(2)重大なお知らせです

「重大な知らせ?」


 前王が首を傾げる。と、これまで横で大人しく話を聞いていたデビーが「きゃっ」と小さく声を上げた。

「なにごとでしょう、魔王さま。デビー、心配で胸がドキドキします」


 両手で胸を押さえる。

 心配げな口調のわりに、目はきらきらと好奇心に満ちている。


「はぁ、一体なんなのだ。神でも攻めてきたのか」

「い、いえ。そうではないのですが……」


 前王の言葉にゼブブはやや言いよどむと、ずいっと身を乗り出した。

 手紙の上では彼の死神顔がドアップになるものだから、まだ寝起きだった前王は、思わず身を引いて距離を取った。


「大変なのです」とゼブブ。

「あなたさまの居住場所が、大勇者殿に知られてしまったのです!」


 大勇者とは魔王を倒した勇者に送られる称号だ。

 つまり、現魔王ゼブブを倒したわけで。

 その者が、前王さまの元へ向かうかもしれない。

 ああ、大変だ。ゼブブは身をよじらんばかりに心配する……のだが。

 前王はあっさり、「べつに、かまわんがな」と言ってのけた。


「か、かまわないのですかっ」


 目を見開く現魔王。その驚きように、前王は大きなあくびで答える。

 その堂々とした様子に、デビーがはしゃぎ声を出した。


「ひゅう、さすが我があるじ。誰だってドンと来いです」


 きゃっきゃする小悪魔を眠たげに見やりながら、前王は辛らつな台詞をゼブブにぶつけた。


「しかし、また大勇者が誕生したのか。お前、討伐されすぎだろう。踏ん張れよ」

「そうは言ってもですね……」とたんに委縮する現魔王。

 めそめそと、「あなたさまのようには強くなれないのです」と泣き言をグダグダシクシク……


「ああ、ああ、すまない。言葉が過ぎたようだ。許せ」


 前王は鷹揚に手を振ると、またひとつため息をついた。

 蠅王はえおうなどと揶揄やゆされることの多いバアル・ゼブブだが、かつては地方神の一柱だった。それがなんだ。威厳・覇気・根性・自信が彼には足りない。


「それで、その大勇者殿はどんな奴だ。なぜ、わたしの隠居生活の邪魔をする」

「それが、どうやら――」


 と、そこへ。ゼブブの言葉を遮って、大きな声が突然響き渡る。


「たのもー。俺は大勇者だ、お前を倒してやる!」

「きゃっ、来ちゃった」

「うむ、来たな」

「えっえっ、もう来たんですか。大丈夫ですか。援護隊を送りましょうか」


 ぴょんぴょん跳びあがるデビーに、ハラハラと落ち着かないゼブブ。

 ガンガンとドアを叩きまくる音が続く。


「援護は不要だ。切るぞ」

「は、はいっ」


 ベッドから腰を上げる前王。

 ほいっと手紙を振り上げると宙で火が付き、あっという間に燃え尽きた。


「さて、大勇者殿とやらの顔を見てやるか」

 不敵な笑みを浮かべる前王の腕に、小悪魔デビーがしがみつく。

「はいです、魔王さま」

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