(7)現王は過労死寸前です

「ゼブブよ。お前はどうしてこんな奴に負けたのだ。剣もまともに抜けんような少年だぞ。腹の調子でも悪かったのか」


 羊皮紙の上に顔だけ浮かぶ相手に声をかけると、向こうではこちらの様子が詳しくは見えていなかったらしく、きょとんとする。


「もしや、まだ大勇者殿がご在宅なので? 大丈夫なのですか」


 気づかわしげに身を乗り出すゼブブだが、アップはきついので前王は慌てて手で制した。


「ああ、こちらは問題ない。それより、なぜ倒された」

「それがですね」


 ゼブブは言いにくそうに口をすぼめると、ぼそぼそと、

「聖剣だったのです。真っ二つにやられてしまいました。回復までに半日かかったんですよ」

 と打ち明けた。


 聖剣か。前王はちらりと召喚勇者が腰に下げている剣に目をやった。

 聖剣は、数こそ多くないのだが、確かに存在する。

 聖剣を使えば腕力がなくとも悪魔を斬ることは容易い。


 それでも、だ。

 前王は身を乗り出すと、ゼブブをにらみつけた。


「反撃しなかったのか。斬られないように気を付ければいいだけだろう。魔術師が同行していたわけじゃなし、こいつ一人なら、どうとでも出来たはずだ」


「ですから……、もう、限界なのです」


 弱々しい声でゼブブは言った。

 落ちくぼんだ目は、あっという間に涙でいっぱいになる。


「積み重ねた疲労が抜けないばかりか、回復までに時間がかかるというのに、日に三人も四人も勇者が乗り込んでくるんですよ。しかも、時には大所帯で」


 げっそりする。考えただけでも溶けてしまいそうだという。


「今はどうしてるんだ」


 前王が訊ねると、ゼブブの返事はこれまた情けないものだった。


「勇者殿には娯楽を与えて待機してもらってますよ。飲んで食っての大騒ぎ。財政が圧迫されてます。あやつらこそ、悪魔ですよ」


「泣くなよ、ゼブブ……」


 おいおい泣いてハンカチで涙を拭き出す魔王。

 情緒も不安定になってきているようだ。

 涙を拭う手まで、棒きれのようにやせ細っている。


「もう、お前は休め」

 前王は精一杯の優しい声音を出した。

「寝ろ、とにかく寝るんだ。かわりに宰相と話すから」


「はい……、お言葉に甘えます。どうせ、午後からは勇者殿にめった刺しにされるんですから」


 ずずっと鼻をすする現王ゼブブ。斬られるなよと、前王は突っ込みたくなるが、これ以上彼を追い詰めてはいけない。「ああ、そうしなさい」と言葉をかけてやる。と、宰相は近くにいたようで、すぐに虚像が羊皮紙の上に現れた。


「お久しゅうございます、前王さま」


 頭を深々と下げたのは、白髪で細身の老獪という言葉が似合う男。

 ルキフゲ・ロフォカレだ。

 彼は前王の時代だけでなく、それ以前からも長く宰相を勤めている。

 彼は有能だが魔王になろうとはせず、また、人間たちには宰相として有名だという理由で、いまの地位にこだわっている。


「久しぶりだな。それで、お前の考えはどうだ。やはり現王は辞任が妥当か」


 前王の問いに、宰相はわずかに肩をすくめる。

「わたくしの立場ですと、言いにくいことではありますが」

 と彼は前置きしたうえで、

「まあ、それが妥当な判断かと思います。魔族年金は本人もいらないと申しておりますし、慰労金を払って解任してあげたほうがいいでしょう」


 そうスラスラと意見を述べた。

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