ツラツラトオボエガキ

空木

元勇者達の午後

 きっと、君たちはいつかこの世界の事も、冒険も、なにもかも、夢の中の出来事にしてしまうだろうと、小さな大賢者は言った。

 この世界で築いた縁も偉業も、得た技も体そのものも、小さな御守りひとつすら持って帰る事は出来ない。我々は記憶の中でしか存在できず、そんな不確かなものは、いつか擦り切れて曖昧になり、現実とは言えなくなってしまうだろうと。

 そして、それで良いのだと。


 そんなのは嫌だと言ったのが、もう随分昔の事のようだ。

 現実に戻った僕らは普通の小学生でしかなくて、今日だって四角い机に座ってつまらないあれこれをノートに書き写している。


 あの日泣き喚いたお姉さん気取りの彼女は、帰ってから水泳教室に通い始めた。ライフセーバーにでもなろうかな、なんて笑ってた。

 あの日力強く誓ったあいつは、元から所属していたサッカークラブに熱中している。リーダーの資質が芽生えてきただとか、親たちが噂してた。

 あの日、静かに口を引き結んでいた彼女は、前にもまして勤勉になった。ほがらかな笑顔に影が差すように見えるのは、きっと気のせいだ。

 そんな感じで、僕ら6人は日常に戻った。


 ちらりと教室を見渡せば、周りより少し大人びて見える彼らが目に映る。6人全員で話す機会が段々と減ってきてるのは、多分みんな感じてる。

 怖いんだろうな、と思う。


 あの小さな賢者が予言した未来が、ほんの少しずつ、でも着実に迫ってきていることを認めたくないのだ。

 それは僕も同じで、でも、それは正しい事だと頭の片隅で理解していた。



 彼のきもち、そのなまえも、わたしは知らない。

 ただ、微かにふるえる声と、指先からにじむ熱が、いつまでも消えることなく心の中に棲んでいる。


 それだけで、良いと思った。

 それだけで、いきていけると。


 うす暗くて窮屈な、四角い教室わたしの世界から連れ出された異世界彼の世界はあざやかで、透きとおる風に満ちていた。

 痛いくらい、うつくしかった。

 クラスメイトだったけど、親しいってほどじゃない6人があつまって、むちゃくちゃな説明もそこそこに放りだされて、みんなで死にそうな目にあって、それでもなんとか生きのこって、散々な目にあったけどこんなのはじめてってくらいワクワクして、すごい冒険をして、それから、それから。


 思いだしていると、おでこがじーんとして、眉根がぎゅぅっとなって、目が熱くなる。

 だってどんな冒険も、1年経つうちに過去になってしまった。思いだすって、本棚におさめた本を取りだしてるってことだ。過去じゃない今って、鉛筆で書きこんでるまっしろなページのある本のことだ。


 桜がさいて、散るころに、わたしはそう思った。鏡にうつる新しい制服が、もう小学生のころの本はにあわないって、もう手元にあるのは、あの頃のそれじゃないでしょって、つきつけてるみたいだった。


 それでも、あの声と熱だけは消えなかった。桜の木に青葉が揃った今でもまだ、鮮やかなままだ。あのときの彼のきもちを、わたしはもう知ることはないのかもしれない。あのときのわたしの気持ちを、彼にはもう伝えられないのがさみしい。


 思わずにぎったわたしの指はちょっとだけ冷たくて、いたたまれなくって、丈のありあまった長い袖にくるんであげた。

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