Episode 3 エデンの園での痴話げんか

(1)魔王さまはお忙しいのです

 伝説魔王さまが復帰して、ひと月。順調に大勇者・勇者どもを討伐していき、十五の国と三の地域を崩壊させ、大勇者を二十人、勇者については連続狩りをしていったので五十人もぶっ倒した。


 今では魔界の住人だけでなく、増えすぎた勇者たちに困っていた人間たちにも感謝され、大天使ミカエルも満足そうに微笑むのだが、魔王はというと次第に勇者討伐にも飽き始めていた。


 つまらない。

 それが一番の感想だった。

 弱いのだ、どの大勇者だろうと勇者だろうと。


 魔王が地上世界にまで出向いていき顔を合わせた瞬間、彼らは敗北を認め、自ら勇者の身分を放棄する者がほとんどだった。さすがに一国の王ともなれば、少しは抵抗するのだが、一日もてばいいほうで、作戦を立てる間もなく勝利する。


「魔王さま、どうかワタクシめも飼って頂きたい」


 そう言って跪いて懇願してくる勇者もいる。どこかからロンリーの噂を聞きつけてくるらしく、自分も魔王に囲ってもらえれば生活も安泰と思うらしい。しかし、もちろん、ロンリーと他の勇者たちでは状況が違う。


 ロンリーは召喚勇者で、魔王が大嫌いなミカエルによって無理やりこの世界に連れてこられたのだ。帰る方法はないかと、魔王もいっしょになって探しているわけで、保身のためにすり寄ってくる奴らとは根っこの部分でまったく別の存在だ。


「黙れ、ブタ野郎」


 魔王は何度そう言って、彼らの背を踏んづけたか知れない。それでもしつこく手紙を送りつけてきたり、魔界にある万魔城パンデモニウムにまで面会に来る粘着質な元勇者たちもいるのだった。


「全員、奴隷にして魔界でこき使ってやりましょうぞ」

 宰相ルキフゲ・ロフォカレは提案する。

「でもな、目障りなんだよ。見ると焼却したくなるんだ」

 魔王は人だかりを見るとイライラするタイプだった。静寂を好むのだ。


 燃やしたり、くし刺ししたり、魔界運河に投げ込んで遊べばよろしい。

 宰相は嬉々として言うのだが、魔王は関心をしめさない。


「無駄に霊魂が増えるだけだろ。それを管理しているのも魔界じゃないか。どこの洞穴に放り込むか、いちいち仕分けするのが面倒だ」


「ケルベロスやレビヤタンが適当にやりますよ」


 宰相はそう言うのだが、魔王はやはり首を振り、「最終確認はわたしがするからな。間違えて放り込んでいたらラファエルが怒るだろ。あいつは嫌いじゃないが、真面目で細かいからな。神にチクられたら困る」


 魔界には死の国 陰府シェオルが存在する。陰府シェオルは四つの空洞に分かれていて、


 第一は善人の魂が納められ、光り輝く泉がある。

 第二は罪人たちの魂が納められ、審判の日まで苦しむ。

 第三は罪人によって命を奪われた魂がいる。彼らは正当性を訴え続けている。

 第四は不義な罪人の魂がいる。審判の日が来ても彼らは顧みられることはない。


 陰府シェオルの入り口は地獄の門とも言われ、ケルベロスやレビヤタンがいるのだが、彼らは獣型の悪魔であるため、判断基準が雑だった。ケルベロスなどはハチミツが好物なので賄賂を受け取り便宜を図ったとして、ついこの間も減給処分を受けている。


 魔界には陰府シェオルの他にも、辺獄リンボ地獄ゲヘナなども存在するが、多くの魂は陰府シェオルに送られていく。罪人を処罰する権限や仕分けの最終確認は魔王が任されていたが、死の国全体の監視は大天使であるラファエルがやっており、魔王はいつも窮屈な思いをしているのだった。


「なんかパッとすることはないのか」


 魔王が大きくため息をついたある日、その大天使は突然、やって来た。


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