口を塞ぐ拷問

  昨日どうやって帰ったっけ? 学校終わって駅を出て年確されないコンビニでチューハイ買って飲みながら家の方に向かって歩いてる時に後ろから袋を被せられて車に乗せられて…そこから記憶がない。何か飲まされたような。どうでもいいか。

 部屋の中には私が座っている椅子が一脚と一畳ほどの台があるだけ。部屋の壁は一面だけ鏡張りになっている。とにかく暇だ。結束バンドもきついしおしりも痛いしそろそろ開放してくれないかなと思っていると作業着のおっさんが部屋に入ってくる。

「おはよう」「おはようございます何ですかこれ」「あれ、意外に冷静」「どうせ泣いてもどうなるものでもないんですよね」「まあそのつもりだけどね。じゃあいこうか」

 おっさんは私を担ぎあげ、台に乗せ、鉄の器具で頭と顎を開いて固定する。上から一本ずつ名前と役割を聞かせながら歯を抜いていく。休憩を挟み、適宜止血をしながら淡々と作業していく。涙と鼻水とでグジュグジュになっている私になんてことのない世間話をしてくるがもちろん返答するような余裕はない。下痢気味だったので叫ぶ度に液状の大便がぴゅっと飛び出て、おっさんが汚い歯を剥き出して笑いながらお腹をさすってきやがる。今すぐ歯磨けバカ。きもいんだよ。 

 全部抜き切ると今度は器具を動かして顎を閉め、金具をつかって口を閉じたままくっつける。これで今日は終わり、お疲れ様と言っておっさんは部屋を出ていく。拘束は外されていた。鏡を見るともともと存在しなかったかのように口がくっついている。泣きながら眠る。

 朝、おっさんが戻ってくる。気分はどう、と聞いてくる。良いわけないだろ。でも「いいあえあいあろ」としか喋れない。おっさんはへらへら笑う。むかつく。

「お腹すいてるだろ、はいこれ」

 おっさんはプリンを数個置いて隅にパイプ椅子を広げて座る。一昨日から何も食べていなかった私は飛びつく。持ち上げてから口が塞がれていることに気付いた。おっさんにプリンを投げてぶつける。張り付いたにやにやは剥がれない。私に向かって手を叩く。そういうことか。やってやるよ。私はプリンを両手で潰して鼻から啜る。えずいてしまい飲み込めないが吐き出すこともままならず、咳もまともにできないまま私は完食する。おっさんは満足げな顔をして部屋を出ていく。

 それから毎日私は鼻で啜って食事をこなす。最初がプリンだったのはきっと多少のやさしさで、次の日からはファミレスで食べるような普通のごはんが出てくる。私は台を食卓にすることに決め、毎日決まった時間におっさんが運んでくるごはんを手でできる限り液状に近づけてから啜る。脱出はできそうにない。おっさんはでかくて腕力ではかないそうにないしごはんに箸やスプーンはついていないから武器も作れない。

 わたしはこのままこの部屋で死んでいくんだろうな、と思う。後悔は別にない。やり残したことも特段ない。もともと死んでるような人生だったし。でも月に一度持ってこられる炒飯が夏休みにお姉ちゃんが作ってくれた時の味と似ているような気がして、お米の一粒一粒を潰しながら顔を伏せて泣いてしまう。 


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