に紹介しないとね。みんなして1限目、遅刻になっちゃいますから」
みなさんだけじゃなくて先生もねえ、とほわほわした声が教室に響く。そうすると、いくつかのからかいの後、ほんのちょっと静かになる。ビシビシっとは決めないけど、ギリギリ進行ができる程度に抑えるのがアオキ先生なのだ。
「はい。入って~」
右前方のドアから、転校生が入ってくる。
「え~、
ゆったりと静かな歩き方、品があって、一歩進むたびに艶のある黒髪が腰元でゆれる。風に掬われた幾筋かが、陽の光にすかされて甘めのブラウンを散らした。薄っすらと朱に染まる頬が可憐で、その肌はどこをみても透きとおるくらい白くてシミ一つない。吸い込まれるように目元をみれば、ダークブラウンの瞳にまつげが覆いかぶさってて、あ。目があった。
ああ。
「きれいだ」
口から零れた台詞が、なんだかひどく懐かしいきらめきを伴っている。胸が締め付けられて、心の中で何かが渦を巻いて叫んでる。くるしい。ドキドキがとまらない。これって、これって。もしかしてもしかしたら。
「まじ?」
ユリカが小さく(引き気味に)呟いた声は、あたしの頭をすり抜けていった。
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