第12話 サモントレーナー

 数分後、コーデルがエクレツェア本部の中央会議室で通信機片手にぶーたらぶーたら言っていた。

「きみぃ、詠嘆くんヨォ。本当にこの台本で演説するきか? 世間的にもやばいんじゃないかな、多分ネットには乗るよ?」

『いいんだよ、エンターテイメントを重視するとたいていこうなる』

「やっぱりアホだなきみは、100年前からアホだったよ」

『何言ってんだ、俺たちあってからまだ5年も経ってないだろ』

 そして、ゴールデンデザート大学では、よしきが教卓に立っていた。

 ドリルの中のようなその空間は、果てしない下から見れば果てしない天井を、上から見れば底なしの床を思わせ、無性に喪失感を与えていた。

 まだ、誰もいない。

 その空間で、よしきは前例に習い演説のリハーサルを始めるのだ。

 彼の頭の中には、リハーサルに二日間持ち雨やしたTI企業のCEOの顔が浮かんでいた。


 大学の南。ここにはキシヨが護衛に訪れていた。

 しかし、よしきから聞いていなかったが、楽しんでこい、の意味がようやくわかる。

 目の前にはサーバントを扱う学生たちが先頭の訓練をしていたところだ。


「いけ! きりきり舞い!」

「ダークアリゲーター!」

「スパイダーキング! 出動だ!」


 目の前にかわいいが物騒なカワウソ、深緑の巨大なワニ、カラフルでまるでピエロのような大きなクモ。

 彼らはサバイバル形式で誰か一人になるまで戦い続けていた。

 よくよく聞くと、サーバントを従える主人はサモントレーナーと呼ぶらしい。

 キシヨはよしきのように鼻をほじりながら、

「なんか訴訟で負けそうな名前だな」

 それは触れないお約束だろ。

 話を続けるが、彼らが日々戦って鍛えているのは、チャンピョンシップに出る事でも武力として活動するためでもないという。

 皆に質問するとこう帰ってきた。


『マスターズに入るためだ』


 マスターズ。どこかで聞いたと思ったらキシヨが青年すがたのコーデルに教えてもらった単語だった。

 エクレツェアへの興味からか、時間が空いた今でも覚えていた。

 記憶の限りでは能力者の集団らしいが、それ以上は聞いてない。


「吠えろ、キングコング!」

 グオアアアアアアア!


 戦闘を繰り広げる動物たちの真上に大きな影が現れ、雄叫びが聞こえた。

 それは巨大なワニよりも大きく、きりきり舞いよりも早かった。

 巨大で茶色いゴリラのような拳がサーバント三体を一度に押しつぶす。

 砂場コリが舞い散り、地響きは音を立て皆が耳を塞いでいた。

 わずかに砂嵐を巻き起こして巨大な霊長類が着地してすがたを表す。

 体毛は全て茶色で筋骨隆々なすがたは、昔流行ったような凄まじい迫力で、サルとゴリラを足してにで割ったような顔と、明らかに知能があるその手の動きは、そんじょそこらの映画館では味わえない危機的情況を体感させる事ができた。

 キシヨは少し興奮して鼻の穴を広げる。

「これがサーバントならおれもいっぴきくらいほしいなあ」

 その言葉を笑う勇ましい声、それからだけでもかなり良い体格の持ち主である事がわかった。

「ハハハハ、少年。君もサーバントがほしいか?」

 キシヨに声をかけたのは案の定全身が鍛え抜かれたたくましい男性。

 これではどちらがキングコングかわからない。

 彼はタンクトップを一枚と黒のトレーニンショートグパンツを着用、胸はともかく股間がもっこりしていた。

 キシヨはそれに軽く引きながらも尋ねる。

「あんたもサーバントを使うのか?」

「あはは……聞かないでくれ……ごめん、言いたくないんだ」

「いったい何があったんだよ」

 鍛え抜かれた彼の顔は、サーバントのことについて聞かれると途端に悲しそうな顔になった。

 キシヨは思わずツッコムが、会話を続けた。

 話を聞くと、彼がディオグラディティの言ってたいこの大学で一番強い男だそうだ。名前はゴッサムだとか。

 確か、彼のサーバントは人間だそうだが……もう彼の顔が聞いてくれるな、頼むから聞いてくれるな、と悲しそうで仕方がない。

 哀れみの意味も込めて尋ねる。

「サーバント使いってのも大変みたいだな」

「……ああ、サーバント使いってモノは強力な生物を雇う職業なんだが、もちろん賃金が発生する。それは時に彼らの住まいの掃除であったり、食事代であったり、毛並みや体の掃除だったりするんだ」

「動物園の飼育員みたいなモンだな?」

「そうだ。だから、我々サモントレーナーは多様すぎるサーバントの世話をできるように検修も行うし、それぞれに合ったカリキュラムも組んでいる」

 よしきが入っていた面白いモノはこれだったのか、そう納得して話を聞いているとゴッサムが辺りを指差し始めた。

「ほら、辺りにはマスターズに入るために今日も訓練をしている仲間たちだ」

 キシヨが見渡すと、先ほどのワニやゴリラ以外にもライオンやキリン、狼などのどれもこれも巨大な生物を使役するサモントレーナーがいた。

 こんな暑い中でよくやるよ。

「いけ! 百獣の王(ハンドレット・オブ・ワン)」

「駆け抜けろ、金づち頭のキリン(ハンマー・ジィラフ)」

「孤高であれ! ワイルドウルフ!」

 動物園だな本当に。

「たちあがれ! ぬりかべロマンチック!」

 正気ですか?

 ともあれ、この砂漠には今たくさんのサモントレーナーがいて、サーバントもたくさん揃っている。

 ここまでくればディオグラディティの警護など必要ないようにも思えた。

 太一は暑い日差しを手で遮りながら、隣のゴッサムに尋ねる。

「マスターズってのはそんなにすごいのか?」

「ああ、すごいってもんじゃない。100年前にエクレツェアで起きた戦争も、彼らの手柄で鎮圧したという。それが起源となって、今やマスターズはエクレツェア最強の集団の一つだ」

「なるほどねぇ、あんたも相当強そうだが?」

「ああ、でもまだまださ。この大学で一番強いくらいじゃマスターズの力にはまだ及ばない。だから毎日努力して努力して努力、それを続けなければならないんだよ」

「そ、そうか……」

 太一は彼を面倒そうに見返した。

 努力努力とうるさい彼の言葉が、ここに来るまで努力して仕事をしていた太一には耳が痛い。

 そう、こんな暑い砂漠のど真ん中で、汗をかいては修行を重ねる目の前のサモントレーナーも、そのサーバントも、かなり努力を重ねているのだろう。

 そうやって挫折した太一だからこそ少しだけ思うのだ。

 もっと気楽になればいいのに、と。

 だが、太一にはそれを伝えるだけの技量も、強さもない。

 弱い人間に言われたところで、彼らは納得しないだろう。

 するとふと思った。

 詠嘆のエクレツェアならどういうだろう、と。

 きっと努力だけではやっていけないと教えるだろうが、よしきは太一にはない器量を持って優しく教える術があるのだろう。

 そう思った。よしきならどういうだろうか?

 こう言ってます。


『俺はなぁ、お前らみたいになんでも努力してきたと思う人間が大っ嫌いだからだよ! そういう奴に限って、人を蔑むクズだからだ!』

『いいかぁ? お前らのやってることはどれ一つ取っても努力なんかじゃねぇんだ! お前らより苦しんでる奴らなんざいくらでもいる!』

『結果がでねぇなら努力じゃねぇだ? だから俺は言ってんだろうが? じゃあお前は努力してその程度なんだな、と!』

『他人を数秒見ただけでよく努力云々がわかるもんだなぁ! だからカスって言ってんだよ!』


 太一はこうも思った。詠嘆のエクレツェア、きっとあいつなら人に手を差し伸べる優しさがあるはずだ。

 そうでなければ、太一がこの世界に来ることもなかったのだから、と。


『なにせ、俺にお前らを救ってやる必要は何一つねぇんだからよ』


 太一の過大評価は否めない。

 ゴッサムが彼の隣で、

「お前たちはディオグラディティの警護に当たっているらしいな」

「そうだが?」

「それなら、南じゃなくて北の警護をしたほうがいい」

「どうして?」

「大学の北にはコペッチの村がある。そこには強大なガンマンたちの組織がある。人はそれをエクレチアン西部劇と呼んで恐れているが、ディオグラディティは彼らから恨まれているはず。それも殺されそうなくらいにな」

「一体何をしたんだよ」

「詳しくは知らないが、彼らとの共同開発兵器の要をディオグラディティが奪っていったらしい」

「そうか、それは危険だな」

 ディオグラディティの優しそうな姿からは想像もできない話だ。

 要するに提携相手を裏切ったのだから、ただでは済まない。

 しかし、ガンマンたちが兵器開発とは、異世界もややこしいものだ。

 太一はよしきに言われていた言葉を思い出す。

「でも、俺たちで固めてるから、真上からの攻撃でもない限りこの大学は安全だって言ってたしなぁ。大丈夫だろ」

 ゴッサムも大学を振り向いて、

「確かに、周囲には俺たちもいる。『真上から攻めてこられない限り』大丈夫なはずだ」

 何この怪しい雰囲気。

 太一は日差しにばて始めた。上を見上げながら、

「ああ、本当に『真上から何か降ってこない限り』大丈夫だ」

 ゴッサムも肉体美を備える上半身をそらして上を見上げた。

「その通りだ、ましてや『上から何か降ってくるはずもない』」

 いい加減にしろ、フラグ立ちまくってるぞ!

 太一とゴッサムが上空の陰に気がつく。

「あ、あれなんだ?」

「岩?」

 見た目は小さな岩だった。

 空に漂うように落ちてきている茶色い小さな岩。

 だが、それは上空すぎるあまりに遠近法で小さくなった巨石だと知る頃には、辺り一帯がたくさんの隕石の陰で覆われてしまっていた!

「ば、馬鹿な!」

 太一が青ざめるがあれだけフラグを立てておいて新鮮な反応だな。

 ゴッサムもまるでこの世の終わりでも見るかのようだった。

 さあ、戦いの始まりだ。

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