(4)現王は最弱魔王さま

「ああ、やはりそうか」 


 前王は納得して大きくうなずいた。

 異世界召喚型の勇者とは、他世界からやって来て勇者に任命された者のことだ。ここは第六世界だが、最近は第三世界から送り込まれる人間が増えていると、これも魔界新聞で読んだことがある。


 隠居生活でご近所も少ないため、前王の元には詳しい情報は届いていないのだが、召喚勇者は通常の人間と比べて見た目に差はないが、特殊能力を身に付けていたり、魔力とは違うエネルギーで作動する道具を所持している場合が多いらしく、外見で判断してはいけないそうだ。


「それで、彼の能力は?」

 前王が問うとデビーはすぐに答えた。

「いえ、普通ですよ。ただ召喚前の記憶があるというだけのようです」


 つまらん。魔王はまたしても落胆した。実は怪力だとか、予知能力で先を見通せるとか、他にも面白い要素があるのかと期待したじゃないか。


「おい、お前、本当にゼブブを……、魔王を倒したのか」


 前王は嘘であってくれと願った。それが本当なら、いよいよ現王ゼブブは退位させたほうがいい。無能力の勇者に退治されるなど、魔王としての機能が果たせていない。大問題だ。しかし、前王の想い虚しく、召喚勇者の答えは無情だった。


「当り前だろっ。でも、帰れねぇんだよ。魔王を倒したら帰れるはずだろ」

「当たり前ときたか」前王はめまいを覚えた。

「こりゃ、緊急総会を開いて対処すべきだな。魔王が弱すぎる」


「だから、デビーはいつも言ってるじゃありませんか」

 ふんっと鼻息荒くデビーは息巻く。

「魔王はあなたさまをおいて、他にいないんですよぉ」

「わたしは引退したのだっ。ちゃんと任期は満了したぞ」


 前王の声が大きくなる。デビーはむぅと頬を膨らませると、唇と尖らせた。


 魔王任期中は万魔城パンデモニウムに在住することが義務付けられている。長期不在は許されず、もしもの場合は代理を立てることもできるが、その場合、彼に代理が勇者に討伐されたとしても、魔王ではないので勇者は大勇者にはなれず、王が誕生しないことになる。


 よって、魔王は常に万魔城パンデモニウムで、勇者野郎を待ち構えていなくてならない。そうしないと勇者の任命者である天使がうるさく騒ぎだし、魔界バッシングを繰り広げ、あげく神に「魔界が魔界としての役割をはたしていない」とチクるのだ。そうなると神の怒りが魔界に……


「わたしはやっと自由になったのだ。魔界観光の次は地上世界にも行こうと思ってる。忙しいのだ。ああ、忙しい!」


「でもでも、こんな平凡勇者が大勇者になっちゃう世の中ですよ。地上世界は荒廃しているに決まってます。魔界の威厳を取り戻すため、伝説の魔王復帰を望む声は日に日に増していってるんです。デビーだけが言ってるんじゃありません」


「いやだ。魔王にはならん。ゼブブの後任を早急に決める。そいつが魔界復興に尽力すればよい」

「でもでも」

「でもじゃないっ」

「お、おいっ、俺を無視すんな」


 ちっ、まだいたのか。

 前王がにらみつけると、「ひっ」と召喚勇者は身をすくめた。

 その姿にデビーが我がことのように得意げに笑う。


「おい、小僧。悪いが貴様と遊んでいる時間はない。魔界の存亡がかかっているのだ。お帰り願おう」


 しっしっ。前王はぞんざいに手を振ると、自分の考えに集中した。


 あの蠅王はえおうめ。後任に選んだのは間違いだったようだ。

 して、次は誰を推薦したらよいだろうか。魔族たちは意外と血筋にこだわるんだ。


 前王は唸り声をあげると、まだ部屋でうろうろしている召喚勇者を無視して、デビーに命じる。


「デビー、すぐにまたバアル・ゼブブと話したい。手紙電話の準備だ」

「はいです、魔王さま」


 ビシッと敬礼姿勢。デビーは優秀な悪魔なのだ。

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