タキノの家へ転送

 またタキノの夢を見た。タキガミだったかもしれないしタキグチだったかもしれないがそれはもはやどうでもいい。現実の彼は小学校の同級生で、正直私とそこまで仲がよかった記憶はない。外で遊ぶのが好きでキャップを後ろ前に被っていて、それはわんぱくというより快活な印象を人に与えるも、無口であることが災いして「悪い奴じゃないけど友達かと言われると微妙」というラインにおさまっていた。何かのはずみで一度だけ彼の部屋に入れてもらったことがある。乾いた畳敷きに縁台を望む窓。窓のへりには風鈴がぶら下げてある。中央には卓袱台と、いくつかの座布団、本棚からあふれている漫画本が置いてあるだけの生活感が無いというより貧乏をどうにか隠しているといった趣の部屋だった。

 夢の中のタキノはなぜか私に怒っている。彼の部屋で私と二人で向かい合って座り、私が軽い気持ちで言った冗談に対してなぜああいうことを言った、俺を騙していたのかと詰め寄ってくる。私が謝ると目が覚める。というのが夢の定型だ。

 何十回と同じ夢をみるうちに分かってきたことがある。怒っている内容は変われど、タキノの発言はループしていて、終わりまでいくとまた最初に戻る。私が何を言おうとそれに対応せずロボットのようにただ怒りを吐き続ける。私が部屋から出てもおかまいなしで窓越しに上気した顔を向けてくる。タキノは決して立ち上がらないが、私が部屋から離れれば離れただけ大声で、私に聞こえるように怒る。あまり離れすぎると爆音のような怒鳴りに頭を割られそうになるので行動できるのは家の前が精いっぱいだ。

 なんでもそうだが慣れてくると楽しくなってくるので、私はタキノの夢でふざけるようになる。彼を無視して漫画を読んだり家を壊してみたり。何時間遊んでも謝らない限り目が覚めることは無いのだ。そしてそれを邪魔する人間もいない。毎晩ドロドロになるまで遊んでも次の夢では元通りになっている。

 しかし遊べば遊ぶほど不満が募ってくる。タキノの声さえ無ければもっと遠くに行けるのに。きっと一夜で世界を見通せるのに。そう思うと邪魔者のタキノに対する殺意が沸いてきて、突発的に台所にあった包丁でタキノを刺してしまう。「ひゅう」と血を吹いてタキノは簡単に動かなくなる。びぐびぐと震えるタキノに夢の中とはいえなんだか悪いことをしたなと思い、ごめんと言うと目が覚めた。

 それから私は色んな所に旅行した。何千時間もかけて歩いて行って、満足したらタキノに謝り、現実に戻る。タキノは夢の度に補充されるが、死体は夜を越えてそのままだった。私は夢に入る度に怒鳴ってくる新しいタキノを手際よく殺し、毎晩旅に出る。庭には何人ものタキノの死体がうずたかく積まれ、腐らず、半分開いた眼に風鈴が映っている。

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