(3)魔王さまはお人好しなのです

「はいぃ? 今なんて言った」

 魔王が身を引くと、ガブリエルはつんとそっぽを向いた。

「だからぁ、任命した勇者が問題起こしてて困ってんの。そんな怒んないでよ」


「怒っちゃいないが」と魔王は言ったが、顔はうざそうに歪められていた。

「それで、なんだ。要はわたしにそいつを討伐してほしいってことか」


「そう、そういうこと」

 人差し指をピンと立てるガブリエル。

 魔王の顔はさらに歪む。

「自分でやればいいだろ。わたしだって予定ってもんがある」


「なによぅ、ミカちゃんの頼みは聞いたくせに! ソドムの話は天の宮でも有名なんだからね。なによ、いじわる」


「意地悪なもんか。あいつは神の名を使ってだな、強引にわたしを――」

「なによぅ、ミカちゃんが好きなのね。あたしの思った通りだったわ。あんたたちは昔から――」


「んなわけねーだろっ。ミカエルなんて名前も言いたくないくらいなんだ!」

「じゃぁ、あたしの頼みも聞いてちょうだいよ。それに、ウッキーにだって関係あることなのよ」


「はいぃ?」


 魔王がいやーな顔をして聞き返すと、ガブリエルは口を尖らせる。


「だって、問題はエデンの園で起こってんだもん。あそこの管理はウッキーがやってたじゃんか」


 エデンの園とは、あのエデンの園だ。アダムとエバが暮らしていた楽園であり、人類が初めて罪を犯した場所でもある。


「管理だと。わたしがいつ管理などしたんだ」

 声が大きくなってしまう魔王にガブリエルのほうでも声が高くなる。

「だってだって、生命の木がある場所まで行く道を守ってたじゃん」


「それだけだろ。それにお役目ごめんして長いんだからな」

「でーもぅ、あの剣はまだ持ってんでしょ。知ってるんだから」


 ギクリとする魔王。目をそらす。


「べ、べつに返せなんて言われてないし。あれはわたしの剣だ」

「どうかなぁ。魔王にあの剣って必要かなぁ。ミカちゃんに相談しようかなぁ」

「う、や、やめろ。分かったから。エデンの園がどうしたんだ」


 おどけ気味だったガブリエルの顔が、さっと得意げな笑みに変わる。

 なんていじわるな顔だろう。

 魔王は、これだから大天使は嫌いなんだと強く再認識した。


「あのね」とガブリエルは魔王に体を寄せる。

「エデンの園で、あたしが任命した勇者とアダムがデキちゃって、エバがご立腹なのよ。マジ、緊急事態!」


「なんだと」


「なんだと、じゃなくてぇ。ともかく来てよ、エデンに」


 ガブリエルが言った瞬間、パチッと音がして、二人は万魔城パンデモニウムから姿を消した。


「おや、お茶をお運びしたのだが」


 ちょうど宰相が部屋に現れる。手には見事な冥府焼きのティーセットと魔界クッキーがのった丸盆がひとつ。


「お出かけか。ふむ」


 宰相は新たなコレクションであるティーセット自慢がしたかったのだが、残念。

 またの機会に。


「おーい、デビー殿にロンリー殿。おやつでも食べないかね」

「はーい」


 二人の返事はあっという間に聞こえてきたのだった。

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