(16)こうして勇者は魔王さまの仲間になりました
「ロンリーっ」
床にぶっ倒れた召喚勇者に、デビーが駆け寄る。肩を揺すり、頬をパチパチと叩くが反応がない。
「おい」様子に目をやっていた前王は、ミカエルに渋い顔を向けた。
「お前、情ってもんがないのか。ショック死したぞ」
「生きてますよ。はははっ」
「はははっじゃねーだろ。どうすんだよ、こいつ。うちに帰れないのか」
ミカエルは首を傾げると、肩をすくめた。それから、前王から視線を外す。
「おやっ、もう意識が戻ったようですね」
言葉に前王が振り返れば、召喚勇者がむくりと上半身を起こしていた。
「ロンリー、大丈夫?」
デビーが心配げに勇者の顔を覗き込む。
すると照れたのか、彼は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「さて」とミカエル。
「要件も済んだことですし、わたしはお暇しますか」
「おい、逃げる気かっ」
前王はミカエルを掴もうとした手を伸ばした。しかし、虚しくもその手は空を切る。大天使はさっさと姿を消してしまっていたのだ。
「あいつ。最低だな」
吐き捨てると、前王はデビーから顔を背けたまま肩を落としている勇者の側に行き、その肩に手を置いた。
「すまんな。下手に期待させてしまったようだ」
「……いや、魔王のあんたには感謝してるよ。斬られてもくれたしな」
「そうか」
召喚勇者はごしごしと目元を拭った。デビーがそわそわと落ち着かなげに、勇者と前王を交互に見やる。
「あの、魔王さま」
「なんだ」
デビーは寸の間、口をすぼめると勇者に視線をやり、それから前王を見上げた。
「何かしてあげられないのでしょうか。ロンリー、かわいそうです」
「そうだなぁ」
前王は膝を抱えてうずくまる勇者を見下ろした。よくよく見れば、形式通りの勇者服には汚れが目立つ。自分で繕ったのだろうか、破れた箇所をメチャクチャに縫い合わせている跡まである。
前王は召喚勇者の頭にそっと手を触れさせた。まだ少年だ。知らない世界で必死になって頑張ってきたのだろう。前王はデビーに微笑みかけた。
「なんとか元の世界に帰れるように、わたしも力を尽くそうじゃないか」
「魔王さま!」
笑顔を見せるデビー。嬉しそうに勇者の肩を揺する。
「よかったね、ロンリー。魔王さまが助けてくれるよ」
「本当に?」警戒するように上目遣いで前王を見る勇者。
「本当に帰る方法があるんだろうか」
「あるさ」
前王は断言した。特に解決策が浮かんでいたわけではないのだが、それでも、そうはっきり口にした。すると消え失せていた希望の火が再び燃え始めたのか、勇者は何度か瞬きしたあと、ぽつりとつぶやいた。
「俺……、俺、なんでもするよ」
力なく沈んでいた目に、次第に強い決意の光が戻ってくる。
「魔王、さ、ま」
そう戸惑いを見せながら言うと、ごくりと息を呑む。決然とした表情で顔をあげると、召喚勇者は素早く立ち上がった。
「魔王さま」まっすぐな目を前王に向ける。
「俺、あなたに人生託します。雑用でもなんでも言って下さい」
「そうか。うむ、わたしが必ずお前を故郷に帰してやるぞ」
「はいっ!」
こうして大勇者である召喚勇者殿は、隠居魔王さまの仲間に加わったのだった。
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