(5)魔王の任期は五百年なのです

 早急に次代の魔王を決め、これ以上魔界の評判を下げないようにすること。

 それが自分に出来る唯一のことだと前王は思った。


 出来ればもう二度と、あのただっぴろいだけで不便な万魔城パンデモニウムに足を踏み入れたくはないのだが、魔界会議を開くとなると議場はあそこにしかないので、近いうちに赴かなければならないだろう。


 そう考えると、前王は憂鬱になるのだった。自然、ため息が多くなる。


 魔王の選定には、数ある魔族の代表者と魔界貴族たちで成り立つ魔界議員たちの評決が必要になる。任命権は現王にあるのだが、議会で三分の二以上の賛同が得られないと魔王とは認められない。


 特に任期五百年を満了する前に辞職するとなると、後任選びは難航する。魔王になれば給料は出るし、引退後は議員向けの魔族年金も支給されるのだが、なにしろ魔王職には規制が多く、自由がない。外出一つもいちいち大臣たちの許可がいるほどで、まともな神経の持ち主なら、進んでやりたがったりしないのだ。


 それでも魔王は王の身分であるし、一族から誰か輩出できれば、魔界だけじゃなく人間たちが暮らす地上世界、また、天界である天上の宮での扱いも変わってくるのも事実だ。そうとなれば自分は嫌だが一族の格は上げたいと企む者も出てくるのは自然なことで、互いにけん制し合うようになる。


 議会は難航するぞ。前王はすでに頭痛がしてきていた。

 誰もが納得する魔王となると、一体誰がいるだろうか。


「財務大臣のアマイモンはどうだ。四大悪魔に数えられているし、万魔城パンデモニウム建設の際には、資金集めに尽力してくれた功績は大きいぞ。後任は奴にしたらどうだ」


「そうですね……、わたしもそれがいいと思うのですが、彼は成り上がりだと言って、反対する勢力があるのですよ。元は最下位の天使だったものですから」


 本日二度目の、現王バアル・ゼブブとの手紙電話での会談。デビーの仕事は早く、あっという間に準備は整った。テーブルに広げられた羊皮紙の上には、現王のやつれた顔の虚像が浮かぶ。


「まったく、成り上がりで結構じゃないか。誰が文句を言ってるんだ」

「はぁ、それが……」


 ゼブブが口にしたのは有力貴族たちの名前だった。どれもが歴史のある名家だ。堕天したとはいえ、下級天使を王に据えるのは不服なのだろう。前王は諦めて、他の悪魔の名前を挙げる。


「それなら、ベリアルはどうだ。法務大臣でもあるし、例の裁判では魔族の権利を主張して、見事、魔界での裁量権は魔王にあり、と神に認めさせたではないか」


「でも、ベリアルは小悪党だといって信頼が薄いのですよ。神に対してだって、いざとなると弱腰で、へこへこと頭を下げてばかりじゃないですか。魔王にはふさわしくありませんよ」


 じゃあ、お前はどうなんだよ。

 そう、言葉が口をつきそうになった前王だが、すんでのところで飲み込む。


「それなら、アシュトレトはどうだ。彼女もお前と同じように、元は女神だったろう」


 名案だ。そう思った前王だったが、現王ゼブブはあっさり却下する。


「まぁ、相応しいと思いますが、本人にその気はありませんよ」

「だったらリリスはどうだ。アダムの元妻だが従順を拒んで家出した根性はものすごいぞ。天使にも立てついたんだからな。今や魔界の母といったら彼女だろう」


「彼女は妖艶すぎますよ。それに、夫や愛人たちが多いでしょう。地位を持たせると、そいつらが要らぬ権利を主張して財政を圧迫します」

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