和帝結婚式闘争編最終幕 リプレイ編
第29話 リレイザ・マルコヴィール、オン・ステージだ
キシヨも治療され、頚動脈の切り傷も見事塞がっていた。だが、疲れもあって西の医務室のベッドから今度は太陽に照らされた金色とわびさびの中庭を眺める。
すると、隣にアリーアが座った。凛とした彼女は非常に男勝りで、彼氏などいっときもいなかったような鋭い目つきをしている。キシヨを見ると、
「今回、貴様が殺した忍者はすべて蘇生した。はっきり言って、殺しすぎだ」
「……次は気をつけます」
キシヨは自分の世界でグレンシアから身を守っていたときを思いだした。あの頃は守るために人を殺すことが当たり前になりつつあったのをマリが止めたのだ。彼は今一度人を殺すなかれと自分に刻みつけた。
「わかればいい。じゃあな、あとは客人に任せる」
「客?」
「はぁ……鈍いヤツだ。貴様の成果は及第点だ。よしきがそう言っていたぞ」
アリーアはそう言い残して他のけが人の治療に向かった。
ドアの開いた音に顔を向けるとマリとスミレ、それとアカリの姿あったので少しだけ和む。
スミレはキシヨの一時間ほど前に目が覚め、元気にマリをしろ中連れ回したあとだった。
アカリはベッドに近づくと、
「よう約束を守ってくれたな。私から礼を言うのじゃ、キシヨ」
彼は安心して頷く。アカリはそんな彼の額にキスをした。
マリが目を見開いていた。だが、アカリは明快に、
「少しお主が好きになったわい。結婚してやってもいいぞ?……ありがとうじゃ」
「ははは……勘弁してくれ。そんなことより、お前はどうするんだよ? 女皇帝にはスミレがなっちまったんだろ?」
すると、アカリは少しも悔いることのない顔だ。朱色の髪の毛がエクイアのように強く太い。見ただけなら普通の女の子だ。ただ、生まれた場所が違うだけ。
「旅をしてみようと思うのじゃ。妾はこれまでずっとこの国の外から出たことがなかったからな。お主の言うエクレツェアとやらも気になるからのう」
「そうか、好きにしろ」
呆れて目をつむった。
マリはキシヨのそばに座って、頭を撫でる。彼女の手は優しくキシヨの髪の毛を解いていった。
「ゆっくり休んでください。とても疲れているはずですから」
「マリ様…………その……申し訳ございません。あんなことになってしまって」
「別に私は気にしていません。これであなたが一緒にいてくれるならそれで……」
一緒にいる。それはキシヨが自分の世界に帰ることを意味していた。
「マリ様……あの、おれ……」
マリは彼の着ているスーツの裾を、ぎゅっ、と握り締めた。
「キシヨ……もう、一人にはしません……」
マリもキシヨが仕事に行き詰まっていることを承知していた。だが、彼の力になれなかった心の底から悔やんでいた。だからこそ、もう一度自分の世界でやり直したいのだ。
「一緒に、帰りましょう」
キシヨの心が大きく動いていた。
しかしそこに、そんな緊張の場をかき乱し踏み潰す様な、乱雑で無鉄砲な足音が聞こえる。
こんな無粋なことをするのは、いつも決まってあいつだ。
ずん、ずん、ずん、ずん!……がちゃ。
「失礼しマーーーーーーース!」
よしきが扉を蹴破る様に扉を開けると、大きな鉄筒を肩に担いで入ってきた。
それがロケットランチャーだと気付いた頃にはキシヨに標準が定まっている。
「おめでとーーーーーございまーーーーーーす! ドカアーーーーーン!」
パァン! と、ランチャーから大量の紙吹雪と紙テープが吹き出し、部屋中を覆い尽くす。
マリとキシヨが思わず咳き込んだ。
スミレとアカリも非難を浴びせる。
「ちょっと! 何バカやってるのよ!?」
「コラァ! わしの着物についたら取るの大変じゃろうが!」
紙吹雪が舞い散った頃、よしきが「何言ってるんだ、こんなにおめでたいのに」
キシヨはアリーアの言葉を思い出した『貴様の成果は及第点だ』
よしきは心からの喜びを体いっぱいに表現する。
「見事! わたーしの望む様な結果を出してくれたな! これで世界は君が幸せになる方向に向き始めた! 今すぐ我らの世界へ帰ろうではないか!」
すると、彼はそっとキシヨに手を差し伸べた。
「この詠嘆のエクレツェアが君をエクレツェアに迎え入れよう!」
キシヨはマリを見る。彼女の考えはどうだっただろうか?
きっと、いつまでも彼にはそばにいてほしいはずだ。
彼女を守ることこそが、キシヨの生きる意味だったはずだ。
「マリ様…」
「キシヨ」
マリはゆっくりと力強くキシヨの裾を握りしめる。ぎゅっとちからのこもったその柔らかい手がほのかに赤く染まったのがわかった。
しかし、それを降り切らなければ先には進めない。それを彼は知っていたのだ。
だから彼はそっとマリの手を握りしめて、ゆっくりと立ち上がると、こういったのだ。
俺をエクレツェアに連れて行ってくれ、と。
「おれ、エクレツェアには行けないよ」
……!?
……なんだと……? 本気で言っているのか、それを……?
”ははははは! ようやく本題に戻ったね!”
”キシヨ〜、ようやく君の本懐に気づいてくれたようだね!?”
”やっぱり君は僕が見込んだ通りだよ!”
”世界は! 極東は! 君を必要としているのさ!”
”重要な歯車じゃなくなったッテェ!?”
”侍は刀を奪われタァ?!”
”歯車じゃなくなったらなにもかもが終わりかい!?”
”刀がなければ戦えないのかい!?”
”そんなに貴様は弱いのかぁあ!!”
何を今さら鼓舞するようなことを! さんざん悪者だったじゃないか!?
さすがだね君は本当に!! 要するにこういうことだ!
キシヨにしか聞こえないお前の声は、結局キシヨ自身の声だったんだろ!?
だからそんな主人公みたいなことを言う!!
だからそんな当たり前の事実で僕のも語りに入り込んだ!
いい加減にするのはお前の方だあああ!
● よしき! なんとかしろ!!
「おいおい、冗談きついぜ。そのためにここまで来たんだろ?」
「俺は自分の世界に帰るよ」
よしきはに度目の言葉にびっくりして、
「ちょっと待てよ! 新しい世界が待っているんだぞ!? もっと強くなれるんだぞ!? しかも、詠嘆のエクレツェアが直々に来てやっているというのにまだ断るというのか!?」
………………だが、なぜかキシヨの心は変わらない!
”変わらないの当たり前だ、僕たちは極東から逃げるわけにはいかない!”
「最初に言ったはずだ。おれは極東の国のリーダーだと」
「誰もそんな風に思ってなかったじゃないか!?」
「それでも! おれには捨てられない……」
”生まれた世界が自分に合わなかったからといって、主人公が異世界に逃げるような真似はしないんだよ!!”
貴様はキシヨを縛り付けてるだけだろ!
● そうはいっても、詠嘆のエクレツェアとて簡単にお前を諦めたりはしないぞ!
「そうだぞ! そんなこと言うと、ぼくちゃん怒っちゃうぞ!?」
「お前らこそ、おれの気持ちは御構い無しか!? マリ様をこんな目にあわせてまですることかよ!?」
”そら、見たことか! 君達がマリにしたことは世界で最も危ないことだって気がつくべきだね!”
● 余計なことをぬかすんじゃねぇえ!!
加熱する彼らの会話にマリが止めに入る。
「キシヨ! 落ち着いて!」
キシヨは立ち上がって、
「マリ様がおれにとってどれほど大切な存在かわかっていたはずだ! それなのにマリ様を巻き込んだお前らを信用できるわけないだろう!!」
太一ィ……なぜそんな心にもないことを言う……!?
● よしき! お前の考えた物語だろ! この分からず屋をなんとかしろ!!
「あ〜……もういいわ。好きしろ……お前を連れて行くのは諦める」
● 匙を投げるつもりか……これだから素人は……!
ふう、ふう、落ち着け。
よしきはしょんぼりとして部屋から出て行く。外には、うぷぷぷ、と笑ったコーデルがいた。
「ふられちゃったね。いい気味だ」
「うるさい、久しぶりに悪い一面が出ているぞ」
「な〜に、代わりなんていくらでもいるよ。君のお眼鏡に合いそうな人間を見つけてきた。すごい過去を持っているよ? 異世界をゲームに改造してその支配人をしている男さ。君の望むとおり、しっかりといろんな苦しみを味わっているはずだよ」
「もういい、少しだけ休ませてくれ」
そう言うと彼はとぼとぼと歩いて行った。
「なぁに、傷ついたわけじゃない、少し疲れただけの話さ」
スミレが部屋でキシヨを責める。
「何もあんな言い方なかったじゃない!」
そう言って彼女も出て行ってしまった。
アカリは彼らとは違ってキシヨに優しく語りかける。
「おぬしの決めたことじゃ、誰にも責められんよ」
アカリもスミレを追いかけていった。
療養室は一気に静かになった。床に落ちた紙吹雪が冷えて冷たくなっている。そんな中マリの手だけは暖かくて、キシヨの手をすっと握っていた。
「マリ様、絶対にもう逃げません」
「キシヨ、これからはもっと時間を取れるように頑張ります。ですから、その……お、お、お、おつきあいからでいいので、付き合ってください」
そうはさせないよ、泥棒猫。
……。
その場にはマリとキシヨだけが残されることとなった。
……。
ふぅ……久しぶりだ。こんな気持ちになるのは本当に久しぶりだ……!
久方ぶりにちょっと本気で怒っているよ……?
相変わらずだな、ずっとそんな調子だったのか? 太一。
お前はキシヨが死んでからずっとそんな感じだったんだな?
そんなに弱い人間だったとは思いもしなかったよ……。
よしきはカウンセラーの役をやった、コーデルとサカ鬼は隊員の役をやった。
なら、キシヨは一体だれがキャスティングされていたと思っているんだ?
ほんっとうに、手のかかる親友だ……!!
……。
いいだろう、君は少し休んだほうがいいようだ。戦いの中で疲れてしまっただろう?
おや? 何をベッドに戻ろうとしている? そんな暇ないはずだぞ?
さあ、その場で、今すぐ、お休みなさい。
この僕に喧嘩を売ったんだ。今すぐ、僕の舞台に来てもらおうか。
物語のプロとして、お前との決着をつけよう。
リレイザ・マルコヴィール、オン・ステージだ。
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