(3)ようこそ、勇者殿

「たのもー。俺は大勇者だ。お前をぶっ倒してやる。覚悟しろぉ」


 どんどんガンガンとドアを壊す勢いで音が鳴る。

 まったく、けしからん。こいつ、瞬殺してやろうか。

 前王はパジャマの上にゆったりとした黒のガウンを羽織った。

 目覚めてしまうと空腹を感じたが、客人は大勇者殿、待たすのは忍びない。


 前王はこれまでに大勇者をその目で見たことがなかった。大勇者とは魔王を倒した勇者に与えられる称号故に、地上世界では自分の国を持つことが出来る。つまり王になれるわけで、前王とてやはり多少の敬意は抱いている。


「おい、迷惑だぞ。ご近所さんはないが、だからって、うるさすぎるぞ」


 ドア越しに前王は声をかけた。すると、さっきまでうるさく鳴り響いていた音が、ぴたりとやむ。

 デビーに下がっていろと命じてから、前王は念のために日頃からかけているドアの封鎖魔法を解いた。


「いま、開ける。いきなり飛び掛かって来るなよ。火だるまにするぞ」


 ガチャリとドアを開ける。前王は大勇者という存在にわずかに胸を高鳴らせていた。さて、どれほどの猛者だろう。が、目の前に立つ姿を見て、いっきに興奮が冷めた。


 いたのは、勇者服の特徴である背に広がる赤いマントと青いチュニック、腰にごつい革ベルトを巻いた、いかにも勇者然とした姿の男ではある。


 しかし、その形式通りの格好だけが目立つ、がっかりするほど細くて棒人形のような人間が、そこに立っていたのだ。まだ、少年だろう。日に焼けた顔をしているが、髭はうっすらあるかどうかといった具合。産毛の範ちゅうだ。


「まさか、お前が大勇者だとは言わんだろうな。奴隷か?」


 前王の声には落胆がにじみ出ていた。すると威勢だけはいいようで、相手は、「なんだと! 貴様、斬られたいようだな」とすぐに反応を返す。が、残念なことに声が見事に裏返り、まるで変声期の真っただ中のようだった。


 ふん、ザコだな。前王の口元が皮肉気に歪む。


「ああ、すまない。寝起きなんでね、まだ頭がさえないんだ」


 前王は、「どうぞ、中へ」とドアを大きく開けた。大勇者だと名乗った少年は警戒心の強い野良猫のように体を丸め、周囲にきょろきょろと見てばかりいる。あまりに慎重な足取りに、前王は尻を蹴っ飛ばしてやろうかと足がうずうずした。


「おい、早くしてくれんか。大勇者殿であられるのに、とんだビビリなのだな」

「う、うるさい。ビビってるんじゃねぇやい」


 また声が裏返っている。少年は、一丁前にも腰に下げている重そうな剣に手をやるが、それだけで抜く気はないらしい。前王を見上げる形でにらむので精一杯のようだ。こんな弱腰の子供に現王バアル・ゼブブは倒されたのか思うと、前王はうっかり涙ぐみそうになった。


「それで、わたしを退治したいと、そういうことか」

「ま、魔王を倒して、俺は元いた世界に帰るんだ」


 はて、元いた世界とな。前王は首をひねった。そういえば、最近は新手の勇者が出没していると魔界新聞で読んだことがある。前王は部屋の隅で大人しくしていたデビーに声をかけた。


「こいつのデータがわかるか」

「はい、もちろんです」


 ビシッと姿勢を正すデビー。ふわっと手を振ると、次の瞬間には彼女の手元に巻き物が現れた。この巻物には魔力が備わっていて、勇者名鑑を閲覧することが可能だった。随時最新情報が更新されているはずで、本当に大勇者ならすぐにでも経歴を見つけられる。


「ありましたよ。ふむふむ。あ、こいつは異世界召喚型の勇者ですよ」

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