(6)悪魔ハルバスでございます
「うむ、決まったぞ」
顎に手を当てて、しばらく考えていた魔王が口を開いた。
「燃やそう。それが手っ取り早い」
「燃やす?」
勇者ロンリーが首を傾げる。魔王はそれを見て不敵に笑った。
「街に火をつけるのだ。火事を起こそう」
「え?」
彼の疑問には答えず、魔王は宙の一点を見つめると、呪文を唱え始めた。
「シラース・エタナール・ブサナール。来るのだ、ハルバス」
ぶわりと地面から風が巻き起こる。なんだ、と勇者ロンリーが驚いて風から顔をかばっている間に、上空から声がした。見上げると、黒い翼の生えた男が浮かんでいる。
「お声がけ、嬉しゅうございます、魔王さま」
「うむ。久しぶりだな」
「はい」
男は細い槍のような剣を背中に背負っていた。浅黒い肌をした若い男で体全体が針のように細い。その悪魔が地上に降りてこようとしたところを魔王が制する。
「よい。そのまま飛んでいけ。城壁に囲まれた街があるだろう。すべて燃やしてしまえばよい」
ハルバスと呼ばれた悪魔は肩越しに街を振り返る。
「はい、いますぐに」
頭を下げた、そう思った瞬間には、悪魔の姿は小さくなっていた。
「なにをするんです」
まだ状況が飲み込めずにいた勇者ロンリーは魔王に尋ねた。
すると、「ハルパスは火の悪魔なんだよ」と、デビーが答える。
「背にあったのは魔剣なんだ。それを三度振ると火事が起こる」
「そうだ。ほら、見てごらん」
魔王が示すほうをロンリーが見ると、すでに街からは、火の手があがっていた。
「えっ」
ロンリーの目が真ん丸になる。信じられないというように、魔王とデビーを交互に見やると、恐れをなしたように二、三歩後退りする。
「なんで……、そんな」
「なんだ。なにを驚いている」
魔王はにやりと笑い、デビーはきょとんとする。ロンリーはその様子にさらに不気味さを感じたのか、また数歩二人から離れた。
「危険じゃないか。あんな火事、たくさん死人が出るぞ」
「そうか」
「そうかって……」
言葉を失って顔を伏せるロンリー。
デビーが魔王を不思議そうな顔をして見上げる。
「どうしたんでしょう、魔王さま。ロンリー、元気がなくなっちゃいましたね」
「人間だからな。同情しているんだろう」
「ふーん」
まだ小首を傾げているデビーを見て、魔王は小さく笑った。それから、ロンリーに話しかける。
「いいか、残酷に見えるかもしれないが、神のご意志でもあったことを忘れるな。それにだな、もし立派に統治されている国ならば、多くの民が無事に避難して助かるはずだ。もし――」
と、黒い羽根が舞い落ちてきた。次の瞬間、魔王の前には、悪魔ハルパスが降り立っていた。
「魔王さま。この国の王が、隣国に逃げていきます。見事な宝石や金貨を所持している模様。奪って来ましょうか」
「逃げたっ」
魔王より先に声をあげたのはロンリーだった。ハルパスの眉がくいとあがる。
「ほう、こちらが魔王さまが飼い始めたという勇者殿ですか。威勢がいいようで」
「まあな。それで王であることに違いないのだな」
「はい。奴は自分の妻と子も見捨てたようです」
「ふむ。なら、生かす程度に痛めつけたあと、財産を奪ってこい」
「はい」
ぶわりと風が巻き起こったかと思うと、ハルパスはずっと遠くの空にいた。地面には黒い羽根が散乱している。
「よく羽根の抜けるやつだな」
魔王がパチンと指を鳴らすと、全ての羽根があっという間になくなった。
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