(4)勇者狩りです、魔王さま

「魔王さま、わたくしに考えがあるのです」

 ぼんやり天井を見上げていた魔王は、張り切った声にびくりとした。

「なんだ、突然に」


「いえ、突然ではないのです」

 宰相は自分の言葉に自分でうなずくと続ける。

「わたくし、実はもう二十年前から考えておりました。そして信じていたのです、いずれ伝説の魔王さまが再び、魔王の座に戻っておいでになると。ですから、この計画はバッチリなのです」


「計画?」

 一体何を言い出すんだ。

 魔王は苦笑すると肘掛に体を預けて頬杖をついた。


「はい、魔界の財政回復のための計画です。もう準備万端、すぐにでも実行して頂きたい」


「なんなのだ、急に」


「いいですか、魔王さま。勇者殿――いや、あの野蛮人どもは、万魔城パンデモニウムに保管してあった国宝なども略奪していきよったのです。それを回収、及び制裁を加えてやらずして、なにが魔界復興でしょうか」


「はあ」


「そうなのです! 魔界復興、それが悲願なのです」


「そうか」


「はい。魔王さま、わたくしはすでに法律をひとつ新たに作り、議会で可決させました。これにより、魔王さまは万魔城パンデモニウムにのみに縛り付けられた生活をする必要はなくなったのです」


「えっ。今なんと言った」


 うるさいなと話半分で聞いていた魔王だったが、やっと真面目に耳を傾ける。


「はい、魔王さまには地上世界に赴いて頂き、大勇者だとほざく馬鹿どもが築いた国々を即座にぶっ潰して、財宝を奪う、いや、取り戻してきてほしいのです」


 こぶしを振りあげ演説調の熱が帯びてくる宰相。いつも冷静沈着なだけに、ずいぶんと鬱憤が溜まっていたとみえる。


「もうすぐにでも出発して頂きたい。この万魔城パンデモニウムの留守は、この宰相ルキフゲ・ロフォカレが責任もって守る所存です。大いに力を振るって頂きたい」


「つまり、ここから自由に出て行けるということか。地上世界を見に行けると」

「見に行くだけではありません。人間どもに、廃墟と化した町で魔界を侮辱した罪をその身をもって、これでもかと味い償ってもらうのです」


 はっはっはっ。狂気じみた笑いをする宰相。

 魔王はそんな彼を気にすることもなく、清々しい晴れやかな喜びで顔を輝かせていた。


「そうか。では、早急に準備いたそう。どこから行こうか」

「デス湖近くにある、ソドムという国はどうです」

「ソドムか。はじめて聞く国の名だが、一体どういう……って!」

 

 魔王は安楽椅子から転げ落ちそうになった。


「おい、いきなり現れるんじゃない。不法侵入だぞ」

「そうですか。それはすみません。でも」


 ミカエルだ。彼は当然のようにそこにいて、当然のように微笑む。


「低級魔族ですと、わたしの姿を見ただけで目が潰れてしまう者や吐き気を催すものがいるでしょう。ですから、こうして直接魔王さんに会いに来たほうがいいかと思いまして」


「吐き気なら、わたしもするぞ」

「はははっ。御冗談を」


 冗談なもんかっ。魔王はぞわっと全身に寒気が走った。


「これはこれは、大天使殿」

「おや、ルキフゲ・ロフォカレではないか。まだ宰相だったのだな」

「はい、ご存じなかったとは思いませんでした」


「はははっ。あまり魔界に関心がないのでね」

「じゃあ帰れよ。しっしっ」


 顔を背けて手を振る魔王に、ミカエルは微笑を崩さずにいる。


「神はご興味がおありなのですよ、魔王さん」


 そう言うと、ギクリとしている魔王にさらにミカエルは笑いかけるのだった。

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