第6話 仕方がない、物語を変更する
次の瞬間には大きな丸い机のある中央会議室に現れる。それもかなりだらしがなく椅子に腰掛けている。
この会議室は和帝の国にあった改築会議室とほとんど同じだ。丸机、バッキバキの床板。違うところがあるとすれば、砂壁がなくていろんなところに通路が繋がっているというところだ。
「うぇえ、疲れた」
● おれの方が疲れたよ、お前の彼女のおかげでね。
「今の間に状況は確認していた。マナが絡んでるとなると、おれも少しばかり本気を出さざるおえない」
● どうするつもりだ?
「マナに変換されたシナリオを修正する。まだ、物語に変化が出てないはずだ、変化が出るまでにこちらで手を打つ」
● わかったよ、過去に似たようなことがあったからね。
● おそらく、重大な変化は15分後だ。それまでに君の作戦を僕の頭にデータを送っておいてくれ。
よしきの声に子ども姿のコーデルが振り向く。彼は相変わらず穴の空いたジーパンを履いて、大人サイズの清潔な白いワイシャツをいて床に引きずっていた。
「ああ、待ってたよ。どうしたんだい、そんなに疲れて。また薬の副作用かな?」
「主治医曰くストレス、いつものことだ。早く要件を」
「そうそう、こんなものを見つけてね」
● どうやらコーデルはこのことに気がついてないようだな。
コーデルは机の上に飛び乗ると足元にとある手配書を並べた。
よしきは頭をだるそうに起こして細めで眺める。しかし、内容を確認すると慌てて飛び起きた。
「おい、ちょっと待てよ。これ社員が犯罪者になってるってことだよな?」
「その通りだよ、社長さん」
手配書には『ラムネ・フォートレス』という澄ました男の顔と、『ユーグリット・グランマガサン』という、たなびくような短髪の男が白黒で描かれていた。
よしきは頭を抱えるようにコーデルに尋ねた。
「こいつらって確か、キシヨ……いや、太一の知り合いだったよな」
「それどころか、同じ敵を相手に共に反乱軍として活動していたようだからね」
「一人一千万とは、えらく高額にでたもんだ」
「そんなことより、僕たちの会社の社員が犯罪者になっていることが問題だよ。速攻で株価下がるだろうねぇ」
よしきは首を横に振ると、
「こいつらはそれくらいわかってるだろう。何か裏があるんだろうが、一応こっちでも動いておくか。セントと鏡を向かわせろ。それでなんとかなるだろう」
その時、会議室の扉が開いた。
「失礼しまーす」
紙の束を抱えて入ってきたのはすみれが刺繍された紫の着物を着た女。黒いショートヘアがカールして童顔がより美しく見える。
よしきとコーデルは慌てて手配書を隠すのだった。
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その頃、会議室の少し離れた場所では。ユー・ユーとミーティアが机一つ挟んで向かい合っていた。
「うふふ、やっぱりかわいいわねぇ」
「う……。ユー・ユーさん、話って何すか?」
艶かしい声に顔を引きつらせて様子を伺う純粋な女の子。床まで届く赤い髪の毛は赤珊瑚のごとく華やかで、光沢としなやかさでは彼女の髪を上回る繊維はお目にかかれないかもしれない。
植物の絵が描かれたラフな布地のシャツと短パンを穿きこなしてはいるが、ボーイッシュなその見た目と裏腹にしっかりと膨れた胸元がかすかに女の性を窺わせる。
そんな彼女を困らせるのはこれまた彼女と正反対に優雅であり、あまりに妖艶な女性。近づくだけで女の性がにおいでわかるほど色気にあふれた美女は、オレンジと黄色のグラデーションが華やかなドレスを身にまとい、もふもふした扇子を片手に赤毛の彼女に熱い視線を送る。
きっと彼女が美味しそうなのだろう。そうにしか見えなかった。
ユー・ユーと呼ばれた彼女は赤毛のミーティアに語りかける。
「ちょっとこっちに来て」
しかし、ミーティアは優しすぎる彼女の態度に若干の恐怖と底知れぬ未知との遭遇を感じていた。容易には近づけない。
警戒体制全開で右足を踏ん張り一瞬で後戻りできるように、差し出すのは右手だけと身体の99%を逃げることに向けてユー・ユーに近づいた。
「はい、お年玉」
ユー・ユーがミーティアに手渡したのは少し重めの貨幣の袋。その重さには少しだけ心当たりがあった。
「これって、もしかして」ゆっくりと身体を近づけ袋の中身を確認する「やっぱりっす! これは私がこのエクレツェアでぼったくられたお金っすよ!」
ユー・ユーは笑って、
「この世界ではね、犯罪で失ったお金は大半が帰ってくるのよ」
「そんなことあるんすか?」
「ええ」ユー・ユーは頷くと「この世界の大半の犯罪は必要悪として政府が運営しているのよ。だから、被害は補填されるの」
「なんなんすかそれは?」
ミーティアはエクレツェアの仕組みを理解できなかったが、ひとまず手元に戻ってきたお金に喜ぶ。
「助かったっす。これ、私の全財産なんっすから。本当に良かったっす」
ユー・ユーは扇子を開けて仰ぎながら、
「後で先日の給料も手渡しするからそれで何か食べてきたらいいわ」
すると、扇子の風に乗った彼女のにおいがミーティアの鼻腔をくすぐる。
パタン、と扇子をたたむと、
「それとも、私とお食事しましょうか?」
じっとりとした視線が彼女を捉えていた。
「あ、あ、あ」ミーティアは戸惑いのあまり声にならない声を出すと助けを求めてあたりを見渡す。
そこに青と銀色と黒のタイトなバトルスーツを着たキシヨを見つけると、
「あ! ありがとうございました! キシヨさんとご飯食べに行くっす!」
ミーティアはそそくさとその場から離れ、キシヨを追いかけた。
そんな彼は少しだけイライラしている。
いや、困惑のあまり激怒が薄まっているだけだ。
今彼の頭の中にあることが本当だとするのならば、これ以上の悪事はお目にかかったことがない。
キシヨの頭の中にはよしきを問い詰めることで頭がいっぱいだった。
すると、彼の腕を引くものが現れる。
「キシヨさん! 一緒にご飯でもいかがっすか?」
ミーティアはユー・ユーが自分を気に入っていることには気がつけたが、キシヨの怒りの表情はすっかり見落としてしまっている。
彼女の純粋さのいいところなのだが、それがキシヨを逆撫でした。
「それどころじゃない!」
振り払ってよしきを探す。
ミーティアは戸惑って、
「ちょっと、待ってくださいっすよ! 一体何を怒ってるんすか!」
そう声をかけた頃には彼は会議室のドアを蹴破っていた。
部屋の中の一同が彼に注目する。
視線を振り払って手が出る、足が出る、声が出る。
三拍子揃った時にはキシヨがよしきの胸ぐらを掴んでいた。
「何の真似だ! よしき!」
「おっと、これまた出会った時のようになったねぇ」
「何の真似だと聞いているんだ!」
● よしき、情報は届いたよ。
それをスミレが慌てて止める。
「一体何しているの! 怒ってるの? キシヨ」
「確かに俺はキシヨになって一年だったよ!」
すると、隣のテーブルに拳を振り下ろした。
「それだよ。俺はキシヨじゃない。太一だ! 白堂太一だ!」
「それはもうここに来る前に聞いたぞ?」
「とぼけるな! そう思い込ませていたんだろ!」
「これは参ったな。マルコ、やるぞ」
● いいんだな? やるんだな? これはボツになったシナリオルートだぞ?
「オーケー、オンステージだ」
仕方ないな。
よしきは神妙に語り始めた。両手を広げて大きく叫ぶ。
「そうさ、真実を教えよう!」
● そうだね、ようやく気がついたようだ。その通り、君は太一だよ。それはこの話のかなりはじめっからわかっていたんだけどね。
「ああ、その通り。お前は太一だ。だが、そのずっと前からお前はキシヨだったんだぜ?」
● そして、ここで今問題なのは今君が太一かキシヨかということじゃなくて、君がどっちを名乗りたいかということなんだよ。
「お前はどっちがいいんだ? 生まれてくる前の名前? それとも生まれてきた時の名前か?」
● はたまた、キシヨが君を逃がした後の名前かな? それもこれも運命を変える出来事さ。
「だが同時に、変わることはすなわち運命」
● つまり君は運命の通りに生きているわけだ。それでも聞きたいなら教えてあげよう。
「お前は『夢を超えた夢』なんだ。そんな焦らず、しっかり生きてくれよな」
● では、はじめるとするか、『エクレツェアの鍵』よ。
● さあ、運命の時間だ。
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