ツラツラトオボエガキ
空木
元勇者達の午後
きっと、君たちはいつかこの世界の事も、冒険も、なにもかも、夢の中の出来事にしてしまうだろうと、小さな大賢者は言った。
この世界で築いた縁も偉業も、得た技も体そのものも、小さな御守りひとつすら持って帰る事は出来ない。我々は記憶の中でしか存在できず、そんな不確かなものは、いつか擦り切れて曖昧になり、現実とは言えなくなってしまうだろうと。
そして、それで良いのだと。
そんなのは嫌だと言ったのが、もう随分昔の事のようだ。
現実に戻った僕らは普通の小学生でしかなくて、今日だって四角い机に座ってつまらないあれこれをノートに書き写している。
あの日泣き喚いたお姉さん気取りの彼女は、帰ってから水泳教室に通い始めた。ライフセーバーにでもなろうかな、なんて笑ってた。
あの日力強く誓ったあいつは、元から所属していたサッカークラブに熱中している。リーダーの資質が芽生えてきただとか、親たちが噂してた。
あの日、静かに口を引き結んでいた彼女は、前にもまして勤勉になった。ほがらかな笑顔に影が差すように見えるのは、きっと気のせいだ。
そんな感じで、僕ら6人は日常に戻った。
ちらりと教室を見渡せば、周りより少し大人びて見える彼らが目に映る。6人全員で話す機会が段々と減ってきてるのは、多分みんな感じてる。
怖いんだろうな、と思う。
あの小さな賢者が予言した未来が、ほんの少しずつ、でも着実に迫ってきていることを認めたくないのだ。
それは僕も同じで、でも、それは正しい事だと頭の片隅で理解していた。
◇
彼のきもち、そのなまえも、わたしは知らない。
ただ、微かにふるえる声と、指先からにじむ熱が、いつまでも消えることなく心の中に棲んでいる。
それだけで、良いと思った。
それだけで、いきていけると。
うす暗くて窮屈な、
痛いくらい、うつくしかった。
クラスメイトだったけど、親しいってほどじゃない6人があつまって、むちゃくちゃな説明もそこそこに放りだされて、みんなで死にそうな目にあって、それでもなんとか生きのこって、散々な目にあったけどこんなのはじめてってくらいワクワクして、すごい冒険をして、それから、それから。
思いだしていると、おでこがじーんとして、眉根がぎゅぅっとなって、目が熱くなる。
だってどんな冒険も、1年経つうちに過去になってしまった。思いだすって、本棚におさめた本を取りだしてるってことだ。過去じゃない今って、鉛筆で書きこんでるまっしろなページのある本のことだ。
桜がさいて、散るころに、わたしはそう思った。鏡にうつる新しい制服が、もう小学生のころの本はにあわないって、もう手元にあるのは、あの頃のそれじゃないでしょって、つきつけてるみたいだった。
それでも、あの声と熱だけは消えなかった。桜の木に青葉が揃った今でもまだ、鮮やかなままだ。あのときの彼のきもちを、わたしはもう知ることはないのかもしれない。あのときのわたしの気持ちを、彼にはもう伝えられないのがさみしい。
思わずにぎったわたしの指はちょっとだけ冷たくて、いたたまれなくって、丈のありあまった長い袖にくるんであげた。
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