第30話 序章 リプレイ1
昔のSFにでてくるような、緑のモニターに映しだされるのはこんな選択肢だ。
序章1 リプレイ1 記録として再生しますか?
yes no
今僕がいるのは書斎を出て右に曲がった先。モニター室。
エクレツェアのすぐ近くにあるこの異世界の小さな孤島に設けた秘密基地だ。
嵐が過ぎ去ったあとも海は荒れ、分厚い雨雲が空を覆っている。どんよりとした雰囲気は僕の好きなシチュエーションだ。
秘密基地というには真っ暗で電気はモニターしかついていない。確かこの部屋にはピアノと窓と絨毯があった。でも、緑モニターに照らされているのは僕の顔だけ。いわゆるおっばけや〜しきーだ。
選択肢についてだが。
もちろんyesだ。この世界で最も重要な展開が、序盤の序盤で起こっているんだからね。この記録を今から君の頭に転送してやろうってんだ。いい夢になるといいさね。
『スタンバイします』
キシヨの頭の中に流れ込むイメージ。暗い空間にデジタル的なカラー映像が流れ、ロード画面が終わってから広い荒野が見え始めた。
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ここは極東の国。今は瓦礫ばかりでそれらは土埃まみれだが、戦争が起きる前はレンガ造りの家が並ぶきれいな街並みだった。
しかし、爆弾は投下されると簡単にそれらを破壊してしまう。今となっては舗装もされていない道を瓦礫の間を通って進むようなそんな場所になっている。
だが、そんな街にも一つだけ新設の建物があった。コンクリートで作られた小さなその建物は、今は診療所と呼ばれている。
そんなところに、一人の青年が尋ねた。彼がこの物語の主人公、太一だ。
彼は瓦礫と同じように土埃まみれで、白いシャツとチノパンをはいていた。
顔は生きた心地がしないような顔をしている。だが、それはグレンシアに国が滅ぼされたからでもなく、ましてや見た目からわかる生活環境でもなかった。
彼はトイレに行き、長く手を洗ってから待合室で名前を呼ばれた。
促されるようにして診察室の前に立つ。
「入ってください」
許可を得ると、太一ドアノブを握って開けた。そのドアノブにすら触りたくなさそうだったが、彼は潔癖だからここに来たというわけではない。
診察室には清潔にされた様々な診察器具が置いてあった。机は木でできていたが、ほかはすべてプラスティックの素材でできた、白で清潔感のある部屋。
ベッドも白く、埃一つなかった。だが、目の前にいたお医者様はそれとは正反対に黒の装飾がこの上なくうるさい姿をしていた。
デザインにしてはあまりにも芸術的すぎた。
まるで身体中にタトゥーを入れたような姿は、石炭だけで作ったスバメ巣のようだ。
● 全く、少しは医者らしい格好をしたらどうかね?
僕はそう彼に尋ねた。
僕は基本的に語り部であるため登場人物にしゃべりかける必要はないためあまりこういうことはしないのだが、もしも語りかけるとしたら頭に●をつけて喋ることにしている。
とはいえ、彼にはそのようなことをしなくても私のここまで語ってきた一連の言葉は伝わっているのだが、これは私の語り手としてのポリシーとも言えるものである。
● そうだとは思わないか? 詠嘆のエクレツェアよ。
そう、この黒の装飾この上なくうるさい男こそが『詠嘆のエクレツェア』。
異世界で最強の男である。
詠嘆のエクレツェアは楽しそうに笑いながら、患者の太一を眺めてこう言った。
「なあに、医者が全員真っ白である必要などこにもない。たまには悪魔がいたっていいはずだ」
つまらぬことを言うので無視を決め込む。
しかし、患者の太一もこのような言葉を投げかけられれば仰天の一つでもしそうなものだ。
だが、それはない。
なぜなら、今我々のしている、私が語り部をしていたり、詠嘆のエクレツェアが医者のふりをしているのもすべて『リプレイ』という作業にほかならないからだ。
つまり、我々は物語の登場人物と定期的にすり替わっている訳である。
リプレイとは、物語が正確に進むかどうかを確認する作業だ。
しかし、その作業は異世界人が普通の世界に踏み込むことであり、その特別性からその世界の人間には物語が順調に進んでいるとしか認識できないような仕組みがなされいている。
つまり、この太一こと主人公は、今目の前に白衣の心療内科医が座って、カルテを眺めているようにしか思っていないのだ。
本来ならば、太一が体験している世界と我々の世界を対比して物語を語っていくのが重要だが、普通の人間ではそれでは伝わらないらしい。それは私の経験によるものだ。
さて、そろそろ話を進めてもらうか。
太一はここに怪我の治療に来たわけではない。ましてや、心療内科だ。彼は詠嘆のエクレツェアの名の下に椅子に座るよう促されると、緊張しつつも彼は言葉を伝えた。
「早くしてください。俺は別に何の問題もありません」
厄介な患者だ。心療内科の気がおかしい何かだとでも思っているのかね?
主人公にふさわしくない偏見だよ。詠嘆くん、君の求める人間とは思えないけどね。
詠嘆のエクレツェアは説明した。
「あなたは目の前で多くの人の死を見てしまったでしょう? グレンシアはそんな極東の人にメンタルケアを実地しているんですよ。何もあなたが問題を抱えているとは言っていません」
よく軍隊にあるカウンセリングさ。戦場に出向いた兵士に心のケアを行うのは普通の話。
それだけを考えると、よく再現されているとは思うけどね。
「もう放って置いてください!」
太一は苛立ってそういった。敵対する国にこのような手厚い歓迎は受けられないと考えていたからだ。しかし、彼の心はそうは言っていないと感じる。
さて、これで最後の一言を言ってこのシーンは終了だ。
心療内科医こと詠嘆のエクレツェアはこう言った。
「安心してください。あなたは一人じゃありませんから」
青年は優しいその言葉に安堵した。
ギコー、ギュルギュルギュル。
時計のネジを回すような、そんな高貴な音が聞こえる。この音は世界が動く音だ。時には未来に進み、時には過去に戻る、そんな時にこの音は生じる。
その最中の世界を君にも見せてあげたいよ。星を眺めればあちこちが流星。人を見れば高速移動。街を見れば儚さを感じ。自然を見れば残酷さも味わえる。
こういう世界が君達の住む世界だ。
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『記録の再生を終了します』
この時の僕は少し尖っていたね。異世界とはいろんなことがある、丸くなっても仕方ないけど、改めて見ると今とのギャップが恥ずかしいよ。
このシーン、本当は僕の一人称が私になってたんだよ。恥ずかしすぎて変えちゃった。
そしてだ、太一くんのことはずっと見てた。このシーンのはるか前から。
生まれた時から優しい君は、父母に優しくされてさらに大きく育った。
そんな優しい君だからこそ、本当はなかったカウンセリングのシーンを挿入したんだよ? 辛い経験は共有することで最も緩やかになる。そのことを僕はよく知っているのさね。
さて、次の記録だ。
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