(2)お金がありません、魔王さま

「ゼブブはどうしてるんだ」

 魔王が訊くと、宰相は苦笑交じりに答えた。

「はい、魔王さまの再任が決まると、すぐにここを出ていかれました。脱兎のごとくというのは、まさにあのような姿をいうのでしょうな」


 ははっと短く笑う宰相だったが目の奥は暗い。


「慰労金は支払ったのか。なるべく多く渡してやりたい」

「それなのですが」


 宰相は言いにくそうに顔をわずかにふせる。どうしたのか、と魔王が安楽椅子から身を乗りだすと、彼はちらりと気にするように勇者に視線をやった。それを見た魔王は、背を戻すとデビーに声をかける。


「デビー、勇者殿を部屋に案内するように。三階の角部屋がいいと思ってるんだ。見晴らしもいいし、外廊下をいけば他の悪魔と顔を合わせることも少ないだろう。まだ、準備が整っていないかもしれないが、それも合わせてお前たちふたりで好きなようにしなさい」


「はいです、魔王さま。三階の角部屋というと、エノクの間でいいでしょうか」

「ああ、そこでいいだろう」

「はいです、魔王さま。ほら、行くよロンリー」


 召喚勇者の腕を掴むと、デビーは飛ぶようにして部屋を出て行った。勇者のほうでは顔を真っ赤にしていたが、デビーはそんなことにはまったく気づいていないようで、うきうきと楽しそうだ。


「それで、宰相。慰労金になにか問題でもあるのか」


 二人の背が見えなくなると、魔王は再び、身を乗り出して訊ねる。


「はい、それがですね。実は国庫が底をつきそうなのです。それもこれも、勇者殿による飲み食いなどの娯楽費がかさんだ結果でして」


 魔王を倒せば大勇者になれる。大勇者になれば、地上世界では王になれる。

 しかも、現在の魔王は最弱で、容易に退治できる。

 そう、勇者の間だけでなく、あちこちで話は広まっていた。


「次々と押し寄せる勇者や仲間たちが、それはもう多くいたのです。さらに、勇者ではない人間も、勇者さまご一行に混ざってやってくる始末。いつの間にやら魔界、特に万魔城パンデモニウムは、人間たちのいい観光地となってしまっていたのです」


 さすがに魔界ではあるので、観光とはいえ緊張感はある。しかし、それがいい刺激となって面白い。勇者といれば安全だと、観光ツアーまで始まる。観光といっても、人間たちが金を落としていくわけではないので魔界は潤わない。


「ゼブブさまはお気の毒でした。朝から晩まで、時には寝静まった深夜にまで勇者とその一行が訪ねてくる。そのたびに相手をしてやらなければいけない」


 斬られ、打たれ、魔術をかけられる。毒や火を使用する者もいる。

 どのようにされようとも死ぬわけではないが、それでも痛みはある。

 次第に復活までには、時間がかかるようになった。


「復活待ちや順番待ちをしている間、勇者やその一行はこの万魔城パンデモニウムで宴会騒ぎ。もちろん費用はこちらが負担するのです」


 そして、国庫はからっぽに。

 宰相はそう説明したのだった。


「そんなに困窮していたのか」

 魔王の驚きの声に、宰相はうなずく。

「はい、それはもう悲惨なあり様。しかし」とここで力を込めた。

「伝説の魔王さまが復帰なさったとの報により、ぴたりと客人の姿は見えなくなりました。勇者すら来ない」


「たしかに、人間を見かけないな。がらんとしている」


 魔王はぽつりと言うと、高い天井を見上げた。

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