(6)勇者は孤独な生き物です
誰もいないのか。王に相応しい奴を探せ。
苛立ちを覚えながらも、前王は気持ちを落ち着かせようと、デビーの入れた魔コーヒーを口に含んだ。苦味がきついが、今はこれくらいがちょうどいい。
「文句ばかり言って、お前は誰を推したいんだ」
前王が怒りを抑えながら言い放つと、ゼブブは眉を寄せ、言いにくそうに言葉を絞り出した。
「それは、もちろん、あなた様の復帰を願っております。それなら、全会一致で賛同を得られましょう」
「ならんといったら、ならん」
どんっとテーブルをこぶしで叩く。
「魔王経験者の再任なんて、聞いたことがない。わたしは十分、魔界に尽くしただろう。ただの隠居者を表に引っ張り出すな」
「しかしですね、他に誰の名を上げても却下されるだけですよ。魔王が空席なんて事態は避けないと」
「なら、お前がもっとしっかりするんだ。気合いだ、気合。七つの大罪の象徴〈暴食〉を司っているのは、バアル・ゼブブ、お前のことだろう」
「そうは言われましてもねぇ。見て下さいよ、このやつれよう。本当に溶けそうなんです」
涙目で訴える現王ゼブブ。
情けないったらない。前王は両手で顔を覆った。
「お前な、同族ならまだしも、たとえ勇者であろうと人間の攻撃で死ぬことはないんだ。それが魔族というものだ。ましてや魔王だぞ。なのに、体が溶けるだと。溶けるわけないだろっ。小僧のような勇者を大勇者なんかにすんなよ」
「おい、小僧とは俺のことか」
声に振り向けば、まだ、あの召喚勇者がいた。ビクビクついているが、手は腰にある馬鹿でかい剣に触っている。前王は本日何十回目のため息を吐きだした。
「なんだ、帰り道が分からんのか。デビー、地図を見せてやれ」
「はいです、魔王さま」
いそいそと地図を探しに行こうとするデビー。
その前に召喚勇者が立ちはだかる。
「地図はいらん。それより、俺は魔王を倒して元いた世界に戻りたいんだ!」
「もうっ、ジャマするなら、デビーだって怒りますよ。ボッて火をつけてやる」
「や、やれるもんならやってみな。叩き斬ってやる」
剣に手をやる勇者。さっと身構えるデビーだったが……、
おい、剣を抜けったら。なんで、手をやるだけなんだよ。
大勇者のヘタレぶりに、前王は呆れて顔がゆがんでしまった。
「お前、本当に魔王を倒したのか」
「倒したって言ってるだろっ」
嘘だろう。前王は素直に信じる気持ちにはなれなかった。
「デビー」と声をかける。
「もう一度、こいつの詳しい情報を教えてくれ」
「はいです、魔王さま」
ビシッと態勢を整える小悪魔デビー。すぐに巻物を広げて確かめる。
「ふむふむ。分かりましたよ。この人、出発時には仲間が五人いたんですよ。でも、ケンカ別れして
「な、なに笑ってやがる」
ロンリー勇者と言われた少年の顔が真っ赤に染まる。どうやら仲間割れしたことを気にしていたようだ。それでも
なんてこった。
前王は、真っ赤な顔の少年を上から下まで、視線を動かして確認した。
そして、またまた、大きなため息をつく。
どう見ても、彼は棒人間、非力この上ない。
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