(7)ソドムが燃えているのです

 城壁の外に人々が集まり始めていた。頬が煤で汚ている者、服が焼けている者などが多い。小さい子供や赤子の泣き声もする。ロンリーは魔王たちと木陰に隠れてそれらを複雑な心境で眺めていた。


「わたしが恐ろしいか、ロンリー」

 魔王が話しかけると、ロンリーはびくりと体を震わせた。

「い、いえ。ただこの人達が気の毒だなって……。分かってますよ、そもそも神が言い出したことなんだから。魔王さまは悪くないです」


「もっとやり方があったと思ってるんじゃないのか」

 魔王は笑う。ロンリーは顔を赤くして首を振った。

「そんなこと、ありません。王が逃げたって聞いたときから、こんな国は亡びたほうがいいと思ったから。全部、燃えたほうがすっきりします」


 そうは思っていないような顔だな、と魔王は見て取ったが言葉には出さなかった。ソドムの街を覆う炎は鎮火する様子はなく、城壁の外にいても熱気を感じるほどになっていた。魔王はそろそろ万魔城パンデモニウムに帰ろうかと、周囲に目をやっていたところ、ひとりの女が目に留まった。


 若い女だったがやせ細り、まるで老婆のような恰好をしていた。貧しい身分なのかと思ったが、どうやら修道女のようである。女は止めようとする人たちを押しのけながら叫び声をあげていた。


「放してちょうだい。まだ子供たちが――お仕置きだって、部屋に閉じ込めてきたのよ。焼け死んでしまうわ」


「もう無理だよ、ロトリアン。この炎を見ろよ。全部燃えちまったさ」


 男が抱きしめるようにして彼女を止めるのだが、彼の腕の中でロトリアンと呼ばれた女は暴れながら金切り声をあげる。


「なんてことを! 放しなさい、放してちょうだいっ」

「ロトリアン、もう諦めるんだ」


 女はよろめいて座り込む。周りにいる者達も気の毒そうな目を彼女に向けはするが、誰も何も言えないでいるようだった。


「ああ、神さま。どうか……」


 そう言って祈りを捧げる仕草をするロトリアン。周囲も同調し始める。この様子にロンリーはやや不快な思いを抱いた。


「神か……」


 自然と手が聖剣に触れる。外出すると聞いて腰に下げて来たが、ただ重いばかり。ロンリーは聖剣なんて置いて来ればよかったと、大きくため息をついた。そこへ――


「魔王さま」デビーが軽く魔王の腕を引いた。

「こども、助けて来てもいいかな」


「かまわないよ、デビー。お前がそうしたいならな」

「閉じ込められているのはかわいそうだもの。デビー、ちょっと行ってきます」


 デビーは言うが早いか、だっと駆け出していく。驚いたロンリーが魔王に話しかけたときには、すでにデビーは城壁を跳び越えて中へと姿を消していた。


「大丈夫なんですか! 死にはしないんでしょうけど、この火事の中ですよ」

「デビーなら平気さ」魔王は言うと、ふふっと笑った。

「あの子は火が好きだからね」


 ぽかんとしているロンリーの顔を見て、さらに魔王は笑う。そうしていると、空からハルパスが降りてきて、ロンリーの横に着地した。


「財はこちらです」


 ハルパスは金貨と宝石が入った袋を魔王に渡した。魔王は受け取ると肩をすくめ、「これだけか」と嘆息する。


「持ち出せたのはこれだけだったようですが質は確かです。それに、城内の金庫には、まだ多くの財があるでしょう」


「それは置いておこう。手始めに根こそぎ奪っちゃ、悪いからな」


 魔王が袋を放り投げると宙でそれは消えた。たぶん転移したのだろうとロンリーはあたりをつける。


「宰相が喜びそうだな。彼の目の前に落としてやった」

「相変わらず、素晴らしい魔力ですね」


 ハルパスは言うと、城壁のほうへ目を転じた。


「先ほど中へ入ったのは、デビー殿ですか」

「ああ、そうだよ。人助けをするつもりらしい」


 魔王はまたおかしげに笑うと、ロンリーに言った。


「そう心配するな。上を見ていろ。じきに面白いものが見れるぞ」


 そうして、魔王は人差し指を天に向けた。

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