れんごうかいのろく
ちら、と様子を伺う。相手もこちらを見る。思わず目をそらす。……無音。さっきからこの繰り返し。時計の針の音がうるさい。ちらりと見る。……午前十一時。この状況になってから、三時間も経っていたらしい。
居間にふたり。俺とカズシ。会話はない。カズシはソファに寝そべり、俺は机の前で正座していた。……なんとなく、正座しなきゃいけないかなと思って。
悪いことをしたわけじゃなく。何か咎められたわけではなく。ただ、起きた時から俺はまともにカズシの顔を見れていない。……昨夜カズシが寝てから、こっそりとこの街に残るための作戦を実行していた、というのが「カズシへの裏切り」として俺の中にどうしてもあった。
バレてるのかはわからないが、カズシなら知ってるかもしれないな、と部屋を捜索していた日のことを思い出していた。だいたい俺の考えることはカズシは知っている。気がする。
「なあ」
かなり長い間スマホを見つめて動かなかったカズシが口を開いた。驚いて思わず立ち上がろうとすると、ずっと正座していたことで足が痺れていたらしい、バランスを崩してこける。カズシはしばらくぽかんと俺を見ていた。そして、腹を抱えて笑い出す。
「どーしたんだよ」
笑いすぎて出てきたらしい涙を拭いながらカズシが言う。いや、えっと。なにも言えないままでいると、カズシはソファに座り直して、俺を見て、真面目な顔でいう。
「……じゃ、行くか」
落ち着いた優しいカズシの声。明日、家まで送っていく。昨日のカズシの言葉を思い出して、俺は反射的に「まってくれ!」と叫んでいた。はっとして口を閉じると、カズシは目を丸くしてこちらを見つめている。
……いや、言いたいことは言わないと。友達だから。友達だぞ。頭の中で言い聞かせるも、うまく言葉は出てこない。そんな俺を見ながら、カズシは大きなため息をついて「あのなぁ」と続ける。
「まだ腹減ってねーならいいけどさ別に」
「……え?」
「んや、朝からなんも食ってねーし、作るのもメンドーだしよ。何か食いに行こうぜ……と思ったんだけど」
なーんだわかってなかったのかよ?と首を傾げるカズシに、俺は拍子抜けして、はぁ、と間抜けな声を出す。……てっきり、もう、俺の家に行くぞ、とか、そういうやつだと思っていたのだ。
「いや、違うならいいんだ」
慌ててそう答えると「なんのはなしだとおもってたんだよ」と笑いながらカズシが言う。その笑顔が「なんでもお見通し」な気がして、俺は平静平静と心の中で繰り返した。
カズシに促されるまま家を出る。カズシのよれよれの服を借りて、俺のボロボロのスニーカーを履いて。外は良い天気だった。雲のない、正直者の空。
「何が食べたい?」
なんでも連れてってやるよと言われて、少し考えたが、結局「なんでもいい」と答える。じゃー肉だよな、とカズシは俺の行ったことのない道を歩き出した。大通りを東へ。スーツの大人は減っていき、代わりにダボダボのズボンを腰(というか尻)まで下げた髪染め連中。カズシは誰にでも手を振る。連中はカズシには手を振り返し、俺には頭を下げる。
「カズシは知り合いが多いんだな」
「この街に住んでりゃこーなるよ」
ほとんど名前も知らねーヤツらだよ、とカズシは歩いていく。ついでに顔も知らねーよなんて言いながらも、会うやつ会うやつに挨拶していく。その後ろをついていく俺を見て、誰もがカズシと俺に頭を下げる。……学校では俺の顔を見ると逃げてくやつの方ばっかだったし、挨拶されるとなんだか、こう、なんか、変な感じだ。
「こっからは東地区なんだ。お前、まだ来たことなかったよな」
大きな建物なんかは次第になくなっていった。心なしかすこしずつ、落ちているゴミが減っているような気がした。今までいた西地区よりもガラが悪そうなやつばかり見かけるが、そもそも人の数が少ない。華やかな店も少なくなっていく。
「よーしついたぜ、メシメシー!」
カズシが足を止めた店を見たが、のれんが汚れすぎていてなんの店かわからなかった。
中は狭く薄暗い食堂だった。まだ開いてないんじゃないかと思ってしまうほど静かだが、カズシが呼ぶと人が出てきた。エプロンに三角巾という格好の、それなりに年齢のいってそうな女。笑顔はない。カズシが三人分笑っている。
席の案内も特に無かったが、カズシは慣れているらしく、三つあるテーブルの一番大きいところに座った。俺も同じテーブルの椅子に腰掛けた。
木製の椅子に木製のテーブル。その上にはあらかじめ用意されていた水の入ったポットと4人分のコップ。用意しながらカズシはメニューを渡してくれた。染みだらけのメニューには手書きで定食がいくつかかいてある。悩んでいると、注文を聞きに来た女に「カツ二つね」と、カズシが勝手に注文した。
「飯食ったら今日、なんか用事あるか?」
割り箸を割りながらカズシが言う。俺は特にないと答えた。そーか、とカズシ。店内を見渡しても薄暗く、特に何も無い。少しかび臭いような木製の店内。カズシは手元のスマホを見ている。俺は水の入ったグラスを見つめた。
勢いよく目の前に皿が置かれて驚くと、定食が来ていた。乱暴に料理を置くと、女は伝票を叩きつけて奥に引っ込んでいく。……ここまで雑な扱いをされる店は初めてだった。再び静かになったところで、カズシは何も無かったように笑顔で「食おうぜ!」と手を合わす。俺もいただきますと手を合わせる。
白飯にトンカツにキャベツの千切り、それから味噌汁。息で冷ましながら、恐る恐る椀に口をつけると、驚くほどうまい。そのままの勢いでカツを口に入れる。……サクサクとした衣と柔らかい厚みのある肉。思わずカズシを見ると、「な?うまいだろ」と得意げな顔。俺は何も言わずにもう一口食べる。
……今まで食べたことないくらいうまかった。俺たちは米粒一つ残さず平らげてから、愛想のない女に頭を下げて行く。金はカズシが払ってくれていた。……ミヅキにもらった金はいったいいつまで残ってるんだろう。
「げっシドウさん」
聞き覚えのある声が聞こえて振り向けば、見覚えのある臙脂の制服。脱色しきれていない髪はくしゃくしゃになって野球帽に押し込まれ、入りきれていないものが不格好に飛び出している。……キョウだった。その後には、キョウのまわりにいた不良たちの顔もある。
それなりに広い公園だった。遊具は少ない。地面には靴で雑に書かれた線。辿ってみれば、所々ベースの形も書いてあり、なるほど野球でもしているらしかった。でも持っているのバットではなく太めの鉄パイプだった。落ちていたボールを拾い上げて、キョウは俺とカズシを交互に見た。
「たのしそーじゃん、なあ、俺とシドウも混ぜてよ」
突然肩を組んできたカズシが言うと、キョウは心底嫌そうな顔する。なあ、と言われてカズシに答えられないままでいると、キョウは「やりたいなら勝手にどーぞ」と嫌そうにいう。
嬉々としてついていくカズシに腕を引かれながら、必死に野球のルールを思い出そうとしていた。
「シドウ!もうお前はボールもバットも禁止な!!危ないから!!」とカズシに理不尽な宣告をされて、途中から俺は公園の端に座って遊ぶ不良たちを見つめていた。綺麗な空。雲一つない空。その下で響く気味のよいカキン、という音。飛んでいく白いボール。走るカズシは意外と足が速い。
キョウもあれだけ嫌がっていたが、遊びが始まれば俺やカズシにも関係なく声をかけていた。西地区のゲーセンで威張っていたいかにも性格の悪そうな感じではなく、フツーの男子高校生みたいに。スポーツとか芸術は、こういう垣根をなくしていけるものなんだなと少し思う。
空を見上げていると心地よくなって、そのまま後ろにゆっくり倒れ込む。砂と雑草の柔らかい感覚が温かくて、なんだか眠くなっていく。
声。走る音。ボールがパイプに当たる音。声。声。熱された地面から伝わる熱さと空から飛んでくる暑さ。
そうか、もう夏か、と思った。いつのまに梅雨が明けていたんだろう。そんなことにも気づかないくらい目まぐるしい日々だった。……西に来てから、たった何日か、のはずなのに、景色はガラリと色を変えてしまった。
来年の夏はお前も高校生活最後だろうし、花火でもしよう。だからそうなるように頑張ろうな。今年は俺も同学年だし、勉強教えてやるからな。
いたずらっぽく言う弟の声を思い出した。
生きてるか~とカズシに起こされたときには、もうキョウたちの姿はなく、空はすっかり暗くなっていた。しまったと思った。
「お前途中で寝ちまうんだもん、びっくりするよな。いっかいボール頭にぶつかったんだけど、おぼえてねーか」
ほらこのへん、とカズシが触ったところが酷く傷んだ。カズシがスマホで写真を撮って見せてくれた。見るからに青い。まあお前なら大丈夫だよなと言って歩き始める。そのカズシの隣を、頭をさすりながら歩く。
「今日はいっぱい遊んだな」
「……そうだな」
「満足したか」
頷くと、カズシも満足そうだ。来た道とは違う道を歩く。行き先はカズシにしかわからない。カズシの家に帰っているのか、それとも、別のどこかへ向かっているのか…どこも目指していないのかもしれない。俺はただ、何も考えずについて歩くだけだ。
「……なぁ」
空を見ながらカズシが切り出した。反射的に身構えた。楽しい気分が冷めるのを感じた。昨夜の会話を思い出したのだ。……そんな雰囲気だった。息を飲み込んだ。腹に空気のたまる感じがした。
だが、再び向けられた顔にはそんな真剣な感じはなかった。いつものヘラヘラとしたカズシ。
「コンビニ、寄ってこーぜ」
青い光を放つ看板を指さすと、返事も聞かずに歩いていく。慌てて俺もついていく。
足を踏み入れても店員から挨拶なんてない。見れば、カウンターでひとり舟をこいでいる。俺バイト先だから平気だ、と言いながら、レジからとったビニール袋にお菓子を詰めていくカズシ。俺は息苦しさを感じた。
「おまえもなんか持ってけよ」
「持ってけよって、金は」
「いいだろ別に、こんくらい誤差の範囲だから集計ん時も気にしねーよ」
「誤差の範囲って」
カズシの膨れたビニール袋には酒とお菓子の類、それから揚げ物も詰め込まれていっている。誤差ってどんな意味だっただろうか。気にしない方が良さそうだ。
物を盗るような馬鹿にだけはなるなよ。弟に何度も言われていたのを思い出していた。
俺は結局何もポケットには入れなかった。真面目だなぁ、と、なんの感情かわからない言葉が隣から聞こえた。コンビニから出ても、結局店員は眠ったままだった。立ったまま寝れるなんて、凄いやつだ。
ブランコと滑り台があるだけの小さな公園につくと、カズシはブランコに座りビニール袋を下ろした。俺も隣のブランコに腰掛けた。なんだか懐かしい揺れ。カズシからチョコ菓子を受け取って、躊躇いつつも一口食べた。
「こんなんいちいち気にしてたら、お前こっちじゃ生きていけねーぞ」
笑いながらカズシが言った。
しばらく無言で俺は菓子を食っていたし、カズシは酒を開けてぐいぐい飲んでいた。帰り道、わからないからな、と一言いうと、平気平気とカズシ。
「それよりさぁ」
俺にも酒の缶を手渡しながら、カズシが言う。
「お前は何がしたいの」
驚いてカズシを見ると、真面目な顔になっていた。酒を飲む手を止めて、じっとこちらを見つめている。どこか探るような目つきだ。どきりとする。心臓の裏を、冷たいものが流れていくような。
「なにが、って」
絞り出すように聞き返す。
「西で、お前が第三勢力のリーダーとしてやりたいことだよ」
缶を手元でくるくる回して遊んでいるカズシ。
「俺は………ただ………」
言いかけて、言葉に詰まった。カズシはしばらく缶を回し続けていたが、やがて止めて、一口のんだ。再びこちらを見た目は、思った以上に冷たかった。
「お前はさぁ、ノリで来た西地区でたまたま勢力トップに勝ってしまい、たまたま権力を得て、たまたま第三勢力のリーダーになっただけなんだよ」
その声も、どこか冷たい。ホースで水をかけられてるような気分だ。
「やりたいことがあったわけでもない。たまたま女の子がいじめられてんのに遭って、女の子の頼み聞いたってだけ。お前はやさしいからなぁ、馬鹿みたいに」
いや、馬鹿だからな、と付け加えるカズシの顔を見れなかった。
「高橋組に会っただろ。自治警察にも会った。お前はあのふたりと並ぶ立場なんだ」
ふたり。セイラと……タカハシリョウガという男だろうか。そいつにあったことがあるのかは分からなかったが、嫌な目をした銀髪の男を思い出した。
「お前、殺せって言われたら人に銃を向けられるのか?」
あの人たちはんなの簡単にやるぞ、と、指で銃の形を作るカズシ。向けられた銃の感触を思い出して、体が震えた。
しばらく沈黙があって、カズシは俺を見た。答えを待っているのかもしれない。俺は何も言えないままだった。
しばらくして、カズシは俺を見ずに言う。
「こっちに来たら帰れなくなるぞ」
俺はしばらく間を空けて頷いた。またしばらく間があって、カズシは大きなため息をついた。
「あー、もう、まったくよ」
俺こーゆーのキャラじゃねーんだよなぁ、と言いながら缶を一気飲みしたカズシは、飲み終わった缶を放り投げてから俺に言った。
「やるなら俺をナンバーツーにしとけよ。どーせミヅキちゃんに断られただろーからな。こー見えて俺も結構役に立つんだぜ」
ちょっと待て、昨日の夜のことをなんで知ってるんだ。 ぽかんとしていると、カズシは笑う。それから、でも、と続けた。
「ここで目的はちゃんと決めておくぞ、なんの目的かわかるな?お前が家に帰らずにヤバイ抗争に両足も頭も突っ込む、その目的。理由だな」
「理由」
「お前がつまり、なんのために動くかってことだ。お前も、お前の下につく奴らもな。それがなきゃ組織は成り立たんだろ。ないならお開きだ」
なんのために残りたいんだお前。聞かれても、頭に浮かんだのは一人の女の顔だった。
「……みんなを笑顔に?
「授業かよ」
「……街を綺麗に?」
「お前の言いたいことはわかったよ」
はぁ、とため息をつくカズシは笑っている。
「ったく、お前の頭、いつの時代で止まってんだろうなぁ」
俺の頭をぐしゃぐしゃにして、カズシは笑った。しばらく笑ってから、一言。
「チーム名、どーする」
「え」
「ちゃんと活動するならつけないとな、マミヤあたりもしっかり入れないとだし」
人数多いのがマシなとこだよなぁと腕を組みながら言うカズシを見ながら、そうか、チーム名か、と悩んでいた。
「どうだ?なんかいいのあるか?」
「………いや……」
「じゃあチームシドウ(仮)」
「わかった」
「いいのかよ」
マジで?と言うカズシに頷いた。他に良い名前も思いつかなかったし、わかりやすくていいじゃないか?
「……いいなら、チームシドウで広めるからな。いいんだな」
「あ、ああ」
何度も確認をされるうちに不安になってきたものの、まあいいかという気分になった。
「んじゃ、街を綺麗に、人を笑顔に、チームシドウが始動ってわけだな。……シドウが始動………ぷぷ」
何かぶつぶつ言いながらニヤついているカズシは気にせずに、俺は夜空を見上げる。明かりが多くて星は見えづらい。雲は少ない。
これでいいのかわからない。特に強い意志も目的も、きっと本当はなくて、ただもう少しここにいたいだけなのだけど。
まあ、俺は馬鹿だから、道を踏み外しても仕方が無いよな。
弟の顔をちらりと思い浮かべたが、申し訳ないと思いながら振り払った。
◆
家に帰り、脱力してすぐ居間で寝入ってしまったガタイの良い青年を放ったまま、俺は外へ出た。物音くらいじゃ起きないだろうが、一応気を使って、優しく扉を閉める。
非常階段をあがり、屋上を目指した。夜の生ぬるい風を受けながら、俺は持ってきたスマホをいじった。
何日も前に手に入れていた情報だ。木下紫導、と画面に表示される。タップすると、名前年齢はもちろん経歴も趣味も特技も何もかもが並ぶ。これでシドウって読むのかよ、と思ったけど、戸籍上だと木下紫萄。まさか自分の字間違ってるんじゃないだろうな、あいつ。
イヤホンを耳につけて、スマホのジャックに端子を刺しながら「このイヤホンいくらしたと思う?お前多分びっくりするぜ」と思わず言ったところで、いまは一人だったと思い出した。……まったく、人といるのに慣れるのはよくない。いつかやらかすな、俺。
北地区在住。冷抄高校三年生二回目。交友関係は浅く広く。現在行方不明とされており、北地区では弟が一生懸命探してるんだとか。……警察が機能しない上、向こうにはここみたいに大きな勢力の基地もないから、動くなら自分しかいないんだろう。平和な故に不便だ。
木下紫導の一つ違いの弟の名前は咲羅。これでサクラか。表示された連絡先を見ながら、とりだしたガラケーで番号を打ち込んでいく。あ、あ、と何度か声に出して、イヤホンから流れる声……ずっと録音していた音声を聞いて、調整する。
イヤホンを外す。あー。いい感じだ。んでもって、もっと自信ない感じで。ぼそぼそと。ほら。俺はシドウになってきた。俺、シドウ。好きなものは睡眠。あと肉。あとミヅキちゃん。
屋上のコンクリートの上に腰を下ろして電話をかけた。三コール目で『……はい』と、疲れきったような、自信無さそうな声が出た。少し息を吸って、はいて、間を置いて。サクラか?と恐る恐る聞くと、相手が息を呑むのが聞こえた。それから、一呼吸置いて。
『このバカ、どこほっつき歩いてるんだよ!』
ケータイから耳を離した。激しい音割れが止まない。
シドウ、お前の弟キッツイなぁ。
◆
「だっさ」
一言で終わってしまった。少し傷ついた。隣でカズシが笑っている。目の前で腕を組む金髪の少女は、これでもかというくらい眉間にシワをよせてこちらを見上げ、睨んでいる。
翌日の昼。どう連絡を取ったのか、カズシが近くの公園にミヅキを呼んでくれたのだった。相変わらずの制服姿。俺たちはカズシのタンスの中の服をテキトーに着ている。
「なーにがチームシドウですか。だっっさ。ナンバーツーになれって言ってきたかと思えば、今度はクソダサチームに入れってことですか。もちろん嫌ですけど」
クソダサチーム。少し傷ついた。俺の顔を見てカズシがまた笑う。
「だから言っただろ?チームシドウはヤバいって」
「でもチームシドウはお前が考えただろ」
反論すると、ミヅキの顔が険しくなった。
「はぁー?ああ、キャベツは中から悪くなるんでしたね」
「高尚な嫌味はわかんねーんだ悪いな、ってキャベツって俺のことかよ!ちげーよ」
「何言ってんの、どーみてもアンタの頭キャベツじゃない」
「どーみてもキャベツじゃねーよ!」
ミヅキとカズシのやりとりを見ながら、ロールキャベツ食いたいなと思った。カズシが不安そうにこちらを見ている。
ミヅキははぁ、と大きく息をついて、ベンチに腰掛けた。静かで、俺たちの他に人はいない。夏の日差しが肌を焼く感覚がする。足を組んで座ったミヅキは、大きなため息をついた。
「だいたいあたし、不良の仲間になんてなりませんよ。あたしにはあたしで、やることがありますし」
「それじゃ困るんだよなぁ、なぁシドウ?」
ミヅキの視線がこちらに向く。俺は思わずカズシを見る。どういうことだ?と首を傾げると、
「何言ってんだ、ウチの活動方針の一つにあるだろ?みんなを笑顔に」
なるほど、と頷くと、ミヅキはぽかんとマヌケ面。俺は深呼吸して、一言。
「……俺はお前の力になりたいから、その」
肝心な時に気の利いた言葉は出てこない。勉強してりゃよかったな、とまた少し思った。悩んで、そして、言った。
「俺はミヅキのそばにいたいんだ、たぶん」
たぶんそうだ、と言い切ると、ミヅキは何度か瞬きをして、やがて呆れたように笑う。カズシは隣で口笛を吹いた。
「……そんな告白されたの初めてですよ、あたし」
一生懸命考えたはずだが、うまく伝わっていなかっただろうか。何か言い直そうとしたとき、「いいですよ」とミヅキが言って、立ち上がった。一歩俺に近づいて、俺を見上げて微笑む。
「そんなに言うなら側にいてあげてもいいですよ。でも、もっとマシなチーム名つけてくれなきゃ、やです。流石に」
「マシなチーム名……」
「じゃーミヅキちゃんはどんなのがいいんだよ」
「そうねえ……ナントカ連合会みたいなの不良で多くないですか」
「それこそクソダサくね?」
「れんごうかい?」
俺が聞くと、二人とも言い合いをやめてこちらを見た。
「……いや、俺のとこ、冷北連合会だったなって思って……」
「……シドウさんチームあるならそれでよくないですか?」
「いや、ダメだ、あれはサク…弟に騒ぐなって言われたから、結局みんなで深夜に掃除してるだけで」
「お前どこでもそんなことしてんのかよ」
「……まあでも、チームシドウ?よりは、ナントカレンゴウカイのほうがよくないですか?」
「……そしたら付いてきてくれるのか」
「しょーがないですからね」
そうか、と呟くと、そうです、とミヅキは頷いた。
「じゃあ、レンゴウカイにしよう」
「……………あ、そこだけ?何の連合会なんだよ」
「………何の?連合?………そういえば連合ってどういう意味」
「……まあシドウさんなので仕方ないですね。レンゴウカイ。いいでしょう。入ってあげなくもないですよ。高待遇を希望しますけど」
ん、と差し出された小さな左手を反射的に両手で握った。そしてすぐ離れる。俺は思わず、ミヅキの手が触れた俺の手をすこし見つめていた。
「とりあえずこれで第一目的は完了だな」
な、と背中を叩くカズシに頷いた。じゃあ、あたし忙しいんでこのへんで、と立ち去るミヅキは、さり際に俺に軽く頭を下げて「お疲れ様でした」と言っていく。仕事、だろうか、と思った。昼間から。
「……次、マミヤたちに会いに行くか?レンゴウカイの挨拶ってことで」
「………付いてきてくれるかな」
「馬鹿だな、いまこの街の不良はお前に逆らえねーんだって。逆らったらほら、アレ、俺みたいにぶん殴ればいいだろ?骨折れるから」
「…キョウはカズシよりは強かったと思うけど」
なんだよそれー、と言いながら歩き始めるカズシの隣を歩く。今日はたぶん、こうやってみんなに会いに行くことになるとカズシが言っていた。そうやって、作り上げるらしい、俺の組織を。
ミヅキのそばにいたかった。街を出たくなかった。家に帰りたくなかった。カズシのそばにいたかった。カイトとの約束を破りたくなかった。セイラにまた会わなければと思った。そして、高橋組とも、きっといつか。
目的も何もかもがふわついていたが、難しいことを考えられない頭では不安も過ぎらなかった。
……別の、弟の顔なら浮かんだが。
「そいやシドウ、お前の弟さ」
考えていたことを当てられたようで、俺は思わず少し跳ねた。カズシは構わず続けた。
「元気でやってるならいいってさ」
「……え?話した、のか?」
「そう言ってた」
「サクラが?知ってるのか?」
足を止めてカズシを見たが、カズシは短く返事をして頷く。
「……俺のこと、話したのか?」
「まあなんか、いい感じにな」
「……その、なにか」
体がこわばるのを感じた。体温が冷える。幻滅したのではないだろうか。呆れたのではないだろうか。まだ怒っているだろうか。
考えていると、ぺちりと音を立てて平手が俺のでこにとんできた。
「ちゃんとそのうち帰ってこいってよ。あとはほら、気にすんな。俺を信じろよ」
昨日大変だったんだから。ぼそりと呟いたカズシには、深く聞かないことにして、頷いた。
「よくわかんないけど、ありがとうな、カズシ」
「まあーな。ナンバーツーなんで!役に立つんで俺」
おどけた調子で言うカズシと笑いながら歩いていく。
照りつける夏の日差しと蒸し暑い風。照り返しの光。その全部がいつもなら煩わしいはずなのに。
俺はただ、何かが始まったというすっきりした気分になっていた。
【れんごうかいのろく おわり】
【れんごうかいのなな に つづく】
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