(4)ずっとずっと昔のお話です

 炎の剣は神から授かった聖剣だ。


 エデンの園にある、生命の木に通じる道を守るように言われたウリエルは、その剣を手に門番をしていた。といっても暇だった。誰も来やしないのだ。


「ウリエルは真面目だね。僕だったら遊びに行っちゃうけどな」


 陽だまりが心地よい楽園。木々は清々しい風に揺れ、花々の香りが甘く爽やかに周囲にただよう。ウリエルはそんな中、直立不動で剣を手に門番を務めている。


「ルシファー、君が不真面目なんだ。この間だって、神が命じた仕事をほっぽり出して遊んでたんだろう」


「それは違うよ、ウリエル。僕より適任な奴にかわってもらっただけ。その方がいいと思ったからだよ。親切なんだ、僕は」


 肩をすくめて目をパチパチさせるルシファーに、ウリエルはため息しか出てこなかった。少年と少女は仲が良かった。けれど、性格は正反対。唯一、共通しているのはミカエルが嫌いだということだった。


「あいつはナルシストだからね」

 ルシファーは鼻にしわを寄せて言うのだった。


「そうそう。絶対鏡を見るたびに立ち止まって、『今日のわたしも美しい』って、うっとりしてるんだ」

 ウリエルも負けてない。

「あいつ、偉そうなんだよ。自分が神だと勘違いしてるんじゃないか」


 ルシファーは鼻を鳴らす。

「まったくだね。いつか反逆の罪で堕とされるはずだ。そんときは指さして笑ってやろう」


「思いっきり笑おうな」

「うん。げらげら笑ってやろう」


 少年と少女は顔を見合わせて笑う。

 からからと愛らしい笑い声に、鳥が歌うようにさえずる。


 そんな、日々もあったのだ。

 遠い、遠い、うんと遠い昔。世界がまだ始まったばかりの頃。

 勇者も大勇者もいない、そんな、世界が生まれたばかりの頃。


「ルシファー。もし、君を殺すときが来れば、わたしが斬ろう」


 そう誓ったのはいつだろう。

 ウリエルは炎の剣を手放さなかった。これは罪だろうか。

 まあ、いい。

 どうせ、堕天したのだから。


「君を斬ろう」


 魔王は言った。

 これは彼女の決断だった。誰に命じられたわけじゃない。

 もしかしたら、これは神の命に背くことなのだろうか。


「魔王か」


 ウリエルはつぶやいた。半身を氷に囚われている少年をみる。

 なぜ、彼はずっと少年の姿のままなのだろう。

 わたしは、ずっと昔に少女はやめた。

 魔王は苦々しく思った。

 ルシファーの発想、態度、言葉、外見、何もかもが幼稚だ。


「死ねよ、ルシファー。消してやる」


 そう言って笑う。

 魔王も、ルシファーも。


「やれよ、ウリエル」


 笑う。氷の中で、笑う。

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