(2)大天使はお調子者なのです

「魔王さま。大天使さまがお会いになりたいとのことです」


 早朝から三人の勇者を討伐し、五人のペット志願者(元勇者)を蹴散らしたばかりの魔王は、やっと一息できると、優雅に魔コーヒーを口に含んでいたところだった。しかし、爆撃のような宰相の言葉に激しく咳き込む。


「ゴホッ。おい、ミカエルが来たのか。あいつなら留守だと言って追い払ってくれ。朝っぱらから奴の顔なんて見た日にゃ気鬱で寝込んじまう」


「いえ、ミカエルさまではなくて――」

「やっほーっ。ウッキー、魔王復帰おめでとぉ~。すぐに来れなくてごめんねぇ」

「げっ」


 魔王はのけぞって出来ることならこのまま姿を消したいと思った。ある意味ではミカエルも苦手な相手だったのだ。


「ガブリエル、どうして魔界なんかにいるんだ」

「やだ、ウッキーたら、いつもあたしのことはガブちゃんかガブっちと呼んでって言ってるでしょう」


「うっ、無理だよガブリエル。わたしはそんな気さくに君のことは呼べない……」

「もうやだぁ、ケチ」


 ぷくっと頬を膨らませる四大天使のひとり、ガブリエル。彼女(?)は、ふわふわとボリュームのある巻き毛がかった薄紫色の髪をしていた。白い肌に黄金の瞳の美しい美女(?)なのだが、百合の香りのする香水は強烈で、着ている服も毎度派手な露出が目に余る。今日はロングスカートだったがへそが見えていた。


「髪の色を変えたんだな。そっちのほうがいいよ。前は真っ赤だったから」


「そうそう、分かるぅ? デビちゃん見るたびに可愛いなって思ってたから赤にしてみたんだけどさ、評判悪くって。神の伝言を持っていっただけなのに、『出たな、サキュバス』とか言われて、変なもんぶち撒かれてさ、超最悪」


「でしょうね」と魔王はぼそり。


「あたしは赤最高って気に入ってたんだけど、仕事が出来ないじゃない。だから、しかたなくこっちにしてみたんだけど」


 ガブリエルは薄紫の髪に手をやる。


「地味かなって。誰も褒めてくれないしさ。でも、ウッキーが似合うって言ってくれたから嬉しいわ。ミカちゃんなんて、あたしのこと、スルーしまくりよ」


 ミカちゃんとはミカエルのことだ。魔王は、「あいつは失礼な奴だからな」と話を合わせた。


「そうなの、超失礼な男よ! あたし、いつかぎゃふんと言わせてやろうって思ってんだけどさ、逆にこの間なんてあいつにハメられて、あたし謹慎処分になったのよ。天使らしからぬ振る舞いだとか言い出してさ、危うく堕天するところだったわよ」


「へ、へぇ……」


 魔王の引きつり笑いに気づいたのか、ガブリエルはハッとした顔のあとに、パチッと両手を合わせた。


「ごめん、ウッキー。あたし、悪気ないのよ。マジ、ごめん」

「うん、分かってるさ。……それで、今日は何の用事なのかな」


 用がないならはよう帰れやという気持ちを込めて魔王は訊ねた。すると、ガブリエルは、「実はぁ……」と珍しく言葉を渋る。


「なんだよ。まさか、神から伝言か」


 うそだろ、魔界復興は順調だぞ。なにが気に入らないんだ。

 魔王はプチパニックに襲われた。神のお考えは凡人には理解不能なことが多い。

 ドキドキする胸を押さえていると、ガブリエルは首を振ったので、魔王はホッと安心した。


「なんだ、よかった。それなら、何を遠慮してるんだ」

「そのぉ……」


 もじもじしていたガブリエルだったが、そそそっと魔王に近づくと、いぶかしげな顔の魔王に、ひそひそと耳打ちをした。

 

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