(15)最後の望みが消え失せました

「ふんっ、そんなもん知るか」


 あまりにばさりと切り捨てたものだから、ミカエルが首を振っただけでなく、デビーまで、「ひやっ。魔王さま……」と小さく声を上げる。それから、おどおどと周囲に目をやる。まるで神がそばで見ているのではと心配するように。


 それでも、前王は気にしない。

「いいか」と言って、ぐいとさらに身を乗り出すとミカエルをにらむ。


「魔界の裁量権は魔王にある。それは神だってお認めになったはずだ。だから、魔界運営に対して、いくら神だろうと口出し無用だ」


「ははっ、またまた御冗談を」

「なにっ」


「いいですか。魔界のみが独立しているのではありませんよ。先ほども言いましたが、肝心なのは世界の均衡。それを保てないというのなら、そもそも魔界の存在自体が無意味ということです」


 にこっと笑顔で見下ろされた前王は、がばっと身を離してのけぞった。


「脅しかっ。魔界を滅ぼすと言いたいのか」

「はははっ。御冗談がお好きですねぇ、魔王さんは。神が脅しなどするわけないでしょう。ただ、罰をお与えになるだけですよ」


「罰っ!」


 前王は頭を抱えた。罰と聞いてすぐに思い浮かんだのは、かつて地上世界で引き起こされた大洪水だった。


「おい、冗談でも言っていいことと悪いことが――」

「はははっ。冗談なんて言いませんよ、魔王さん」


 悔しいが怯えてしまう前王に、ミカエルは笑顔を振りまく。

 ぎゃーっ、マジだ。本気で言ってやがる。

 前王は慌ててミカエルにしがみついた。


「わ、わかったから。どうせ後任が見つけられなかったんだ。わたしが復帰すればいいんだろっ。これで文句ないな」


「それでは復帰なさるということですね」

「う、そうだよ。そうだって言ってんだろ」


 涙目になる前王。ミカエルは笑いをこらえているのか唇を固く閉じてはいたが、下あごを中心に小刻みにぷるぷるしている。すいっと目をそらすが、にやけが止まらないようだ。そんな中、前王の背後で明るい声が弾ける。


「わーっ、やったです。魔王さま、ばんざーい」


 かねてより伝説の魔王復帰を熱望していたデビーが、飛び跳ねていた。その様子にミカエルが、「良かったですねぇ」などと言って朗らかに笑う。


 前王は目の前が真っ暗になっていたが、それでも召喚勇者のことを思い出し、丸まり始めていた背筋をピシッと伸ばした。


「おい、ミカエル。わたしはお前に言いたいことがあったんだ。お前らの要求通り魔王に復帰してやるんだから、こいつを――」と、勇者を指さす。


「うちに帰してやれよ。お前が第三世界から、こっちの第六世界まで連れてきたんだろ。魔王を倒せば帰れるって信じて、今まで頑張ってきたらしいぞ。もう、十分こっちで活躍したようだから、いいかげん解放してやれよ」


 前王の言葉に、大人しく事の成り行きを見ていた召喚勇者の顔がパッと華やぐ。しかし、次のミカエルの一言に、その輝きは瞬時に消え失せてしまった。


「申し訳ありませんが、魔王さん。それはわたしの担当外ですね」

「は、担当外?」

「はい。任命権は持っていますが、故郷の帰還となると――」

「無理だと」

「はい」


 バタン。

 音にふり返れば、召喚勇者が気絶していた。

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