れんごうかいのにじゅうろく
◆
「シドウさん知らない?」
眉間に皺を寄せ、腕を組んだ格好で幼馴染はそう聞いてきた。いや、と首を振ると、片手を顎の下にあて、首を傾げる。アテが外れたらしい。
夏の暑さは収まることは無かった。このまま本当に冬が来るのか怪しいほどの初秋、色づいている葉はわずか。制服姿の幼馴染に出会ったのは、一週間、いや二週間ぶりだろうか。それより授業は、と聞きそうになった口を閉じる。俺はそういうところがダメなんだ、と胸中で自戒する。
公園のベンチを半分譲ると、幼馴染は躊躇うことなく座った。雑に折れたスカートの裾が気になるが、手を伸ばすわけにも行かず、俺は行き場のなくなった両指を膝の上で組む。なんだか、成長するにつれて、幼馴染との距離がわからなくなっていく。それは寂しいような、腹ただしいような、変な気分だ。
「せっかく会いに来てあげたのに」
「年上には遜れ」
「何、バカバカしい」
俺から大きく視線を外した幼馴染は、機嫌を損ねたのが一発でわかる。馬鹿とは何だ、と言おうとして、これも無駄な論争かもしれない、と口を閉じた。実にこれは、俺がここ数ヶ月、向き合わなければならなかった問題だった。余計な一言、融通の効かなさ。
それこそ、俺の兄貴分が最近行方をよく晦ますようになったのは、俺のせいかもしれないのだ。
俺の小さなため息が、幼馴染の大きなため息と重なった。
◆
「大丈夫か、おい、おいってば」
大丈夫か、起きろ、と声が聞こえて、朝だろうかと身を捩る。いや、記憶が正しければ、俺がここで寝たのは昼になってからだ。とすると、次の日の朝だろうか。思ったよりも寝てしまったのだろうか。俺は一体、いつ家に帰っただろうか、記憶が飛んでいる。
いや、とそこで考え直した。この声は、俺の知らない声だ。次いで、背には硬いコンクリートの感触が確かにある。
目を開くと、ガラス玉のような透き通る黒い瞳が俺を見つめていた。
「寝てたところ悪かったな。まあ、好きなだけ食べてくれ」
整った顔立ちで、暗めの茶髪の男だった。幼い顔をしていたが、深い紫色のジャケットに英語の書かれたセンスのあるTシャツ、レンズの茶色いサングラスのせいで俺と同じくらいの歳にも見えなくはない。さあ、と微笑みかけられると、なるほど、こいつはモテるだろうなと思った。俺は頷いて、勧められるがまま、注文した肉を焼き始めた。
俺の寝ていた路地の表側にある、漢字二文字の焼肉屋は、俺があまり行かないような高級店。赤と金でデザインされた看板や店内は、中国みたいな雰囲気だと思ったが、中国みたい、というのも一体何を指すのか、変な感じがする。
そんな店に誘われた俺はまずポケットを裏返してみせたのだけれど、大丈夫だからと親指を立てたのはお相手。俺は言われるがまま、俺よりも目線の低い男についてきた。
そしていま漂うのは、肉の焼ける匂いだ。匂いで肉の善し悪しはわからないが、高い店に来ているというだけで少し緊張した。
と、相手がなんだか俺を見てそわそわしているのに気づいた。首を傾げると、あのさぁ、と相手は切り出す。すこし掠れがかった、透明な声。男はサングラスを取りながら、自分を指さして聞いた。
「お前、俺のこと、知らない?」
「え」
何を言ってるのだろうと思いつつ答えずにいると、もう一度相手は同じ質問をする。俺はすこし躊躇ってから、言う。
「お前とは初対面のはずだけど……」
誰か知り合いと間違えて焼肉屋に連れてこられたのだろうか。なら、払う金もないし、誤解は食う前に解いておきたい。だが、相手は気の抜けた顔で笑った。
「ならよかったぜ」
さあ食べて食べて、と促され、食欲のままに俺は肉を食べ始めた。
「実はさぁ、頼み事があるんだ」
俺は散々肉を食べたあとで、まだ追加の肉を頼んでから、話し始めた男を見た。いまから何を言われるのだろうかと身構える。金じゃないのは確認していたが、他のものだとしても、俺に出来ることだろうか。不安になりながらあれこれ考えていると、「ああ、違う違う」と男は両手を横に振る。アヤシい話じゃねえんだ、と男は少しだけ眉間に皺を寄せながら言う。
「アンタならきっと、”レンゴウカイ”のことを知ってると思ってさ」
その名前を聞いて、俺は飲み込みかけていた肉をなかなか飲み込めなくなった。
◆
「だァから、俺はしらねーんですってば」
なーんにも、しらねーんすよ、と隣の男が陽気な声で言う。出会った時は薄緑色に染まっていた髪は色がおち、肩に近くまで伸び、白に近い金髪がそんな彼の動きに合わせて揺れている。
彼の言葉への返答だろうか、ノイズの激しい音声は、盗聴も何もしていないボクの耳にも楽に届いた。ボクは一瞬だけ本をめくる手を止め、また部屋が静まりかえった頃、次のページをめくった。
彼が誰かと交わす言葉の内容は、最初だけ注意深く聞いていたが、あとはただ耳を通り過ぎていくだけだった。それよりも、手元にある本に集中していた。彼の部屋の本棚に唯一ある、漫画や雑誌の類ではない本。青春の中での葛藤や苦悩を描くその詩集は、何度読んでも軟派で陽気な風を装う彼が持っているには、あまりに不釣り合いだった。けれど他に読むものもなく、ボクはこの家に来てから暗記するほどこの本を読んでいる。
へこへことした声音だけを操りながら電話を切った彼は、不機嫌そうにそのままスマホを投げ出し、ボクと反対の床に寝転がった。ボクはそんな彼の背中を見ながら、「どうしてこの本を持っているの」と言おうか言うまいか悩んで、また何も言わずに終わった。
特段失礼な質問ではないはずなのに、何故か彼に直接聞いてはいけないような気がしてしまうのだ。
そのうち、彼の方から僕に声をかけてきた。先程までの明るく、陽気な、下手にでる青年の溌剌とした声ではない。ぼんやりとした、低い声だ。
「俺、間違ってるかな」
「……なに、自信なくなってんの?」
懸命に虚勢を張って選んだ言葉は、彼以上に自信がなさそうな声色になってしまった。彼を鼓舞しなければ。いや、本当はその前に、彼のその先の、別の彼を。
「湿っぽいのはやめやめ!ほら、テレビでもつけようよ」
ほらほら、と彼を無理やり抱き抱えて起こし、ボク達は並んで座ってテレビに視線を向けた。彼が着いた手が、ボクのゴシックロリータの裾に触れ、ドキリと心臓が音を立てたのを感じるが、落ち着け、と何度も頭の中で繰り返して、息を吐いた。
テレビはチャンネルをいくら変えても、明るい笑えそうなものはやっていなかった。いくらかマシかと思ってつけたバラエティ番組の笑い声が、静かな部屋に木霊している。
「あは、あはは。面白いね」
隣の彼は、頑張ってそう言ったボクには目もくれず、空返事をするばかりだ。どうしたものかと悩んでいると、ふと彼のふわついていた視点がテレビに定まったのを感じた。何の話題に興味を持ったのだろうかと思い、ボクもテレビに目を向けた。
……最悪だ。
「なぁワタリ」
テレビに映し出されたのは、最近巷で話題になっている不良チームの話だ。主に西地区で活動を始めたチームだが、その人数はいまや数え切れないほどになっており、末端はもはやリーダーの顔を知らないという。
噂というのはもちろん、悪い噂だ。テレビに映し出されている防犯カメラの映像は、コンビニ内を金属バットで荒らしたり、人の顔にカラースプレーで落書きしたり、集団で女子高生を襲ったりと、本当にろくでもないものばかりだ。
「俺、シドウになんて言えばいいのかな」
不安そうに頭を抱えている彼にかける言葉の最適解が得られず、ボクはそっと、床についた彼の手に手を重ねた。
◆
「……お前はレンゴウカイに何の用なんだ」
やっと出せた言葉はそれだった。俺がひっくり返さなくなった肉が焦げてこびりつく前に、目の前の男が菜箸で肉を俺の皿にのせたが、すっかり食欲は失せていた。男の真っ黒な瞳に映っている感情が何なのか、俺には全くわからず、ただ目の前の男が不気味だと感じた。
特に最近の……評判の悪いレンゴウカイというものに近づいてくるやつに、ろくなやつはいなかった。ジャーナリスト、編集者、ニュースのリポーター、よくわからないメディアが俺に近づいてきたが、うまく対応はできなかった。結果として……レンゴウカイ、というものは今、俺たちの知らないところでひとりでに動いている。
よくテレビなどで引き合いに出されるのは、俺があの夏の日、自治警察のビル前で暴れていた映像だ。ネットに上がっていたとサクラは言っていたが、その映像に誰かが嘘を混ぜて流したらしい。時折目をギラつかせた奴らが「シドウ」を慕ってくるが、すぐに飽きてどこかへ行ってしまう。きっと、俺をもっと違う人間だと思ってついてくるのだろう。もう「シドウ」をやめてしまいたい、と思っていたところでもあった。
そんな中で、またいま、レンゴウカイなのかと聞かれている。俺は一気に疲れて、なんと答えようかしばらく迷っていたが、嘘をつく人間になるな、という弟の声を思い出し、ため息混じりに頷いた。
「そう、だ」
やっぱりな、そう思ったんだよ、と笑う相手には、へらへらしきれていないようなバランスの悪さを感じたが、それでも俺はまだ、相手が次に何を言うのかと構えていた。ご機嫌な相手が次に口にしたのは、予想していた言葉のひとつだった。
「なあ、弟子にしてくんねえか」
「嫌だ」
断られると思っていなかったのか、え、と目を見開いた相手に、俺はただ首を横に振った。
「俺はテレビでやってるような男じゃない。すぐにみんなガッカリして俺のところからいなくなる」
「へえ……じゃあ、お前ってレンゴウカイの中でも、ちょっと上のポジションなんだ」
「上……というか」
リーダー、という言葉は口にしたくなくて、ただ口を閉じて、俯いた。手を離れたレンゴウカイの名前を自信を持って背負う勇気がなかった。
一方で目の前の男は、両腕を組んで眉間に皺を寄せながら、まだ諦めた様子はない。……心做しかその様子が誰かに似ている気がしたが、誰だったのかすぐに思い出せるわけではなかった。
「じゃあさ、サーティワンおごるよ。まだやってんだろ、トリプル、どれでも好きなの頼んでいいよ」
「いや……いらないし、トリプルはもうキャンペーン終わってる」
「えっマジ?食べ損ねたな……じゃなくて、じゃあ、まだ肉頼んでいいから」
「いや、その……申し訳ないけど、いまはもう、舎弟とか……」
「ええーい!じゃあ出血大サービス、これあげるから」
そう言うと男はカバンの中から一枚のCDを取り出した。歌手には詳しくないから、その表の写真が誰なのかもわからない。男が四人並んで、きらびやかな衣装を着て、笑っている。そこに、よくわからないミミズの這ったような字が、ペンで書いてある。
笑顔で差し出されたCDを受け取りながら首を傾げると、男は「ええ!?」と大袈裟に驚いた。俺がそのまま何も言えずにいると、男は不安そうな顔をしながらCDに描かれた文字を指さした。
「ティーンズの新曲、Arrival!さっさと売り切れた初回限定盤!しかも、これこれ!ボーカルの……キ……いや、まあボーカルのサイン入り!興味なくたって、これそのへんで売りさばいたら……いやほんとは転売禁止なんだけど……金にもなるし、興味ないからって……そ、そんな反応」
「……ご、ごめん」
だんだんと語尾に力がなくなり俯いていく相手に申し訳なくなり謝ると、「いや、俺が悪かった……」と言いながら、CDを持った手を机の上におろした。
それからしばらく俺たちは喋らず、視線も合わせないままでいたが、やがて相手はもう一度話しだした。
「演技のために勉強がしたいんだ」
「演技?」
聞き返すと、相手は頷いた。その目は真剣そのものだ。
「俺、まぁ……その……今度、ドラマのオーディション受けることになってさ」
少し声を潜めて男は言った。俺はCDの写真をもう一度見た。
「……写真の男に似てるな、お前」
「ハハ、よく言われるよ……」
「それだけかっこよければ、受かるもんなんじゃないのか?」
テレビをつけていれば、お笑い芸人でもなければ見た目が良い奴ばかり出る。それを考えれば、目の前の男は合格にして釣りが来るくらいに見える。
だが、男は肩を落としながら首を横に振った。
「俺レベルの顔の奴なんか山のように居るよ。それに、ドラマをやるなら、演技力がないと。見た目がよくたって、演技が出来なきゃ俳優はつとまらないんだ」
「……大変なんだな」
ありがとう、と男は言って、そこで水を一口のんだ。続けて、「それで」と人差し指を立てる。
「俺が受けるオーディションは、不良のしたっぱの役なんだ。それなら、最近話題になってるレンゴウカイに弟子入りして、役にリアリティを持たせたいと思ったんだ」
「……なる、ほど」
言いたいことの恐らく半分くらいは理解したし、同時に半分くらいは意味がわからないと思った。
役を作る、そのために、いま危険だと話題になっているチームに入ろうとしていたのか。あまりにも発想が飛んでいるように思えた。それとも、役者をやるようなやつはそんなもんなんだろうか?演劇部に入っている弟を思い出し、性格はキツイやつが多いのかもしれないけど、と考えて、余計なことだったなと考え直す。
男は机に両手をつき、そのまま頭を下げた。額が今にも机につきそうだった。俺は驚いて、その様子をぽかんと見つめていた。
「頼むよ、なんか、その、不良に弟子入れするにも、危なさそうなやつは怖くてさ。お前、穏やかで良さそうだなって思って。金ならあるから、なんでも欲しいものやれるよ。なぁ、頼むよ。普段の不良の生活に付き合わせてくれるだけでいいから」
「……普段、一緒に行動するだけでいいのか?」
「えっ」
驚いた様子で、男が顔を上げた。その目からは、期待とも不安ともつかない感情がつたわってくる。俺は迷っていた。それでも、「困った人を放っておく」ことは、できないような気がして。
「……一緒にいる、だけ、なら」
「本当!?」
男はぱっと表情を明るくした。その飛びついてこんばかりのその勢いを、「待ってくれ」と手で制した。男はきょとんとした顔でこちらを伺っている。
「それなら、俺たちはただの友達になろう。友達なら、一緒にいてもおかしくない、から」
自信なく、「だよな?」と男に確認すると、何がおかしかったのだろうか、男は気が抜けたように笑う。
「ああ、そうだな。おかしくない。じゃあ、俺たちは友達だ」
「ああ、そうだな」
「よし、じゃあ、よろしく」
キラキラとした眩しい笑顔で俺に手を差し出す姿は、この場に似つかわしくないような、ステージの上が相応しいような気さえした。こいつなら、危ないことをしなくたってオーディションに受かるんじゃないか、と俺は思ってしまうのに。
守ろう、と心の中で強く何度も反芻して、俺はその手をとった。引き受けた以上は、何があってもこいつを守るのだ。今日出会ったばかりで、勝手に焼肉を奢られ、勝手に頼み事をされた、まだそれだけの関係だとしても。
「俺はレンゴウカイのシドウだ」
手を握って名乗った。ずしんとしたよくわからない重みが、胸の奥にのしかかるような感覚がした。
「……俺は、レンゴウカイのキタツキ!」
それは、とても不思議な出会いだった。
◆
時刻は夜の八時半。裏通りの裏通りを歩いたところにある廃墟のひとつに、俺たちは集まっていた。以前持ってきた電灯で、月明かりに頼らずともお互いの顔が判別できる。秋の涼しさよりも、まだ残る暑さが印象的な夜だ。じっとりと浮かんでくる汗を拭いながら、俺は廃墟の中を見回した。
集会に、レンゴウカイのメンバー全員は恐らく来ていないだろう。それどころか、どんどん集会に来る人数は減っている。灯りが照らすのは、まだ目視で数えられる程度の人数しかいない。もっと、数えきれないほど、人はいるはずなのに。レンゴウカイの名簿と集まった人数を見比べながら、軽く息を吐いた。
「どーするの?リーダーサン」
からかうように俺の耳元で囁くと、キョウさんはけらけら笑う。笑い事ではないし、俺はリーダーではない。俺は毎日報道やネットにあがる、レンゴウカイという文字を見たくなくなっていくのを感じていた。
それでも、逃げることはしない。俺は、この仕事をリーダーから任されているのだから、途中で投げ出すなんてやるべきではない。そう思ったものの、「さて、いつ任されただろうか」という疑問が浮かびそうになったが、気にしないようにする。
「今日の集会ですが……」
かろうじて集まっているのは、ほぼ最初からいたメンバーたちだった。何を話そうが、もとより聞いてるのかどうかもわからないが、いまはスマホをいじっている人すらいる状況だ。それでも俺は構わず、事務的な話を続けた。
だがそのうちに、俺の話を遮って、赤茶髪の男性が手を挙げた。面食らいながらも手で指すと、学校の教室よろしく立ち上がり、喋り出す。
「シドウさんはどこいったんスか?最近見ねえけど」
答えられない質問に、喉の音がきゅっと音を立てた。それは、俺がこの数日探しに探している人の名前だった。集会に集まったメンバーは皆こちらを向く。俺が黙っていると、次に視線は隣の、俺の補佐をしてくれているキョウさんに集中する。キョウさんは、大げさにため息をついた。
「きっとどっかで寝てんだろうよ」
「キョウさん!」
批判とも取れない言葉を思わず止めようとするが、キョウさんは止まらなかった。
「もう十分じゃん。シドウサン、レンゴウカイのリーダーなんて言ってっけどよ。レンゴウカイの評判悪くしといて、更には今までもロクなことしてねえぞ。ついてく意味あんのかね」
「きょ、キョウさん!」
「ただケンカつえーからってだけじゃねえか。恐怖政治と一緒だよ。カイトさんもそれでやってんだと思ってたワ、リーダー代理」
「ちがいます!!」
「んじゃ、シドウサンがしてくれてること、言ってくれよ」
「それは……」
言おうとして、言葉の出てこない自分に気づいた。そもそも、俺はなぜついてきたのか、と一瞬疑いそうになる。ミヅキに会わせてくれたじゃないかと思ったが、あれも偶然のようだった。助けてはもらったけれど……。
普段、シドウさんは何をしているのだろう。
「……今日は解散です」
静まり返った場で、なんとか発した俺の声に、集まっていたメンバーはさっさと出ていってしまう。そのうちに、廃墟の中にいるのは俺とキョウさんの二人だけになった。キョウさんは俺をじっと見てから、あーあ、と前置きして言った。
「レンゴウカイ、俺ならもっと強いチームにできたのに。いや、今からでも奪っちゃおっかな」
冗談とも本気ともつかない言葉だった。そう言い残して出ていってしまったキョウさんの後ろ姿を見ながら、俺は一人で立ちつくし、その背が見えなくなっても動けずにいた。
なんとかしなければならないことはわかっていたが、「なぜ」なんとかしなければならないのか、「どう」なんとかすればいいのか、もうわからなくなってしまったのだ。俺は一体、なんのためにやっていたのだっけ……。
ただ、「なんとかしなければ」という焦りだけが俺の中で渦巻いていた。
とにかくシドウさんに会わなくては。俺はひとまず、恐らくシドウさんにいま一番近い人に電話をかけた。
◆
このあたりはあまり歩いたことがないな、と思いながら、キャバクラやスナックのネオンが光り輝く通りを歩いていた。客引きは絶え間なく、時に目の前に足を踏み出すやつもいて、無視して歩くのも一苦労だ。
「すげえな、こんな時間にここ、歩いたことないや」
「営業時間だから、歩きにくいよな」
隣のキタツキを見ると、看板や客引きをかわるがわる見て、サングラスの奥の目を輝かせている。なんだか危なっかしいと思い、キタツキの腕を掴んで歩いた。変な店につれていかれでもしたら大変だ。
ふと、いつの日か、同居人であるカズシについて、高橋組の風俗店へ足を踏み入れたことを思い出した。俺とキタツキが、カズシと俺に重なる。
……しばらく家に……現在居候しているカズシの家には、帰っていなかった。それどころか、レンゴウカイの誰とも会っていなかった。いや、会わないようにしていた。普段の足取りは自然とレンゴウカイの活動拠点からは遠のいていた。時折悪さをしている不良を殴り金を得て、その金でネットカフェでシャワーを浴びた。身分証がないことなんて「忘れた」の一言で、特に気にされなかった。
なんでも知っているカズシなら俺の居所は知っているのかもしれないが、会いに来る気配はなかった。だからといって、何も思わなかった。家には今、もう一人の同居人もいるが、その同居人であるワタリも、会いに来たり連絡が来たりすることはなかった。
その前に、俺は連絡のとれるケータイなど持ち合わせていなかったのだが。
だから、キタツキとは久しぶりに会話をし、人と接していると感じていた。そのうえ、こういった人の多い場所になれていないのだろう、キタツキの危なっかしい足取りは余計に放っておけない気がした。
俺たちは大通りの大門を抜け、風俗店の密集する裏通りをさらに抜け、そこを曲がったところのつきあたりにある、路地裏の少し開けたスペースに歩いていった。少し離れたところの電灯と、表通りから漏れてくるネオンで、暗くはなかった。
「ここで何をするんだ?」
「いや、寝るだけだけど」
「寝る!」
キタツキは、俺の言葉を驚いた様子で返した。確かに、そこにあるのは室外機と、室外機と、室外機。高級な布団があるわけでも、柔らかな絨毯があるわけでもない。ただ、どこでも寝れる俺にとっては「レンゴウカイの奴らに見つからず」「寝れる」場所として最高だった。
キタツキはしばらくぽかんとしていたが、俺が再び声をかけるまえに頷いた。
「寝よ!」
「あ?ああ……」
俺が何か言う前に、キタツキは思いっきりコンクリートに横になった。ゴツン、と勢いの良い音がしたが、キタツキは仰向けになって俺を見て笑っている。
「やべー、コンクリートに横になったのは初めてだ!」
その楽しそうな顔を見ながら、俺も隣に横になった。キタツキの様子を見ると、こちらを見てから、へへ、と笑う。
「なんだ、道路に寝転んでも星は見えないのか」
「都会だし、ここは明るいから……雲しか見えない」
「コンクリートって意外とあったかいんだな」
「まだ昼間暑いから、熱が残ってるんだ」
いつもなら俺が何かを教わる立場になることが多いのに、いま俺は「コンクリートに横になる」先輩としてキタツキにものを教えていた。くだらないはずなのに、なんだかくすぐったい気がする。
「……なんか、眠くなってきたな」
「そうだな……」
目を閉じた。もともと睡眠を妨害されていたから、眠ろうと思えば睡魔がすぐに襲ってきた。たとえキタツキが悪いやつで、俺が寝ている間に金品を奪おうとしても、奪う金もない。僅かに残ってる小銭も、もともと俺のものでは無い。
そう考えると自分がなにかとてつもない悪いことをしているのではないかとも思えてくるが、その思いを振り払うように、睡魔に身を委ねる。
「……おやすみ、シドウ」
キタツキの少しかすれがかったような声が甘く響いた。
意識を手放す途中で、一瞬だけ、ぼんやりと目を開けて、隣にキタツキがいることを確認した。キタツキは空を見たまま、何かの曲を口ずさんでいる。優しいメロディだ。
なんだか安心して、俺はそのまま夢の中に落ちていった。
【れんごうかいのにじゅうろく おわり】
【れんごうかいのにじゅうなな に つづく】
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