第一章 少年期

第九話 ライムバッハ家

 どうやら俺は転生したようだ。

 これで、パソコンがあれば、またプログラムができる。地球ならどんな田舎でも、なんとかパソコンを入手できれば、プログラムができる。


 しかし、まだ産まれたばかりの赤ん坊である。それこそ自分の周りを把握するので必死だった。どうも、海外らしい事は解った、言葉も自分が知っている言葉ではない。

 なんとなく、規則性がありそうだという事は理解できるが、解析するための情報が不足していた。言葉は、もう少し自由に移動できて、指差し確認をしながら覚えるしかない。

 乳児だって事もあり、基本は母乳で育ったが、乳母に預けられて、母親は朝と夕方に顔を見せに来て、抱きしめて乳母に状況を尋ねている。・・・感じだ。

 父親らしい人物は、週に一度くれば多い方で、基本的には顔を見せない。父親も母親も、かなり地位が高い人のようで、乳母を始めメイドやお手伝いさんが多数居る。どうやら、”いいところ”に転生したようだ。


 転生してから、数ヶ月が経過した時に、俺は驚くべき物を目にした。


 夜に起きた時に、メイドの一人がランタンに火を付けた。ランタンって事は電気がないのか?そんな疑問も出てきたが、それよりも、メイドが何もない所から、何か言葉を綴った。その瞬間に、指先に火が灯って、ランタンの油が燃えだした。最初は、目の錯覚や勘違いだったのだろうと思ったが、数回そんな場面を目撃した。

 1回だけなら勘違い。

 2回目撃したら、まだ気の所為。

 3回目撃したら、確信に・・・。

 4回目撃したら、間違いない。


 魔法がある世界だ!


 地球上で魔法が使える地域や民族が居るという話は聞いた事がない。もしかしたら、国によって保護されていて、魔法が使える一族が集落を形成しているのかもしれないという考えもあったが・・・・。それよりももっと明確な答えがある。



 魔法がある世界に・・・。俺は、異世界に転生したのだ!



 早く魔法を使ってみたくて、乳母達がいない時に、いろいろ試行錯誤したが、まだ言葉も喋られない俺では魔法は発動しないようだ。

 ゲームとかでよくあるステータスを見る事も出来ない。あれも出来ない。それも出来ない。乳母から食事を貰って、排泄して寝るだけの生活が続いた。思考をする事ができるが、すぐに眠くなってしまう。泣くのを我慢しているが、意思とは関係なく泣いてしまう事もある。


 そんな俺でもできる事があった。調べたい物を見つめて”調べる”と念じると、調べたい物の上に透明なウィンドウが開いて、情報らしきものが表示される。困った事に、このウィンドウに表示される文字が読めないのだ。

 しかし、この情報らしき物を表示される事が、誰でもできる事なのか、俺にしか出来ない事なのか解らない。それに、人を”調べる”とやっても”ビィビィビ”と出来損ないのBEEP音が鳴るだけだ。


 何か、規則性のような物がないのかを、目に入る物を調べることにした。幸いな事に、見える範囲に意外と物が多い事もあり、文字の規則性はなんとなく理解出来始めてきた。


 しかし、困った事が発生した。

 俺が最初に”調べた”のは、自分にかかっている”布団”だ。

 最初は、ヌぅろゥトぉとォと表示されていた物が、何度か”調べる”を行っていたら、シぃんォのいヌぅろゥトぉとォに変化して、さらに枕や敷布団を”調べる”を行っていたら、シぃんォのいヌぅろゥトぉとォとの表示の他に『てちすちこにオぉてェからみらネぇうぅニぃのぉ/てちしちオぉてェのなみらネぇうぅ』などと表示されるようになった。情報が増えるのはいいことだが、規則性を調べる事ができなくなってしまった。


 そんな”調べる”だが、いろいろ調べる事で、”調べる”回数が増えていく事が解った。最初の頃は、4~5回で眠くなってしまったが、今では、連続で20回程度”調べる”を行っても眠くなる事はなくなった。


 どのくらい経ったのだろうか、1年位は経過していたのだろうか?

 子供の時の記憶など無いが、ハイハイで動ける上に、離乳食も食べ始めている。すこし前から、乳母が夜になると、本を持ってきて、読み聞かせをしてくれる。

 そのおかげで大分言葉も解ってきた。指差して、”なにこれ”と聞くと答えてくれる様になってきている。

 まだしっかりとした発音は出来ないが、コミュニケーションが取れる喜びを感じる事が出来ている。


 いつもの同じように、乳母が読み聞かせを来てくれている。

 その時に・・・。


異世界日本語変換スキルを取得しました。パッシブスキルです。アクティブにします”

”スキルを隠蔽しますか(はい/いいえ)”


 と、頭の中に響いた。


(はい)


 咄嗟に答えた。スキル?なんだ、今のは?

 乳母がこっちを見ている。


「坊ちゃま?アルノルト坊ちゃま?」


(言葉がはっきりと解る。スキルってそういう事か?喋れるのか?)

「ママ?」


 違うのは解っているが、照れくさい。その上、なんて話していいのか解らない。


「!!奥様。奥様。アルノルト坊ちゃまが・・・」


 隣の部屋に乳母が駆け込んでいくのが解った。


「なんです。ルグリタ。アルノルトがどうしたのですか?」

「はい。奥様。坊ちゃまが、私の事を”ママ”と・・・」

「本当ですか?」

「はい。間違いありません」


 乳母と母が部屋に入ってくる。

 言葉を話さなかったのがよほど心配だったのだろう。


 母は、すこしだけ慌てた感じで、俺の所に来て、

「アルノルト。わたくしが、貴方の母親です。ママですよ」

「ははおや?ママ!!」


 どう答えていいのか解らない。

 どうやら、俺の名前は”アルノルト”というらしい。


「そうです。私が、貴方のママの、アトリアです。この子は心配させて・・・。ルグリタ」

「はい。奥様」

「うちの人を呼んできて、まだ書斎に居るでしょう」

「はっはい。かしこまりました」


 乳母の名前は、ルグリタと言うらしい。

 どうやら、父親を呼びに行くようだ。


「アルノルト。良かった。貴方は、ライムバッハ家の長男なのですからね。良かった。喋る事が出来なければ、魔法も使えない。どうしようと思っていたのよ」

「ママ?」

「大丈夫。これから、いろいろ覚えていきましょう」


 頷く事で、意思を伝える。

 あまり多くの言葉を喋って、疑われても困る。それでなくても、こちとら47歳の中年男性だ。

 それに、どこまで通じるのかも解らない。日本語の言い回しのまま伝えて意味が違ったりしたら困る。


 ドアを開けて、父親らしき人物と先ほどの乳母が駆け込んできた


「アトリア。本当なのか?アルノルトが喋ったのか?」

「はい。あなた。わたくしの事を”ママ”とはっきりと・・・」


 抱きかかえていた俺を父親に渡したようだ。


「そうか、良かった。俺の子が”話せない”では困るからな」

「はい。あなたに似て聡明な魔法師になります。はっきりとした口調で”ママ”と言ってくれました」

「そうか、アルノルト。俺が、おまえの父親のエルマールだ。解るだろう?”パパ”だ」


「ちちおや?パパ!」

「そうだ。パパだ。そうだ、アルノルト”火の精霊よ。指先に集まり、火を灯せ”と言ってみろ」

「あなた。まだ無理よ」

「わからんだろう。俺とおまえの子供だぞ!」


それが呪文なのか、この年で詠唱とか恥ずかしいな


「ほら、いいか一度やるから見てみろよ」


 父親は、人差し指を出して、詠唱を始めた。”火の精霊よ。指先に集まり、火を灯せ”その瞬間に、指先にマッチを擦ったときのような炎が上がった。

「いいか、魔力を指先に集めて、火が燃えるイメージをするのだ。いいか・・・」


「あなた。まだ、器調べもしていないのに無理ですよ」

「ははは。言われてみればそうだな」


「ひのせいれいよ、ゆびさきにあつまり、ひをともせ」


 力がごそっと抜かれて、指先から大きな青白い炎が上がった

 次の瞬間、炎が消え。


 遠くで、母親と父親と乳母が何か叫んでいる声が聞こえたが、俺は意識を失った。


 次に目を覚ましたのは、周りが明るくなってからだ。

 心配そうにしている、ルグリタの顔が目に入る。


「るぐりた?」

「旦那様。奥様。アルノルト坊ちゃまが目を覚まされました」


 二人が駆け寄ってくるのが解る。

 心配させてしまったようだ。


「アルノルト!」「アルノルト」

「パパ!ママ!」


「良かった。やはり、魔力欠乏症だったのだな」

「あなた」

「あぁ解っている。アルノルト。昨日の言葉は、俺がいいと言うまで口にしてはならない」

「・・・・うん」


1才児の言葉遣いなんてわからん。


「よし、アルノルトは賢い。俺を上回る魔法師になるに違いない」

「あなた!」

「そうだな。ルグリタ。頼むな。アルノルトが無茶をしないように見張っていてくれよ」

「かしこまりました」


 そうか、まだ身体が出来ていない時に魔法を使ったから、意識を飛ばしてしまったのだな。

 どのくらいから使えるのかとかわからないけど、暫くはおとなしくしておこう。


 言葉が解るようになっただけでも大きな進歩だ。

 それから、夜の読み聞かせの時に、ルグリタが読んでいる本を見るようにしている。知識欲がドンドンと育っていく。

 今は自重しなければ、そんな思いで日々を過ごしている。ご飯を食べて、寝る。時々抱かれて外を見に行く事が増えた事が大きな変化だ。やはり、想像していた通り、電気もガスもない。皆簡単な魔法は使えるようだが、人によって差が出ている。


 ”調べる”は今では何十回と行っても眠気が来る事がなくなった。

 試しに、夜だれも居ない事を確認して、教えられた詠唱を行ってみた。指先に炎が灯った。一瞬で消えることなく暫く灯っていた。そして、自然と消えて、また意識を失った。


 ルグリタが朝起こしに来るまでたっぷりと眠ってしまったようだ。

 その日から、毎晩検証を行った。感覚的な事でもあるが、炎が灯る時間が徐々に伸びているように思えた。最初の頃は数秒だった物が、今では数十分灯していられる。感覚的には、30~40分だ。その間、息を吹きかけようが、腕を振り回そうが消える事はない。

 最後に意識を失うのは同じだ。これでは、使い勝手が悪い。メイド達を観察していると、詠唱の時に、精霊の後に、”xxの魔力にて”と、詠唱している。もしかして、これはゲーム風にいうとMPの量なのか?

 その夜に試してみる事にした


”火の精霊よ5の魔力にて。指先に集まり、火を灯せ”


 指先に火が灯った。そして、感覚で5分程度火が灯ってから消えた。この検証結果から、魔力1で1分程度火が灯る事が解った。

 意識失うまで火が灯った時は、魔力が無くなったのだと仮定した場合に、俺の今の魔力は35~40程度ある事になる。これが多いのか少ないのか解らない。


 ただ疑問なのが、同じランタンに火を灯すという作業でも、メイドによって詠唱が違う事があるのだ。具体的には、数字の部分が若干違うのだ。1だったり、多いものだと7だったりする。継続する火もマッチ程度の時間2~3秒程度がほとんどだ。俺の場合、1の魔力での1分近く灯る事を考えると、何か違う要素があるのだという事だ。でも、詠唱には違いは見られない。試しに、


”火の精霊よ0.01の魔力にて。指先に集まり、火を灯せ”


 とやってみると、1秒位の間、灯って消えた。

 次に、日本にいた時に読んでいたWeb小説の中の定番である。”魔法はイメージ”を実験してみた。火が燃えるイメージを持ちながら、詠唱した。火が一瞬だけ大きく燃えて、消えた。一度だけだと違う可能性があるので、今度は、同じ詠唱でイメージを高温の炎をイメージした。青白い炎が出て消えた。イメージを反映しているのは間違いない。ただ、イメージは曖昧な物でも大丈夫な様だ。今度は、詠唱を口に出さないでやってみた。


 驚いた事に、炎が出た。

 この事から、詠唱は必ず必要ではなく、イメージを補完する為の物だという事が解った。また同じ魔力の量でも『弱く長く』と伝えると、灯る時間が長くなる。

 次に詠唱を工夫してみる。


”火の精霊よ1の魔力にて。目の前に集まり、空気を燃やせ”

 と、やってみると、イメージでは1m先の空間に炎が出るような感じでの詠唱だが、イメージ通りに一瞬だけ炎がでて消えた。


 魔力1だと1分位継続するイメージだったが、空気を燃やせとした為に、俺の中では、空気は一瞬でなくなってしまうと考えてしまったので、炎が現れて消えてしまったのだ。

 そう結論付けると、いろいろ出来そうな事が解ってくる。

 イメージした通りに現象が発生する。ただし、そこに魔力という力が加わる事で、一定の交換法則が成り立っているのではないかと考える事ができる。

 ようするに、入力・・・インプットのパラメータだと考えられる。それを、だれにお願いするのかが、”火の精霊”だ。ちなみに、”水の精霊”とか”土の精霊”とか言葉を替えてみたが、魔法は発動しない。それは、精霊という物が存在していて、実現不可能だからエラーになっているのか、俺自信が、水で火をおこす事に矛盾を感じているから發現しないのかは解らない。”指先に集まり”とか言うのが場所やポイントの指定なんだろうという事は想像がつく。その後に続くのが命令や事象のアウトプットなのだろう。


 そう考えると、魔法がプログラムの様に思えてくる。

 違うのは解るが、いろいろ実験してみたくなる。


 俺は、こんな楽しい実験をしながら、いつのまにか3歳になっていた

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