プリンセスプリンセス

――もし、もしもね

  生まれ変わったら、またわたし、あなたをきっと好きになるわ。

――そんなの、ぼくも同じだよ。きっと君と恋をして、そしてまた、愛を誓うんだ。

――ふふ、それってとてもすてきね。



  だけど。もしも、もしもだけれど

  生まれ変わったとき、お姫さまと王子さまじゃなかったらどうなるのかな。

  たとえば、そう。王子さま同士だったり、お姫さま同士だったり。


  そうしたら、うん。そうしたら、きっと

  きっと、一番の――




「ね~ゆりか、あたしたち親友でしょ?」

「あんたの言う親友って本当に都合が良いわよね。全く」

「ああ、心の友よ!」


 悪態をつきつつ、整理整頓された机からノートをとりだすユリカ。ああ、なんて出来た友人なんだろう。生真面目な文字がノートに等間隔に並べられているところとか、図式がきれいな一本線なとことかも、中々に女子力が高い。

「はいはい、心の友心の友」

 つれない返事もその声の柔らかさの前では意味をなさないこと、ユリカは分かっていないのかもしれない。そんなだから、あたしみたいなのも捨て置けないのだ。そういうところが好きだなと思う。まあユリカに言わせれば「もう終わったこと」だそうなので、何も言うまい。藪をつつけばなんとやらだ。触らぬユリカに祟りなしでもいい。


 テスト前のこの時期、先生はノートを点検する。ここ最近の授業で飽きるほどアナウンスがあったわけだけど、数式を見ると頭の痛くなる思いのあたしは、数学のノートをうつすことすらままならず今日を迎えたのだった。とほほ、とため息をつく時間もないので、授業が始まる前に何とか残りを埋めるべくユリカにノートを貸してくれと頼んだが、果たしてあと10分で成果が得られるかは定かじゃない。いやー、無理じゃないかな。いやしかし、HRを犠牲にすれば全部は無理でも多少はマシになるかもしれない。諦めるのは最後の最後だ。うん。ひとりでしきりに頷いていると、ユリカが涼し気な目でこちらをみていた。もはや涼しげを通りこして冷たいほどだけど、細かい事はこの際スミにおいておくべきだ。

 キンコンカンコン、と鐘の音がスピーカーから教室にひびく。HR。


「きりーつ、礼。はよーございまーす、ちゃくせーき」

 立ちながらいいはじめ、座りながら言いおわる。これは多分マエダだ。ビシっと決めないのがマエダにとっては美学なのだ。そういった中2的な美意識はマエダのみならず学校中に蔓延しているけれど、マエダはそのなかでも群を抜いている。あたしは書きながら立ち上がり、腰を下ろしつつ書きながらそう考える。うんん、これだとあと1ページくらい書けるか、どうか。


「はい。おはようございます。今日はノート提出ですよ、みなさん忘れていませんか? 委員長さんは主導して昼休みには纏めといてくださあい」

 ほわほわとした空気のアオキ先生が言う。ヒルヤスミ。昼休みまでならまだ! いける! あたしは飛べる!


「さてさて、それはさておき。今日はニュースがあります」

 教室に囁き声が広がる。視界のスミでユリカたちが廊下に目をこらしている。図を書くのに時間がかかる。なんで定規なんか使わなくちゃなんないんだろう。こういうの全部プリントして配ってほしい。張り付けるほうが絶対楽じゃないか。

「え~、こんな時期ですが、転校生です!」

 今度こそ教室中が騒ぎだす。大声で喋る声やガタガタと椅子の音がして集中しづらい。静かにしてくれ。あたしはいまグラフのメモリを数えていてだね。……ん?


「いっちゃん! ノート写してる場合じゃないって!」

「えっ、なになに? きいてなかった」

「どんだけ集中してんのよ。転校生だって、転校生!」

 こんな時期に転校生なんて、珍しい。あたしだったらテスト期間終わってから登校するだろうに、真面目な子なんだなあ。

「女子? 女子?」

「まだ分かんないわよ。ばか」

 教卓を見ると、アオキ先生がほわほわのまま教室が静まるのを待っていた。こういうとき、先生は慌てない。ただただ、嵐が過ぎるのを待つのだ。そして、ちょっと静かになったところで「パンっ」と小さく音を立てて手を合わせる。

「はい。HR中に紹介しないとね。みんなして1限目、遅刻になっちゃいますから」

 みなさんだけじゃなくて先生もねえ、とほわほわした声が教室に響く。そうすると、いくつかのからかいの後、ほんのちょっと静かになる。ビシビシっとは決めないけど、ギリギリ進行ができる程度に抑えるのがアオキ先生なのだ。

「はい。入って~」


 右前方のドアから、転校生が入ってくる。

「え~、小鳥遊 姫詩たかなし ひなたさん。席は藤咲さんの横。班は6班です」

 

 ゆったりと静かな歩き方、品があって、一歩進むたびに艶のある黒髪が腰元でゆれる。風に掬われた幾筋かが、陽の光にすかされて甘めのブラウンを散らした。薄っすらと朱に染まる頬が可憐で、その肌はどこをみても透きとおるくらい白くてシミ一つない。吸い込まれるように目元をみれば、ダークブラウンの瞳にまつげが覆いかぶさってて、あ。目があった。

 ああ。


「きれいだ」


 口から零れた台詞が、なんだかひどく懐かしいきらめきを伴っている。胸が締め付けられて、心の中で何かが渦を巻いて叫んでる。くるしい。ドキドキがとまらない。これって、これって。もしかしてもしかしたら。


「まじ?」

 ユリカが小さく(引き気味に)呟いた声は、あたしの頭をすり抜けていった。


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