ラブホテルの幽霊

 三年前から離れた場所を壁、物を無視して見通せるようになった。いわゆる千里眼というやつだ。だんだんと人間の領分から外れていくが、怖さや不安より安心感が先に来る。やはり人間ではないものは人間のふりをするべきでは無いのだ。

 奴は自室でむっくりと起き上がり、カレンダーの印を確認して憂鬱そうに息を吐く。朝食もほとんど残す。奴の女も仕方がないと放っておく。仕事場でもずっと上の空で、何も手につかない。残業せずに会社を出る。

 ラブホテルに一人で入る。ただの平日なのに半年前から305号室を毎年予約している奴を受付係は覚えていて、奇妙に思うものの直接は聞けず、従業員の中での小さな噂が何年も細々と続いていく。 

 三階にあがり、エレベーターの向かいにある椅子に座って一本だけ煙草を吸う。数年前に禁煙したらしく、平時は一切吸わない。おそらく気付の意味も込めてあるのだろう。吸い終わると余ったタバコとライターを椅子に置いたまま立ち上がる。

 扉の前で呼吸を整え、私に知らせるようにわざと鍵を音を立てて開け、部屋に入ってくる。本当はこの三階全部が私の行動範囲なので、エレベーターに乗った時点で来たことが分かるし驚かせて虐めてやることも可能なのだけれど、私は儀礼を重んじるタイプなのでそうはしない。加えて奴が置いていく煙草を吸うのがほぼ唯一の楽しみだからだ。真っ赤なラーク。昔と変わらない銘柄。

 奴は許してくださいと言って頭を下げ、花束を置く。泣きながら謝罪する。

 背中を蹴って、地面に這わせる。頭を鷲掴みにして顔を上げさせる。眼球同士をぶつけ、触覚のないキスをする。

 こいつは毎年これだけを待っているのだ。いつか私に許されると信じて。期待に応えるように私は間を開けてから答えてやる。

「アハハハハハハ! 虫がよすぎるやろ! アハハハハハ! 絶対許さない! アハハハハハ!」

 私をレイプしたくせに家庭をもちやがって。

 私をレイプしたくせにお姉と結婚しやがって。

 こんな狭いラブホテルで手首を切らせる程追い込みやがって。

 絶対に許さない。  

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