(5)大天使はやっぱり神出鬼没なのです

「ウッキー、ストーップ」

 がふっとみぞおちに遠慮のないツッコミ。

 魔王は一瞬呼吸が止まった。


「げっ、ガブリエル!」

 ものすごく集中力を高めていた魔王は、急速にだらけた気持ちになる。

「なんだよ、お前ら。邪魔するな」


 お前らというのは、ガブリエルだけでなくラファエルもいたからだ。

 少年天使の姿をしたラファエルは大人びた表情をすると、やれやれというように首を振る。


「邪魔はするに決まってるでしょう、ウリエルさん。彼が目覚めれば、僕たちだって気づきますし、そうなるとあなたが暴走しかねないことも知ってますからね」


「暴走などしていない」

 むっとする魔王だったが、頬が少し赤くなる。

「わたしはあいつを消すんだ。お前たちも邪魔するなら同じように消すぞ」


「ほほっ、ウッキーったら怖い顔しても可愛いんだから」

 つんつんとガブリエルが魔王の頬とつつく。

「ほらほら、プンプンしないの」


「そうですよ」とラファエルが言ったかと思うと、魔王の手から炎の剣が消えていた。魔王はびっくりしたあと、彼をにらむ。


「おい、わたしの剣を返せ」

「いいえ、返しません。没収です」

「ラファエル!」


 魔王が怒鳴るが、ツーンとそっぽを向いて無視するラファエル。ガブリエルも、「はい、没収」と軽い調子で言う。


「君たち僕を助けてくれるのかい」

 ルシファーの声。ラファエルは冷めた目をして堕天使を見やった。

「まさか。お前にはその場が似合うよ。死による解放も与えてやるつもりはない」


「そうね、あんたやり過ぎだしね。ウッキーをからかうのもよしてほしいわ」

 ガブリエルは笑みを浮かべていたが、その目は意外なほど怖い。

「なんだ、君たちも神の言いなりか」


 ルシファーの短い笑いが、氷に覆われた洞窟内に響いた。


「ああ、つまらないな。そんなに支配されたいのか。君たちには自由を欲する気持ちがないのかな。まったく、それこそ哀しいことだよ」


「お前にどう思われようとかまわないがね、ウリエルがまずい立場に追いやられるのは嫌なんだよ。ということで――」


 ラファエルはパッと表情を変えて、笑顔を魔王に向けた。


「これは僕が預かるからね。無茶しちゃだめだよ」

「おいっ」魔王は炎の剣と奪い返そうと手を伸ばす。

「はい、またねーっ」


 ガブリエルの声が背後でしたかと思うと、パチッという音と共に二人とも消えてしまった。


「な、なんだよ。何しに来やがったんだ!」

 丸腰で放り出された魔王ウリエル。ムクムクと腹が立ってくる。

「あの野郎ども、ふざけやがって」


「あはは、困ったなぁ。炎の剣がないと、僕の氷は溶けないよ。どうしようかな」

 ルシファーが眉を下げると、横でずっと控えていたアスモダイが言う。

「王よ、ご安心ください。魔王を倒したあと、すぐに天の宮まで行き、炎の剣を奪って来ましょう」


「君に出来るかな」

 そう笑うルシファーに、アスモダイは自信ありげにうなずく。

「わたくしも高名な悪魔ですぞ。剣を奪うくらい造作もない」


 頭を下げるアスモダイ。――と、皮肉気な声。


「ずいぶん自信家なんだな。人間によって壺の中に閉じ込められていたくせに。それとも、頭が悪すぎで忘れてしまったのか」


 ぶんと音がして、アスモダイが視線をやると、魔王が馬鹿でかい剣を手にしていた。彼女は小首を傾げると言った。


「これも聖剣なんでね。アスモダイ、お前を斬るには十分だ。しかし、わたしも魔王だ。悪魔が反省して大人しくするというのなら、命までは奪うまい」


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