隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!

竹神チエ

第一幕

Episode 1 伝説の最強魔王

(1)おはよう、魔王さま

「魔王さま、魔王さま」


 朝日が昇ったばかりの早朝。小鳥たちがちゅんちゅんとさえずる魔界の片隅。

 空は青く、山々は緑潤い、草花が生い茂る。

 そんな自然あふれるのどかな場所に、とある一軒のお家がある。


 こぢんまりとしたこの家はコテージ風の平屋で、さっぱりとした色合いの白壁が朝日を反射し、両開きの窓には赤い花が飾られている。周りにはご近所もなく、魔界とは思えないほどの牧歌的な風景だ。


 かつて、史上最強と恐れられた伝説魔王。

 任期を満了し、いまはスローライフな隠居生活楽しんでいた。

 ……の、だが……


「魔王さま、魔王さまったら」


 朝っぱらから寝室のドアがバーンと開く。飛び込んできたのは、まだ幼さが残る小娘だ。顔立ちは人間とかわらず、白い肌の丸顔に大きな目が愛らしいのだが、彼女の髪は燃えるような深紅のボブカットで、瞳は黄金色に輝いていた。


「ねぇ、起きて下さいよ。魔王さまぁ」


 ベッドに丸まっているあるじを揺する。彼女の手の爪は小さいが先は尖り、背にはコウモリのような黒い小さな羽根。黒いミニスカートからは、黒い尻尾まで生えている。そう、彼女は悪魔なのだ。


「ね、ねっ。魔王さま、デビーが呼んでいるのが聞こえないのですかぁ」

「ううん……」


 ベッドの中でデビーのあるじは、ごろんと寝返りを打った。

 昨晩は遅くまで読書にふけっていたのだ。まだ夜が明けたばかり。

 予定もないはずなのに、なぜこんなにもうるさいのだろう。


 必死になって起こそうとするデビーをよそに、こちらは全く起きる気配がない。

 しびれを切らしたデビーはその場でジタバタと足踏みをする。


「魔王さま、電話、電話。手紙電話が届いたんですよぉ。早く封を開けて下さい」

「……手紙だと」


 この言葉に、寝ぼけまなこだったデビーの主もむくりと体を起こす。

 手紙電話とは郵便コウモリや飼いフクロウが届けてくる手紙で、通常の手紙とは違って、封を開けると送り主と直接会話をすることが出来る優れモノだ。


「誰からなんだ」と、ここであくびをひとつして、

「それと、デビー。わたしは魔王ではない。現王はバアル・ゼブブだと何度言ったらわかるんだ」

 そう説明するのだけれど。

「デビーにとっては、魔王さまといえば、あなたさまのことなんです!」

 ふんっとデビーは踏ん反り返っている。

「あ、手紙はそのゼブブさまからですよ」

「また、あいつか」


 バアル・ゼブブと代替わりして、五十年。魔王の任期が五百年と定められていることを思えば、五十年などあっという間である。その間、のんびりと隠居生活を楽しんでいた前魔王なのだが、最近はひっきりなしに万魔城パンデモニウムから手紙が届く。


「今度は何の要件だ」


 デビーのあるじ、前魔王は気だるげに手紙の封を開けた。

 すると、バイーンという音と共に、紙の上に虚像が現れる。

 現在の魔王、ゼブブの姿だ。


「あっ、おはようございます」


 ぺこりと頭を下げるゼブブ。待ちくたびれていたのだろうか。ぽげっとした顔をしていたのだが、前王の視線に気づき、一瞬にしてきゅっと引き締まる。

 とはいえ、ずいぶんお疲れのようだ。

 すっかり骸骨のようなあり様で、落ちくぼんだ目はどろんと濁り、頬は削ぎ落したようにこけ、魔王というより死神に見える。


「ああ、おはよう。お前、また痩せたな。そんなに仕事が大変か」

「は、はい。それはもう……限界です。わたしに魔王は荷が重かったのです」


 しょぼくれる魔王。

 風が吹けば消し飛びそうなほどオーラがない。


「おいおい、まだ五十年じゃないか。そろそろ仕事にも慣れてくる頃さ」

 前王が軽く声をかけるが、

「もう限界です。体が溶けてしまいそうです」

 と、さらに肩を落とす始末。


 やれやれ。前王はため息をついた。

 魔族は基本、不死身である。過労で体が溶けることはない。


「そんな愚痴を言うために、わざわざ朝っぱらから、わたしを叩き起こしたのか、ゼブブよ」


「めっそうもございませんっ」


 前王の冷めた眼差しに、現魔王は大慌てで両手と首をぶんぶん振る。

 そして、わずかに声を低めると、

「実は、ある情報を入手しまして」と話を切り出した。


「魔界警備をしている悪魔から、重大な知らせが届いたのです」

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