れんごうかいのはち

 カチッ、と時計の針が気味良く鳴った。篭った生ぬるい空気に耐えられずに窓を開ける。大きく息を吸いこんで、吐く。……どこか薄汚れた空気。それを吸っている自分もまた、少なからず汚れているのだと感じた。

 数回ノックされ、開いた扉から現れたのは屈強な大男。無理に留まっているスーツのボタンが痛ましい。感情の見えにくい瞳が私を捉えた。

「どうだったのかしら」

 窓に寄りかかりながら尋ねると、小さく首を振った。……私は何も言わずに手で促す。彼は部屋に置かれた、彼には小さすぎるソファに腰掛けた。キィ、と軋む音が響いた。

「……中毒者であったのは間違いありません」

「そう、でも”例の患者”ではなかったのね」

「そのようです」

 答える彼に気にしないでと肩を叩き、わたしも机を挟んでソファに腰をかける。一呼吸おいて、彼は「ですが」と続ける。

「新たな情報は手に入りました」

「……何かしら」

 彼は手元の小さなカバンから、黒い皮のシステム手帳を取り出した。たくさんの紙やポストイットが挟まっていて膨らんでいる。その中から彼は、数枚の写真を取り出した。

 そのどれにも写っているのは、見覚えのある金髪の少女。

「関係があるとは言いきれませんが」

「ないとも言いきれないわね」

 必ず現場に現れるのは、被害者か加害者のどちらかしかいないはずだ。そのどちらであっても、貴重な情報源には違いない。

 それにこの子は、”彼”の仲間だ。

「今日はよく働いてくれました、マサキ。もう休んで結構よ。………明日はまた、別の仕事を頼まなくてはならなくなったから」

 おやすみなさいと声をかけると、頭を下げて部屋を出ていく。再び一人になった部屋に、静寂が訪れる。ソファの背もたれに寄りかかりながら、一度目を閉じた。

 今度こそ、奴らを暴いてやらねばならない。

 ゆっくりと目を開けると、じっとりと服が肌に絡む感覚がした。寝ていたソファが湿っている。窓は開いているが、風は入ってこない。もう昼らしい、刺すように木の床を焼く日差しが眩しい。

 体を起こしてソファに座る。しばらくぼんやりしてから、部屋を見回す。冷蔵庫の冷えた水をグラスに注いで、一気に飲み干してから、ふう、と一息ついた。

 廊下をつたい隣の部屋を見てみると、中は空。今日も早々とバイトに行ったのだなと同居人のカズシのことを考えた。同居人というか、ここはカズシの家で、俺が居座っているのだけれど。

 今日の予定は特になかった。静かな部屋の床に寝転び、天井を見上げる。今日は何をしよう。カズシのおかげで色々なことがスタートしたが、俺自体はどうすればいいのか、何をすればいいのかもわかっていない。

 お前は何をしたいんだ。お前はどう思う。カズシに聞かれるたびに、なんともいえない気持ちになるのを感じていた。

 俺がしたいのは……?

 勢いよくドアの開く音に驚いて、考えるのをやめた。慌てて起き上がると、続けて大きな音がした。立ち上がって、おそるおそる玄関を覗くと……人が倒れていた。

 しばらく動けなかったが、慌てて駆け寄った。取ろうとした腕は指先まで包帯だらけ。……指先の方が、赤黒く固まっているのを見て、背に寒さが走った。

「カズシ」

 返事はない。薄緑色の髪の端には砂。パーカーもズボンも砂や泥が絡みついていて、ボロボロになっている。足をついて、肩を揺さぶってみた。動きはない。慌ててカズシを裏返すと、ぎらついた目が俺を捉えた。

「……なんだ、いたのかよ」

 がらがらの声で言って咳き込む。慌てて起こして背中をさすろうとすると「いてえよさわんなよ」と手を弾かれる。弾かれた手を擦りながら、俺は一歩引いた。

 ふらふらと立ち上がるカズシを慌てて支えると「部屋に運んで」と消えそうな声で言う。カズシを抱えて部屋へ行くと、そのままベッドにおろせと言うのでその通りにする。……埃だらけなのに、と思った。綺麗好きではなかったのだろうかと考えた。

 水、と短く言われ、さっき自分が飲んだ水を、洗ったグラスに注いで持っていく。カズシは危ない手つきでグラスを受け取ると、そのまま一息で飲んで、また咳き込んだ。どうもできないまま、グラスをそっと受け取った。

 ぐったりとベッドに横たわるカズシはどこも傷だらけだ。救急箱、と思ったところで「大丈夫だからほっといてくれ」と言われ、俺は余った両手をズボンのポケットに押し込んだ。

「……今日、どっか行くのか」

 壁を向いたままカズシは喋る。……喋るのもきつそうだ。俺は悩んでから、予定はないと答えた。

「なあ、何があったんだ。ケンカで負けたのか」

「出掛けるなら、フード被って顔隠して行けよ。名前聞かれても絶対教えちゃダメだからな、いいな」

 質問には答えずにそう言われる。そのままベッドのそばに正座していると「……悪いけど部屋は出ていってくれねーかな」と言われて、戸惑いながらも部屋を出て、扉を閉める。

 見たことのないカズシの様子に、ただごとではない何かを感じていた。

「アクセルバイト?」

 そう、と短い返事が返ってくる。愛しい人の、少し低い声。

「心当たりは」

 ありません、と秒で返す。少し体を動かすと、ジャラと音が鳴った。……冷たい感触。ぴた、と、喉にも冷たい何かが当てられる。

「……ウチは君のことを大切にしてきてると思うんだよね」

 その通りです、とまた返す。感謝してます。……いったいどんな顔で言っているのだろう。視界は真っ暗なままだ。腕も足も縛られていてどうにもできない。できるのは、精一杯の弁解しかない。布の向こうで「うーん」と、なにも悩んでなさそうな声。

「アクセル……とかなんとか言われて流行ってるんでしょ?」

「い、いや、知らないですよ、あたしは」

「なかなかスピード感があってアガるってね」

「……そうなんですか?」

 知らない?と、喉元に何かをぺたぺたされるうちに、痛みが走った。切れた、と思った。肌が粟立つのを感じる。知りませんよ、となんとか答える。

「というか、なんでそんな、あたしを疑ってるんですか。あたし、リョウガさんのこと裏切ったりしないです」

「ふふふ、みんなそう言うからね」

「ほ、ほんとですよ……」

 ここで泣いたら捨てられる。強い女でなければ。この人の女でいたいなら……。

「……ちっちゃくて可愛らしい見た目でね、”アクセル”って呼ばれてるんだって。いま若い子に流行りらしいよ?」

「あたしは関係ないです」

「そお?でも……”アクセル”やってたヤツってね」

 する、と目隠しが解かれた。ほっとしたのも束の間、目の前に差し出されたのは数枚の写真。おそるおそる様子を伺うと、ふわふわとした綺麗な銀髪から覗く笑顔に、ぞくりとする。

「……あれ、こいつ」

「ああ、やっぱり知ってるよね?」

 写真に写る馬鹿そうな男どもを見ながら、こいつは五四、こいつは七三……かつて自分が割り振った数字で記憶を引っ張り出していた。……というのも、数年前の事故以来、自分でもうまく説明はできないが、どうでもいい人や物事をそのまま理解することが出来なくなってしまい、あたしはすべて関わったものに番号を振って整理していたのだ。

 目の前の銀髪の男……高橋組のリーダーであるリョウガさんは、あたしの喉元を滑らしていた刃物を手元に戻し、その細い、つった目で……その美しい瞳であたしを見つめて、にっこり微笑む。

「昨夜から自治警察とかいうやつらがうるさくてね。……なんでも、最近、成員の死体が見つかったそうだ」

「……抗争で、ですか?」

「いいえ……どうも、薬物によるものと見たらしいね」

「……それ、アクセル……ってやつ、だったってことですか?」

「彼女らはそう見てるってさ……なんでもたいそうな混じりものだったようでね」

 それからリョウガさんは写真を一枚ずつあたしに見せていった。……そのうち、あたしは、しまったと思った。リョウガさんはニコニコしてる。……目を合わせられない。

「アクセルに無関係でなさそうなやつらを追いかけていた彼らが、わざわざ送ってくれた写真だよ」

 その大半に、あたしも一緒に写っていた。それもそのはずだ。あたしが街でナンパしたバカ男どもだったんだから。

「自治警察サンたちは、まさか俺たち高橋組が、こんな出来の悪いドラッグを配って回ってると思ってるんだって」

 リョウガさんは、あたしの首筋に手を這わせる。先程の喉のかすり傷を指でなぞり、それから顎を優しく撫でる。ぞわり、と、体を何かが駆け抜けていくようだ。頬が熱くなるのを感じた。

「ひどい話だね。俺たちはちゃあんとしたものしか出さないよ……ねえ?」

「そ、うです、ね」

 顎の先から頬を、そのまま耳の後ろへ。そのしなやかな指先で、耳のかたちをなぞっていく。耳の穴をなぞられて、頭がぼうっとしていくのを感じた。リョウガさんはクスクスと笑うだけだ。

「最近は随分と下層のグループも増えたっていうじゃない?ナントカ組、って……俺たちはまったく眼中に無いから、わからないけれど……?」

「あたしもよくわかんないですよ、お付き合いがあるのはリョウガさんのところだけです……」

 探られてる。疑われてる。わかっている。でも愛する人に触れられることが、どうしてこんなに嬉しくなってしまう。目をそらしたあたしの顔をあげさせて、リョウガさんはあたしをまっすぐに見つめた。

「……ねえ、ミヅキ」

 名前を呼ばれた!体中の血が沸騰するような感覚。リョウガさんはあたしの耳元に口を寄せる。リョウガさんの息が耳にかかって身じろぎする。チャラ、と、あたしを縛る枷の音がした。

「なんだっけ、キミも、どこか入ったんでしょ?噂で聞いちゃったよ」

「……何のことでしょう」

「アレだけ忠告したのにな、キノシタシドウ、彼が第三勢力を継いだって」

 体の熱が一気に冷めた。

「キミもその一員になったってね」

 楽しそうに笑顔で言うリョウガさんに、何をどう言えばいいのかと迷っていると、いいよ、と優しく囁かれる。

「どこへ行っても、必ず戻っておいで。愛してあげるからね」

「……あたしは、リョウガさんのためにしか、動いてませんので……」

 求める理想郷を実現する駒を使っているにすぎない。あたしにとっては、この人がすべてなのだ。……そのはずだ。

「……何かわかったら、すぐにおいで。俺たちの名に泥を塗った輩を放っては置けないからね……わかった?」

「……わかりました」

 いい子だね、と一言、額にキスを落とされる。思い出しかけたシドウさんの顔が吹っ飛んでしまう。そのまま顎を持ち上げられて、唇を奪われる。舌を絡ませ、枷を解かれぬまま、愛しい人の手が、服の下を滑る。

 愛されているのではない、あたしは別に愛されていないのだ。この人にこうやって、遊ばれ、利用されているのはもうわかっている。どこへも行けないように、こうやってつなぎとめられているだけなんだって。……でも、それでも構わない。あたしを暗闇から見つけてくれた人だから。いつも迎えに来てくれる人だから。

 離れた唇と、荒くなった息。行かなくちゃ、またね、いい子だから。頬にキスしてリョウガさんは行ってしまう。残された部屋に一人きり。きっと直にユウキさんが来るだろう。その後は、今日は、バイトだっけ。店で働いてるのだって、あの人が会いに来てくれるからだ。……あたしの一番。

「……あれ、なんで」

 一番、を考えた時に浮かんだのは、さっき浮かびかけたもう一人の顔。……まさか、アクセルなんかにひっかかってませんよね、シドウさん。バイト前に顔を見に行った方が良さそうだわと考えた。

 結局、どこも行かないまま夕方になった。そーっとカズシの様子をうかがいに行くと、ばっちり目が合った。なんだか辛そうな目だ。大丈夫かと聞くと、大丈夫に見えるのかと苛立った声。……でもカズシはすぐに背を向けて、ごめん、と言う。今日はそっとしておいてくれ。

「なあ、俺何か力になれないか。困ったことがあったんじゃないのか」

「……じゃあ夕飯でも買ってきてくれよ」

「何が食いたいんだ」

「別になにも」

 困ってしまったが、早く出ていけと急かすカズシに、俺は部屋を出て扉を閉めた。とりあえず何か惣菜でも買ってこよう。コンビニまではそう距離はない。ふと朝のカズシの言葉を思い出して、俺はパーカーのフードを被った。

 部屋を出て、階段を降りて。門をくぐると、建物の入口に人影が見えた。無視して素通りしようとして「シドウさんこんにちは」と声をかけられて、ようやく気づいた。……相変わらず重そうなカバンだなと思った。

「カイト、どうしてここに」

「前、カズシさんに聞いてたんです、シドウさんの住所」

 俺の住所というか、カズシの住所なんだけどな。と、そこでふと気づいて、カイトの胸元を指さした。アレだけきっちりしているカイトが、今日はネクタイをしめず、首元を少し開け、ブレザーの前をとめていない。

「……いじめられたのか」

 心配になって聞く。カイトは笑顔でカバンの中身を漁ると、一冊の本を取り出して、俺に見せた。……不良の流儀、と書いた、縦長の小さな本。

「……なんだそれ」

「不本意とはいえ、レンゴウカイに参加することにしましたので、俺なりに勉強すべきだと思って」

「読んだのか」

「はい」

「……勉強になったか?」

「はい!」

 見てくださいよ、と本を数ページめくって、キラキラした顔で俺に見せる。……第四項、制服は着崩すべし……なんだこれ。

「でもこちらの写真のようにパーカーを下に着る勇気はなかったんです……」

「……無理するなよ」

 なんとも申し訳なさそうなカイト。優等生は大変だ。

「それで、どうしたんだ、用があったんじゃないのか」

 ミヅキなら今日は一緒じゃないけど、と付け加えると、カイトは首を横に振って、また同じ本のページをめくる。よく見れば線が引いてあったり付箋がついていたり……。それから開いたページを読み始める。

「舎弟はいつでもそばに居るべし。困った事があったら力になるのが俺の仕事、です。ちゃんと勉強しました」

「……お前今日、いつからそこにいたんだ?」

 恐る恐る聞くと、カイトは得意げに答える。

「三時間前くらいですかね」

 俺は慌てて、これから先、用事がある時はちゃんと呼ぶからとなんども繰り返し言い聞かせた。それから結局、カイトは夕飯の買出しに付いてきてくれることになった。

「でもコンビニだと高くないですか?少し遠いですけどスーパー行きませんか?案内しますよ」

「じゃあそれで」

「はい。……その、カズシさんの様子は、どうなんですか」

 カイトに従って歩きながら、俺はカズシが帰ってきてからのことを話した。カイトはしばらく黙ったままだった。

「……口を怪我していたら、なにか食べるのも大変かもしれませんし、ゼリーやおかゆのようなものがいいかもしれませんね。ゼリー状の栄養食品もありますし、如何ですか」

「お前は夕飯どうするんだ?」

「家で食べます。というか、俺が作らなければならないので」

 両親は帰りが遅いから自分が家事をしているのだ、と笑う。俺は日の傾いてきた空を見ながら、歩く速度をあげた。

 住宅地の一角にスーパーはあった。スーパーサンセット、と書かれた看板は錆び付いている。夕飯の買い物だろうか、主婦やサラリーマンのような風貌の人を多く見かけた。……レジは混んでいる。

「……なあ、お前はカズシに気をつけろって言ってたけどさ」

 ゼリーやらプリンやらの売り場を物色しながら、俺は言った。

「あいつは俺が困ってる時に助けてくれた。だから、あいつが困ってる時には俺も助けたい……そういうのじゃ、ダメか」

 カイトはゼリー状の栄養食品を籠にいくつか入れながら、しばらく間を置いて……答えた。

「なら、俺が代わりにカズシさんを警戒しておきますよ。……シドウさんに出来ないことやること、それがきっと、俺の役目ですから」

 そう言ってほほえむカイトに、悪いなと呟いた。

「ところで、シドウさんの夕飯はどうする予定ですか?」

 全く考えていなかったし、気が付けば今日はまだ何も食べていない。何か言う前に、腹が返事した。カイトは小さく笑う。

「簡単なものでよければ、帰ってすぐ作って差し上げますよ」

 何がいいですかと聞かれて、少し悩んで、肉、と答えた。他に食べたいものも思いつかない。漠然としてますね、とカイトは首をかしげた。

「この時間はセールのものが多いからお得ですよ。人は多いですが……」

 肉のコーナーは特に人が多かった。これはナントカで、これはナントカで、どうですかと聞かれても、俺は美味ければなんでもいいよと答えるしかなかった。カイトがよく値札を見ながら、籠に入れていく。途中から鞄と籠は俺が持つのを代わった。

「いい肉が安い日ですね。焼いて味付けしましょうか」

「ああ」

 うまそうだな。カイトが厚みのある肉を籠に入れて、それじゃあ買いに行きましょうかと向きを変えた時だった。

「お前らのせいでこの街は!!」

「誰か助けて!!」

 雄叫びと悲鳴が聞こえたのは同時だった。

 体が動かせない。でも縛られてるわけじゃない。さあて、なんででしょうか。……説明のしようのない怠さと、一晩中痛めつけられ続けた痛みで、指一本動かそうとするだけでも精神と肉体をやられていく。

 ……このまま石になってしまいたいとも思った。石は普段何を考えてるんだろう。時折人間に蹴られて遊ばれたりして、あの人間マジありえねーって話でもしてんのかな。

 そんな妄想をする反面、次は殺す、絶対に殺してやる、と、出来もしない言葉も頭を占領し続ける。わかったわかった、わかったから黙ってくれよ。脳内に響き続ける自分の声は止まなくて、うるさい。

 シドウが夕飯を買いにいってから程なく、玄関の方で扉の開く音がした。さっき追い払ったばっかりなのに、金でも忘れていったのか?そのくらいぱっと盗ってくりゃいいのに、ほんと鈍臭いやつだな。なんとか体を起こそうとすると、うまく動けずベッドから転げ落ちる。そのまま這って出口まで行き、なんとか立ち上がって、扉を開けた。

「もう夕飯買ってきたのかよ」

 自分でも驚くほど不機嫌な声だった。はっとして口を閉じる。一呼吸置いて、今日はもうどっかいって来いよ、なんて声をかけようとしたところで、思った位置に顔がないことに気がつく。あれ?と思った時、下から声が聞こえた。

「……どこ見てんの」

「ヤハラミヅキ……ちゃん」

 鍵開いてたわよ、と彼女は言った。

 

「はい、飲めば」

 しっかりと俺の手にグラスを握らせてから、彼女は手を離した。小さな冷たい手。俺を見ても動じないし、ぱっとみていろいろ察してくれたらしいことが、俺と同じようなところで生きている人種だと感じさせる。

 渡された、なにか濁った水をゆっくり飲み干すと、グラスを受け取ってから彼女は俺をベッドに横倒した。薄い布団をかけられ、体勢を横向きにされる。……口には苦味が残った。

「じきに楽になるわよ。あたしもやりすぎたとき飲んでるやつなの」

「……やりすぎたとき、ねえ」

 ヤハラミヅキはクスリもやってる、と。メモしたい手は動かない。

「……違うの?」

「まあ、そんなとこだけど」

「で、何やったのよ」

 当てたいらしい彼女の口からは、次々にクスリの名前が出てくる。クスリっつっても、風邪薬なんかとは違うぜ。自治警察なんかが目くじら立てて取り締まってる、いわゆる非合法なやつだ。……まあこのご時世、そのへんにいくらでも転がってるけどな。

 よく知らないヤツだった、と答えると、彼女は黙ったまま、大きくため息をついた。……期待外れだったようだ。

「でもまあ、爪を剥がれて、得体の知れないクスリうたれて、ってのは自由だけど、シドウさんを危ないことには巻き込まないでよ」

「危ないことに巻き込んだ本人がよく言うな」

 すました顔で、少女は答えない。

「……ってかあんた、ほんと、息も絶え絶えって感じね」

 うるせえなぁ。目を閉じて、大きく息を吐く。あの女、ヤバいもん体に入れやがって。昨夜のイヤーな声が蘇る。

 ねえお前、アクセルバイトって知ってる?甘ったるい香水の匂いも同時に思い出されて、吐き気がする。お前の商品の質をあげてやるわ。

 名前だけなら聞いたことがないわけではなかった。だが、使用者から話が聞けたことはないし、やったこともなかった。キメた直後の感じたことのない開放感と高揚。自分という概念をぶち壊された、そんな感覚。……終わったあとの副作用も、経験したことないようなものだけど。俺はそのアクセルとやらは、間違いなく非合法の中の非合法、そーとーな混じりものだと直感した。

「……シドウのためだよ」

 しばらく置いて、やっと俺は答える。

「どーでもよけりゃ、さっさと情報吐いてサヨナラしてるぜ」

 自分の赤黒く染まった包帯の指先を見ながら言う。いつ治るんだ、これ。ねえ、キノシタシドウくん、どう?……何も答えなければまず一枚。……思い出すだけで吐きそうだ。

「……意外と流されやすんだ」

「俺は心優しいイケメンだからな」

「軽口叩けるなら元気ね」

 呆れた声でそっぽを向いた少女は、一呼吸おいて、ねえ、と切り出した。

「あんた、アクセルって知ってる?」

 真面目な顔で俺をまっすぐ見つめる。俺は少し体の角度を変えて、大きく息を吐いた。

「アクセル?車でも運転したいのかよ」

 キャベツに聞いたのが無駄だったわ!と言って、彼女は部屋を出ていく。俺はゆっくり目を閉じる。だからキャベツじゃねーって。大きく息を吐いて、天井を見る。

 こんなクスリにやられてる姿なんて見せたくなくて、テキトーに追い出してしまったけど、シドウは大丈夫だろうか。スマホを手に取ろうとするのも苦しくて、俺は諦めて再び目を閉じた。

 せめて誰かそばにいてくれりゃいいんだけどな。神頼みなんてらしくないが、なんとなく祈ってみることにした。


【れんごうかいのはち おわり】

【れんごうかいのきゅう に つづく】

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