(8)デビーの大活躍

 デビーはごほりと咳をついた。煙で喉がいがいがする。周囲に目をやると、多くの人が避難し終えたあとなのか人影はなく、物が散乱しているだけだった。デビーは鼻をつまむと目を閉じて、耳を澄ました。


 パチパチと爆ぜる音に混ざり、聞き取ろうとしていた小さな呼吸音が耳に届く。目を閉じたまま、その音の方に向かって、彼女は移動した。


 音は地下にもぐる倉庫の中から聞こえた。地下といっても外から出入りする階段がついた造りだ。デビーは目をあけると、石造りのその場所に迷いなくずんずんと歩みを進める。


 下りた先の木戸は外から簡素な錠がしてあった。デビーはその戸を蹴とばして開ける。ドンっと大きな音と共に木戸は床に倒れた。


「おい、助けに来てやったぞ。いち、に、……三人か」

「よ、四人です」


 赤い炎に照らされる顔がよっつ確かにある。デビーはうなずくと、それぞれの襟首をむんずと掴んだ。


「いいか。じっとしてるんだぞ。目を閉じていろ。暴れたら落とすからな」

 彼らが返事する前に、デビーは天井をぶち破って空へと上昇した。

「うっわ」

「こらっ。だから目を閉じてろって言っただろ。ほんとに落とすからな」


 デビーがさらに上昇すると、子供たちは全員気を失ってしまった。

 死んだか。そう、デビーは思ったが、久しぶりの変化が楽しくて、しばらく燃えるソドムの町の上空を旋回した。


◇◇


 ロンリーは上空を飛んでいる存在に気づいた。目を細めて確認すると、それは燃える火の塊のようであったが、足に何かを掴んでいる。


「あの……、飛んでいるのは火の鳥ですか」

 ロンリーが半信半疑で魔王に尋ねると、魔王は笑ってうなずいた。

「知っているのだな。フェネクスという悪魔だ」


「フェネクスですか」

「ああ。以前はフェニックスと呼ばれていたこともあるがね」


 ロンリーはもう一度、空を見上げた。びゅんびゅんと結構なスピードで旋回しており、掴んでいるものが落ちないかと心配になる。


「あの足で掴んでいるのって、子供ですよね。つまり……」


 デビーなのか。ロンリーは信じられなかった。

 それでも、彼女しか考えられない。


「デビーってフェニックス……じゃなくて、フェネクスだったんだ」

「そうだよ」


 魔王は答えると、息を吸い込み、声を張り上げた。


「おーい、デビー。いい加減に降りて来い」


 その声に、ぴたりと動きを止めるフェネクス。ロンリーはそれを見て、やっぱり彼女なんだなと納得した。


「あの子は――」魔王は視線を空に向けたままで語る。

「フェネクスは堕天使の悪魔なんだ。千年後には罪が許され、天使の階級に戻れると信じているのさ」


「そう……なんですか」


 ロンリーは複雑な気持ちになった。魔王のという言葉が引っかかったのだ。しかし、魔王は首を傾げて笑うだけで、それ以上の言葉はなかった。


 デビーは人間たちの前に舞い降りると、子供たちをどさりと地面に落とした。それから、また上空へと飛ぶ。人々は驚きのあまり声もなかったのだが、子供たちのうめき声がすると歓声をあげて涙した。


◇◇


「デビー、ちょっと焦げた」


 魔王たちの近くに戻ってきたデビーは、すでに人型に戻っていた。

 見れば、ちりりと髪の毛がこげている。

 魔王がその頭をわしゃわしゃとかき回すようになでてやると、うれしそうに彼女は目を細めた。


「うふふっ。魔王さま、ありがと」

 魔王が手を離すと、デビーの髪は回復して、さらりと艶めく。

「楽しそうだったな」


 魔王が笑うと、デビーは「うんっ」とはしゃいで腕に飛び込んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る