第十話 測定式

 俺は、3歳になって、本格的な勉強を行う様になった。

 本格的と言っても、日本で受けてきた教育に比べると楽なものだ。

 『算数レベルの計算』『文字の読み書き』あとは、ライムバッハ家の事だ。


 日常会話には困る事は無い。困らないのが困ってしまう。まずは、3歳の子供がどういう話し方をするのが一般的なのか解らない。

 考えてみて欲しい、中身は50歳にもなる爺だ。3歳の頃の記憶なぞない。それに悪い事に、同い年位の子供もいない。周りは、父親と母親を除くと、乳母と数名のメイドしか居ない。話し相手も同じだ。

 それも、基本敬語で話しかけるので、それが普通になってしまっている。乳母とメイドの会話を盗み聞いた感じでは、俺はおとなしくて言葉が少なく聞き分けのいい子供だと思われているようだ。

 確かに、ボロが出ないように喋る事は殆ど無い。


 生活が大きく変わったのが、妹が出来た事だ。

 妹の名前は、”ユリアンネ”だ。大きくなれば、美人に育つ事間違いなしだ。


 俺の容姿も、父親と母親のいいとこ取りした感じだと言われている。

 今は、まだ美少年だが、そのうち格好良く育つこと間違いない。この世界の平均が解らないが、なかなかのものだと思う。

 体型は今のところ平均的なのだろうと思うが、父親も母親も、乳母やメイドや料理長と比べても、身長が高い。この世界の平均よりは高くなりそうだ。

 ただ、一つだけ気になるのが、父親と母親共に金髪なのに、俺は銀髪だ。どうやら、父親の父親。祖父が銀髪だったようだ。その隔世遺伝だと言っていた。

 そして、個人的に気に入っているのが、右目が黒で左目が青の金銀妖瞳ヘテロクロミアな所だ。両親は、父親が黒目で母親が青目だから、母親の浮気が原因とかではない。

 父親と母親の会話を聞いた限りでは、金銀妖瞳ヘテロクロミアは魔眼持ちが多く、”見る”事に特化したスキルが芽生えるのだという。これは、商売人だけではなく、魔法師としても得難い資質だという。相手が展開している魔法を”見る”事が出来れば、対抗する事もできるからだ。自分で言うのもおかしいがチート的な能力の様だ。前世でプログラムの解析やハックをやってきた事が影響しているのか?まぁ使える事には間違いなさそうだ。それから、俺が幼児の時から行っていた”調べる”も殆どの人が出来ないようだ。


 さらに、妹が出来た事で、”手のかからないお兄ちゃん”である事を求められるようになっている。

 したがって、外に出ないで部屋に篭って勉強をしていても変に思われない。父親の書斎に入って、本を読み漁ってもすこしだけ不思議には思われるが、怒られることはなかった。

 父親の書斎には、歴史や文化の本は大量に置かれていたが、”魔法”に関する書物を見つける事が出来なかった。多分だが、俺が書斎に入っている事を、知った父親か母親が”魔法”に関する書物を別の場所に移動させたのだろう。


 4歳になった時には、この世界の事と自分が置かれている状況をある程度だが、把握する事が出来た。


 ライブバッハ家があるのは、アーベントロート王家が治める王国内だ。王家の居城があるのが、王都デルフォイで、王都はアーベントロート王国だけでなく、この大陸の首都だと言っても過言ではない。大陸の中心に位置していて、商取引だけではなく、文化や政治の中心でもある。

 やはりというか、魔物が存在している。魔物に他にも、亜人と言われる。エルフ族。ドワーフ族。ホビット族。獣人族。と言われる種族が居る。基本的に、コミュニケーションが取れれば、魔物に分類されないようだ。

 魔物の種類も、地上に居るのは、魔素に侵食された動物が魔物化した場合がほとんどのようだ。各地には、ダンジョンも存在しているらしいが、中には魔物化した動物やアンデットが居るだけのようだ。ゴブリンやオークと言った魔物は、魔族と呼ばれている。まとまって集落を作っているらしい。魔族は”魔素”に侵された人族だと書かれている書物もあり、実態は解っていないらしい。色々な書物を読み漁ったが、断定的にかかれている物が少なく、”の様だ”とか”だと言われている”とか”と考えられている”と言った記述になっている。実際に、見て見ないと何もわからないと言うのは、こっちでも同じだと思う事にしておく。


 動物でも魔物でも、魔族でも、亜人や人族でもない存在も確認されている。


 ダンジョンは不思議空間で、迷宮の様な階層を拔けると、草原が広がっていたり、急に沼や湖が広がっている場合もあるのだという。そんなダンジョンを管理しているのが、冒険者ギルドと呼ばれる互助会だ。互助会ギルドは、他にも商人ギルドや職人ギルド、魔法ギルドが、存在している。それらのギルドをまとめているのが、総合ギルドと言われる組織で、これはアーベントロート王国が運営資金を出している。互助会としての意味合いが強いギルドは、国と利益が相反する事も多く、独立独歩の気風が強い。

 特に、冒険者ギルドは国に管理されることを”よし”としない。アーベントロート王家の3代前の国王が、そんなギルドのトップを説得して、国との情報交換や連絡窓口になるように、総合ギルドを設立した。設立時に、アーベントロート王家は、ギルドに対して金は出すけど口は出さない事を明言した。そんなことも有って、各ギルドの本部はアーベントロート王国の首都であるデルフォイに存在している。


 政治体系は、君主主義なのは間違いないが、絶対君主制ではないようだ、貴族院があり、各貴族の代表と王族が議会の様な感じで政治を行っている。国王は、最終決定権を持っているが、議会が出してきた物を承認する形になっているようだ。

 そこで、我がライムバッハ家は、5家ある辺境伯の一つになっている。もちろん、貴族院にも議席を確保している。

 辺境伯という称号から解るように、アーベントロート国の辺境の一つを任されている。隣国・・・国と言っていいのか解らないが、大河を解った先は、魔族が住まう場所になっている。数年に一度、魔族の王が産まれそれが、渡河して来る為に、情報収集や辺力維持は必要な状況らしい。


 ライムバッハ家は、父親で6代目だという事だ。

 魔法師としても優れていて、次の宮廷魔法師になれるのではないかと言われていると、メイド達が話していた。

 ただ、父はライムバッハ家の領内を安定させる事に重点を置いていて、宮廷魔法師になるとして、息子(この場合は俺だけど)がライムバッハ家を継いでからだと言っているらしい。親ばかなのか、よくわからない状況になっている。そして、その父だが、宮廷に敵が多いらしい。特に、王弟派とはソリが合わないのか、何かと言われているらしい。そんな事もあって、父は宮廷や議会には顔を出すが、貴族社会で行われる事には基本参加していないようだ。


 そして、そんな父親を頼っていろんな人達が家に訪れる。その中には、そのまま食客となって我家に逗留する者も出てくる。

 そんな中に、クラーラとなる女戦士が居た。元々は、どこかの国の近衛兵だったらしいが、大貴族のバカ息子に求婚されて、それを断ったら閑職に回されて、頭にきて辞めてから冒険者になったのだと笑いながら話してくれた。

 今はその冒険者の仕事でライムバッハ家の領地に訪れていて、そのままライムバッハ家の食客になったのだと笑っていた。


 そして、なぜか俺の事を気に入ってくれて、俺に剣を教えてくれる。

 剣だけではなく、このクラーラさんは刀や槍や弓も使えるらしく、剣術、槍術、刀術、弓術の一通りの基礎を教えてくれる。

 まだ4歳になったばかりで身体も出来上がっていない為に、基礎体力を付ける訓練からやらされているが、それでも、魔法師になるにしても、体力は有った方がいいだろう。

 母は最初の頃は渋っていたが、父に体力は大事で、神殿巡りの前に行っておくと良いことがあると言われて、渋々承知している状況だ。

 俺は、日本に居た時には、やらなかった事がが楽しくて、色々試しながらやっている。”術”には、”技”と呼ばれる物があり、魔法のようにも使う事ができるのだという。

 クラーラさんも幾つかの”技”が使えるので見せてくれた

 ”剣の精霊よ10の魔力にて、我のけんに集いつるぎとなれ”

 そう詠唱した瞬間に、剣が光りだした。その剣で庭に備え付けていた藁の束に斬りかかると、簡単に両断されたように見えた。


「坊ちゃまは、魔法の素質があるらしいな」

「うん。それから、何度も言っているけど、”坊ちゃま”は辞めて欲しい。アルと呼んでくれればいい」

「はい。はい。坊ちゃま。それでですね。魔法の素質があるのなら。”術”を使う時に、魔法を絡める方法もあるのですよ」

「へぇ~クラーラさんはできるの?」

「残念ながら、私には、魔法師として精霊と会話する事が出来ませんので・・・」

「そうなのですね。僕も、まだわからないからな」


 そう。どの精霊と親和性が高いのかは、教会巡りをして精霊との親和性の測定式を行わなければならない。測定式の結果は、ステータスプレートに記憶されて、本人しか確認出来ない事になっている。

 ステータスプレートは、精霊との契約が出来た時に使えるようになるのだと書かれていた。この世界では誰しもが精霊との契約を最低一つは持っている。精霊との契約がなければ魔法が使えないとなっている。俺の場合は、少なくても魔法が使えているので、契約はできるだろうと思うが、何度念じてもステータスを見る事が出来ない。そこに一抹の不安を感じる。


「それで、クラーラさん。どんな感じで詠唱するのですか?」

「私も使えるわけじゃないからわからないけど、前のボスが使っていた時には」

”火の精霊よ5の魔力にて、剣の精霊に火の力を渡せ”

”剣の精霊よ5の魔力にて、火の精霊の力を剣に宿せ”

「って感じだったと思う」


「へぇ・・・」


 俺は剣を構えて、

”火の精霊よ。5の魔力にて、剣の精霊に火の力を渡せ。剣の精霊よ、火の精霊より渡された火の力を、5の魔力にて、火として剣に纏え”


 すこしアレンジを加えてみた。魔法はイメージだと書かれていたので、俺がより理解イメージできるように詠唱してみた。


 すると、剣先から徐々に炎があがって、柄の寸前で止まった。

「出来た!」

「なっ坊ちゃま。なんで剣の精霊との契約も・・・・え?なんで?」

「クラーラさん。すごい。炎剣が出来たよ。切っていい?」

「え?あ。うん。いいよ。あれ切ってみて」


 指さされた物は、さっきクラーラさんが切った藁の束だ。

 俺は、そこまでダッシュして炎剣でわらの束を切った。

 何の抵抗もなく、本当に豆腐を切るように刃が入っていく、この世界の剣は”切る”のではなく”叩く”様なイメージだが、この炎剣は”切る”が正しい用語だと思える。

 切られた藁の束は、そのまま燃えてしまった。もう一つの藁を地面と水平に切ったが、同じように豆腐を切るような感じだ。そして、藁はやはり一瞬で燃えてしまった。


 炎剣が消える様子が見られないので、キャンセルする事にした。

”剣の精霊。火の精霊。力を開放せよ”


「え?魔法をキャンセルした?」

「え?出来ないのですか?」

「いや・・・私が知らないだけかも知れないから・・・。ねぇ坊ちゃま。誰かの前で魔法を使うのはもう少し待ったほうがいいかも知れないよ」

「あっはい。解りました。ありがとうございます」


 それから、剣術も魔法と同じでいろいろ工夫が有ったり流派みたいな物がある事を教えてもらった。

 詠唱もそれで違ってくるが、初級では問題なく発生出来る事が多いが、中級以降では言葉の意味やイメージがしっかり出来ないと発動しない場合が多いのだという。それが秘伝となって、伝わっていくのだと言っていた。


 クラーラさんや、他の食客の人たちから剣術やこの世界の事を教えてもらいながら更に一年を過ごした。


 5歳になった俺はクラーラさん達のおかげで身体も出来てきている。両親からの遺伝なのだろうか、5歳にしては身長が高いように思える。

 メイドに言わせると、喋り方が5才児だとは思えないという事だ。それに関しては、申し訳ないとしかいいようがない、こちとら52歳のじじいだ。


「アル。準備は出来ているか?」

「はい。父上」


 今日は、イケメソの父と一緒に教会を回る事になっている。

 本当なら、幼年学校に入る年齢の時に、行う測定式だが、食客達の強い後追しがあり、一年前倒しにするようだ。

 高々一年と思っていたが、クラーラさんが説明してくれた事によれば、自分のステータスが解ればそれだけ伸ばす方向が明確になるのだという。それに、精霊との会話もしっかり出来るようになるので、もっともっと魔法が上手に使えるようになるのだという。


「アル。準備は大丈夫か?」

「はい。」


 父から言われた”準備”は、今更するような事はなかった。

 教会への挨拶の方法や精霊との契約の方法を確認するだけだ。


 父に連れられて、最初に訪れたのは、”精霊神”を祀っている教会だ。

 精霊神は必ず契約が出来るのだと言われている。これで、ステータスプレートが閲覧出来るようになるのだと言っている。その為に、通常だと1,000ワト程度必要な拝観料だが、精霊神教会は、100ワトで受け付けている。父は、領主という事も有って、教会に拝観料だけではなく、お供え物を相手に渡している。教会は、それで孤児院の運営を行っている。


「アル。早速、測定式を行う。」

「はい。」


 言われたように、教会の中央まで行き、拝殿する礼を取る

”アルノルト・フォン・ライムバッハが願う。精霊神よ。我に力を”


 精霊からの返答はないと言われている。しばらくすると、精霊神の加護が宿り”ステータスオープン”が使えるようになると言われている。


『クスクス』『クスクス』


 ん?誰だ?

 笑っていいような場所ではないと思うけど・・・。


『あ!やっぱり、聞こえるのだね。』『聞こえるみたいだね。アリーダ様が言った通りだね。どうする?どうする?』

『僕は賛成だよ。ねぇねぇ。君。名前は?』『名前は?』


 俺の事を聞いているのか?

 アリーダ様って精霊神様?


『そうそう。君だよ。君』『アリーダ様は、アリーダ様だよ』


 あっ。俺は、アルノルト・フォン・ライムバッハ。


『あっそう・・・違う。違う。本当の名前だよ』『あるでしょ。名前!』

『覚えているのでしょ?アリーダ様が言っていたよ。僕達の声が聞こえた者は、”てんせいしゃ”だって!』


 え?

 どういうこと?

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