第二幕

Episode 2 小悪魔デビーのヒミツ

(1)万魔城にお帰りなさい

「――それで、大勇者殿はこちらの万魔殿パンデモニウムにお住まいになるということなのですか」


 万魔城パンデモニウム内にあるホノリウスの間。ここは魔王が勇者たちを迎え撃つメインの大広間、魔王の間にほど近い場所にある。比較的狭めの部屋で、歴代魔王たちが好んで普段使用していた部屋であり、前王改め魔王にとっても数少ないお気に入りの部屋の一つだった。


 いま、そこで魔王は宰相であるルキフゲ・ロフォカレの冷たい視線をばんばんに浴びていた。魔王はゆったりとした大きな安楽椅子に深く腰掛け、片ひじをついて彼を見やっていたのだが、その顔には気まずそうな微笑が浮かんでいる。


「わたくしの記憶が正しければ、そう遠くない日にこの名城名高い万魔城パンデモニウムに火をつけると脅し騒いだ勇者殿が、そちらにいらっしゃる召喚勇者殿その人だったと思うのですが」


 視線を投げられた勇者はじりじりと後退し、まるで壁と同化しようとするかのように、そこにぺたりと張りつく。魔王はそれに目をやると、再び宰相に視線を戻した。


「彼も反省している。故郷へ帰りたい一心での愚行であったのだ。それにだな、万魔城パンデモニウムもこうして無事に立派な姿を見せているのだし、そう根に持つでない」


「根には持っておりませんよ。ただ、わたくしの執務室に侵入し、大切にコレクションしていた魔界特産冥府焼きの壺を粉々にした犯人が誰であったかと考えているだけです」


 じろりと壁際をにらむ宰相。彼は約千年に渡って、冥府焼きの熱心なファンだったのだ。あの日のことは忘れられない。そう、宰相は苦々しく思う。


 まさに大事件。魔界史に残る騒動であった。


 それが、騒動を引き起こした張本人が、のこのこと舞い戻って来ただけでなく、この万魔城パンデモニウムに住むと言いだしている。あってはならないことだろう。


 しかし。


 あの伝説の魔王が復帰したとのニュースは、そんな万魔城パンデモニウム放火未遂事件を一蹴すると、嵐のような歓喜と共に迎えられた。臨時国会を緊急に開くと、すぐに満場一致で前王の魔王再任が決まる。涙して喜ぶ悪魔までいたのだ。


 その魔王さまがおっしゃること。まだ言ってやりたいことは山のようにあったが、ここはぐっと飲み込むことが得策と、聡明な宰相は判断する。彼は大きく肩を上下させてため息をつくと、首を二度振るだけにした。


「魔王さまがお決めになったこと。お住まいになるというのなら、仕方ありますまい。ただし、きっちりと魔王さまの管理下においてくださるように。ここや近隣在住の悪魔たちの中にはあの事件にトラウマを抱いているものが、少なからずおりますので」


「うむ。そのことは忘れないよう、しかと配慮に勤めよう」


 魔王が微笑むと、厳しい顔をしていた宰相の顔を少しだけゆるんだ。


「魔王さまとまたこうしてお会いできること。まことに喜ばしく思っています」

「そうか。頼りにしているぞ、宰相」

「はっ」


 頭を下げる宰相。魔王はそれにうなずきかけながら、勇者が大きくホッと息を吐き出すのを目の端でしっかりと捉えていた。

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