(3)デビーは偉い悪魔なのです

 タイル敷きの廊下を進む。かつかつと鳴る足音が広い城内全体にこだまするように響きわたる。召喚勇者ロンリーは、横を跳ねるように歩くデビーに目をやった。


 パンク少女というかんじだろうか。真っ赤な髪に白い肌。笑うとちろっと上唇の下から尖った小さな牙が見える。それでも、八重歯といっても差し支えないほどのさりげなさで異質な印象は受けない。背にあるコウモリのような羽は飾りのようだし、スカートから突き出る黒い尻尾はさらに偽物のようだ。


「あのさ、それって本物だよね」


 勇者ロンリーが控えめな調子で尋ねると、デビーのくるっとした大きな黄金の瞳を持つ目が彼を見る。透き通ったその瞳にぶつかると、ロンリーは心の中を見透かされているような気分になり、どうもにも落ち着かなくなるのだった。


「それって、なんのこと」

「その……、羽とか尻尾とか」


 言葉に答えるように、デビーの背にある小さな羽がパタパタと動く。


「本物だよ。でも、これだと空は飛べないんだ」

「そうなんだ」


 小さすぎるものな。そう思ったのが顔に出たのだろうか。ロンリーを見上げていたデビーの顔が急にしかめっ面になる。


「おい、ロンリー。今、ばかにしたな」

「い、いやっ。バカになんてしてないさ。それと、俺にはちゃんとした名前――」


「知ってるぞ、データにあったからな。神田康太かんだこうたって言うんだろ。でもデビーはロンリーって呼ぶんだ。悪いかっ」


「わ、悪い――」と、ロンリーは言おうとしたのだが、むっとした顔のままのデビーを見て言葉を変更する。

「まぁ、いいよ。ロンリーね。はいはい」


 こんなあだ名、友達が知ったら爆笑するだろうな。そう思った瞬間、さっとロンリーの心は陰った。もう二度と彼らには会えないかもしれないからだ。それでも、と、彼は気を取り直して、デビーに気になっていたことを質問した。


「あのさ、悪魔に寿命はないってことは知ってるんだけど、きみっていくつぐらいなの。見た目は俺より少し下ってかんじだけど」


 十五より上には見えない。十三か、もしくはもっと幼く見えるほどだ。しかし、ロンリーが予想した通り、デビーの答えはずっと年上だった。


「デビーはまだ若い悪魔なんだ。悪魔になってからだと、三百年ちょっとかな」

「三百年だと若いってなるんだな」


「そりゃそうだよ。でもな、デビーは偉い悪魔なんだぞ。ソロモンにこき使われていたときは、自分の軍団だって持ってたんだからな。序列三十七番伯爵魔人とはデビーのことだ」


 えっへん、どんなもんだいと自慢げに体をそり返すデビー。ロンリーには悪魔の序列や地位がどんなものなのか、詳しくは理解できなかったのだが、それでもソロモンや伯爵という言葉には尊敬に近いものを覚えた。


「ソロモンって聞いたことあるな。王様だっけ」


「人間のな。悪魔を支配する指輪を大天使があげちゃうから、デビーたちは反抗できなかったんだ。中には仕返ししようとした悪魔もいたんだけど、結局は壺に閉じ込められちゃったし。ま、あいつのことは嫌いだったから、顔を見なくなって清々したけどね」


「壺に封印か……」


 ロンリーはつぶやいた。もしかしたら、とふと考えが浮かぶ。

 魔王を始め、魔族は退治しても再生能力があるため、姿を消すことはない。

 でも、もし、魔王を封印することに成功したら……?

 

「ほら、あそこがロンリーの部屋だぞ。けっこう広いから喜べ。シャワーもついてるし、ベッドも大きいぞ」


「あ、うん」


 にこりと笑うデビー。ロンリーはボッと顔が赤くなるのを感じて、考え事もどこかへ行ってしまったのだった。

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