第33話 最終章 夢の終わりに
ここは夢の中だ。人間が唯一異世界と交われるターミナル。この世界で人は、啓示を受け、行動を起こし、歴史に名を刻むと決まっている。太一、彼もその一人だった。
「ここは……どこだ?」
真っ白な空間。
確か、戦いを終えて部屋にいたはずだ。マリと話していたはず。そのまま転寝をしてしまって……。それ以上は記憶を探っても出てこない。
考えようによってはここが天国だとしてもおかしくなかった。だが、もしかしたらここが地獄なのかもしれないと気がつくこととなる。
ズン……ゴゴゴゴゴ!
彼の足元が大きく揺れる。
「太一! 逃げろ!」
キシヨ、彼の声だ。だが、彼は死んでしまったはずではなかったのか。
ともあれ太一は混乱していた。
「え……太一? それはお前だろ!」
「何言ってる? お前が太一。俺がキシヨだろ?」
「そうなのか?……そうか、そうだったな」
なぜ自分がキシヨだと思い込んでいたのか、彼にはまったくわからない。キシヨがいる世界ならば、ここが地獄ではないことはわかった。
「どうしてここに? 俺は一体……」
「しっかりしてくれ! 俺たちはマリ様を救出してグレンシア軍を迎撃しているんだろ?」
「え……そんな……」
そう言われた瞬間、真っ白な空間は戦場へとかわり、この世界の悲劇を生み出した。
キシヨには信じられなかった。この世界の光景をどこか見たことがある。そして瞬時、に出てきたのがこの記憶だ。
「俺の世界、極東の国だ」
「ははは、当たり前だろ。って、笑ってる場合じゃないな」
キシヨらしかった。彼のユーモアは戦場でも優しい。いつも太一の頭の中に聞こえていた声と違って厳しくない。今のキシヨならなんでも許してくれそうだ。
ユーモアあるセリフは、彼の重い言葉を伝えるための予備動作であった。
「なあ、太一。敵は大軍だ。俺たち二人で勝てるわけねぇ」
「——な、何を言う! ならどうするというんだ!」
キシヨらしくなかった。本部が攻められたときすら、勇猛果敢に戦ったというのに。……いや、そう言えばそうだったのだ。だいたい、彼が今ここにいるはずがない。キシヨはあのときすでに死んだはずだったのだから。
彼の顔が優しいものから悲しみをそっと手放すように解けていくのがわかった。
「太一、俺はもう……」
キシヨの体から解ける透明な絹のような糸が解き放たれ始めた。
「キシヨ! どうなってるんだ……?」
優しい顔、彼はもうお別れだというのに、それでもまだ優しかった。そんな顔が太一には苦しい。もうお別れだとでもいうのか?
「わからない! わからないよ! 死んでたり生きてたり! 入れ替わったり消えそうになったり! もういい加減にしてくれよ! なぁ!」
「悪かった……」
「何が起きてるんだよ!?」
太一にはわからなかた。なぜ、死んだはずのキシヨがここに生きていて。なぜ、太一と入れ替わっていて。なぜ、今消えそうのなのかを。
「太一、まさかお前……忘れているのか?」
キシヨの声は恐ろしげだった。まるでこの世界が嘘のようだ。
でも、それを知っているのは太一自身だった。
少しずつ思い出してくる。
極東の国で襲撃を受けた日、キシヨは確実に死んでしまっていた。あの後、彼の遺体を見はしなかったが、生きているのならば必ず戻ってくるはずだからだ。
だが、もしかすると生きているかもしれない。そう思っている間に世界を平和にしてしまったのだから。彼は本当にいないのだろう。
なのに、なぜ目の前にいるのか? ようやくわかった。
「おれが、おれが作り出していたのか」
太一はキシヨが死んだ事実を受け入れられなかった。毎日泣いた。毎日苦しかった。
だから、そんな絶望から逃れたかったのだ。
『フィガー』
この言葉は社交ダンスのステップの名称だ。とある科学者が社交ダンスで出会った女と結ばれて、彼女と死に別れた彼は、とある機械を作り出してしまった。生まれたこの名の機械は、物語を現実にする能力がある。
科学者は『フィガー』で妻を蘇らせたのだ。
では、物語とは一体なんだろうか?
アニメ? 映画? それとも目の前にある小説?初めに言ったはずだ。これは小説ではないんだぞ、と。
物語、科学者や我々が使うその言葉の本当の意味。それは、思い出だ。思い出を現実化する能力。それはつまり、思い出の世界をこの世に実現する能力。消えたものすら想像する能力だった。
太一はキシヨがいて欲しくてたまらなかった。初めてできた友達。でも、それはただの戦争で壊れてしまった……。……ならば……作ればいい。戦争も無くそう。争いも、違いも、悲しみも。
太一はそれを全てひき起こすために、『フィガー』に心を売った。キシヨを作り出してしまったのだ。
だが、敵もまた『フィガー』を使う。彼らはその本来の能力に気がつかなかったとはいえども、強敵だった。
そこで、二つの矛盾が生まれたのだ。
世界が平和になることと、世界を支配すること。キシヨが一緒にいることと、キシヨの犠牲無くては果たせない現状。キシヨ、彼がどれほど勇敢だったのか、知るところではないが……そんな彼だからこそできたことだった。
そして、最後の戦い。
マリをグレンシアから奪還して、グレンシア軍を一人で請け負った時。強大すぎる力を前に、太一は『フィガー』の中ですらキシヨを犠牲にする選択を迫られていたのだ。それが、敵を討ち滅ぼすのに必要な力だった。
もしかしたら、初めから争わなければよかったのかもしれない。もし、途中で降伏していたら『フィガー』の作り出したキシヨと一緒に入れたのかもしれない。でも結局、彼の頭の中では思いつかなかったのだろう。
キシヨは世界一勇敢な男だった。
そんな彼が、理不尽に立ち向かうことをやめるはずがなかったのだから。彼が消えるのは、思い出を犠牲にすれば、彼を犠牲にすれば力が得られると考えてしまったからだ。
「ごめん、太一……」
本当は、『フィガー』なら簡単にその力を得ることができたはずなのに。自分の力を信じきれなかったのだ。まるで、自分でしてきたことが全て誰か別の人間の力だったかのように。
「俺はもうお前を縛り付けてたくないんだ」
念じれば念じるほどに、強く彼に生きて欲しいと思う。
「俺がいなくてもやっていけるはずだからさ」
彼が発する言葉は、もう聞きたくなかった。
「もう、忘れてくれよ」
そう、消えて無くなるのだと。感覚が直感していた。
これは僕の一番の思いだ。
「ふざけんなよばかやろう!!」
!? 太一、いったい何を。
「なんでだ! なんで!? そんなことを言うために俺をここに連れてきたってのかよ! お前はいつも勝手なんだ! 今まで何のために生きてきたと思ってるんだよ! それでもお前は! お前が死んだなんて嘘をつくって言うんだな!? じゃあ俺はこれからどうすればいいって言うんだ!」
太一はキシヨに寄り添っと、囁くように願った。
「教えてくれよ!……」
太一はキシヨが消えてしまった事実に耐えられなかった。でも、そうするしかなかった。
でも、キシヨが消えてしまった。でも、そうするしかなかった。
それでも、キシヨが消えてしまった。でもそうするしかなかった。
彼が消えてしまった。なぜかそうするしかなかった。
どうして彼が消えてしまった? どうしてもそうしなければならなかったのか?
なぜ、消えてしまったんだ。俺が弱いせいで。
だからこそ、最後にもう一度だけ、会いたかったんだ。
『フィガー』は世界を変換するんじゃない、この世界に変わらぬ物をもたらす物だ。科学者はそうやって最愛の妻を変わらず存在させた。
だが、もしその存在と引き換えに力を得るとしたら。それもまた変わらぬ事実となってしまう。『フィガー』ではもうキシヨをこの世に呼べなくなってしまっていたのだ。
だからこそ、キシヨはこう頼んだ。
『フィガー』よ、俺の代わりにキシヨを連れてこい、と。だが、『フィガー』に使用者を犠牲にする能力はなかったのだ。
だからこそ、それの要求は別の方向に働き、太一が己をキシヨだと思い込むこととなったのだ。そうすることで、太一とキシヨの共存が可能であった。
「最後かもしれないだろ?」
僕はそう伝えた。
「だからもう、いいんだ。俺は太一と話がしたいんだよ」
なんだか今のお前は苦しそうで。
「もう自分を偽るのはやめろ」
見ていられなかったんだ。
「お前が太一だ」
幸せになれるはず。
「もういいじゃないか、お前がやりたいことをやっても」
お前の人生だ。
「お前は俺がいなければ生きられないほど弱かったのか?」
冗談きついぜ、あんなに楽しそうに戦ったくせに。
「しっかりしてくれよ、お前は俺が選んだ親友なんだからよ」
僕のその言葉に嘘はない。
ははは、泣くなよ太一。お前が泣いても俺は泣かないぜ。
だってよ、お別れなんかじゃないんだからよ。
「そんなお前が大っ嫌いだった。どうして、励ますばかりで、俺にお前を励まさせてくれないんだ。夢でであってもそれは変わらないのか!? 消えてしまっても俺を責めないのか!?」
太一は俺の体を離さない。ずっと、ずっと握っていた。
「お前はそれでいいのかよ?……」
僕は自然と空を見た。遠くの方で砕けたビルの向こう側から見える夕日を眺める。
僕がキシヨにキャスティングされた時、よしきの考えた物語はどうなることかと思ったよ。
僕ってさ、ほんと調子いいやつだからよ。ふざけ倒して笑いながら戦った時もあった。ずっとお前にふざけ倒して、それが友達だと気付いた時はもう親友だった。
僕って強いからさ、グレンシアが勝つはずの戦いとかうっかり勝ってたり。
僕がそのうちお前の前からいなくなるとしても、お前が僕を忘れるとは限らないって、気付くべきだったんだ。
僕のミスだよ。イレギュラーの原因は僕さね。
だから言っておかないといけないことが一つだけある。
「いいんだよ、俺が消えたってお前が幸せならそれでな」
それはキシヨなら絶対にそう言うとわかっていたセリフだった。
やはり、彼は『フィガー』で作られた太一の思い出だ。
でも、彼を知る太一だからこそ、今彼が生きていればどういうだろうか、簡単に予測できたのだ。
そういう設定だ。僕が心の底から言っても、君にはそう聞こえてしまうのかもしれない。悲しくないけど寂しいね。
なら、なおさらだ。
「もう、いいよな。消えても」
もう、君が僕である必要はない。
世界を救いたい、そう願うキシヨというキャラクターとは正反対に、太一の始めの願いは誰か友達が欲しかっただけだ。友達の彼についていったらたまたま世界を救ってしまっただけの話。
それだけで英雄やら主人公やらと呼ばれるのはもううんざりだった。それを僕は知っている。
君はもう自分の未来を進んでいる。僕に頼っている場合ではないのだ。
いま、目の前に彼を待ち望む世界があるのだから、太一自身の手で掴み取って欲しい。
それが僕の儚い夢だった。
「ありがとう」
それを言い残すと、少しの間も残さずに、僕は彼の前から立ち去った。
世界は、弱い。消えてしまった彼を救うには、あまりにも幼かった。
そんな彼は、言葉を綴るだけで、彼の前に現れるわけにはいかなかったのだから。
俺は異世界の人間なんだ。いろんな世界を旅して、やっと親友に出会えた。お前をずっと探していたんだ。この仕事を引き受けて本当に良かったよ。
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