第25話 キシヨ覚醒
その声は大きく響いた。式場が大きく頷くようにその音を見事に吸収してみせる。シーンとした空間に戻ると、リスグランツは式場の招かれざる客を眺めた。
声の主はスミレだ。彼女を連れていたキシヨはマリを目撃すると。
「マリさま!」
「キシヨ!」
目が合う二人。互いの距離を確かめ合う。彼女の目には涙が浮かんでいた。
キシヨは頭に血が上って。
「お前はいったい何人の女を泣かせるつもりだ!」
「飽きるまで、何度でもだあ!」
リスグランツの言葉にキシヨは拳を強く握りしめた。このように横暴な人間がグレンシア以外にもいたとは思いもしなかった。
スミレが来客席を破壊して横たわるお鷹の胸を見つける。
「お鷹の胸さま!」
「スミレ……逃げなさい……」
しかし、全く聞かずにキシヨがリスグランツを狙って銃弾を放った。だが、感情に任せた弾丸を、リスグランツは簡単に手のひらで弾き飛ばしてみせる。
キシヨは苦笑って、
「硬いなあ、他の奴らは当たれば傷くらいできるのに」
確かに、バルすら血を流した弾丸を、無傷で弾くのは予想してなかった。
リスグランツの余裕がこちらまで漂う。
「エクレツェアの民かあぁ。今のはなかなか痛かったぞぉ? だが、俺には効かんんん。黒数珠繋ぎが俺に力を与えているのだからなあああ!」
スミレはリスグランツの皮膚でうごめく黒い数珠のような模様。虫が何匹も這いまわっているようにも見える。
「うそ……! 黒数珠繋ぎは和帝最強の忍びの証……でも、そんなの授かって生きていられるはずがないわ! 帝位も継承できない!」
「できるんだよ、妃を殺せばなぁ」
パン、パン、パン、パン
キシヨは意味がわからずとりあえずリスグランツに発砲続ける。その合間に顔をスミレへと向けた。
「なんだその数珠繋ぎってのは?」
「この国最強の呪いよ。その呪いを受けたものは驚異的に強くなるの」
リスグランツはキシヨが会話をしながら放った横着な銃弾も全て弾き飛ばして言う。
「そういうわけだ、もう誰も俺に勝つことはできない。結婚式の邪魔をしないでもらおうかあ」
「銃じゃ埒があかないな。接近戦だ」
キシヨは横柄な言い分を聞かずにリスグランツに突っ込む。が、ショートソードに持ち替えてリスグランツに斬りかかろうと飛び上がった瞬間、階段の手前で何かにぶつかった。
「があ!」
声を上げ軽く弾かれ、彼の頬が少し焦げた。スミレはキシヨのぶつかった緑の障壁を観察しながら、彼に近づく。
「大丈夫?」
「なんだこれ……?」
「障壁よ、緑は最上級の防壁。しかも、呪いの力でさらに強くなってる。破れっこないわ」
リスグランツはふんと鼻を鳴らして、
「邪魔をしてくれるな。もう朝日まですぐそこだ」
朝日まであと二分。リスグランツはマリの手を引いて朝日を待つ。マリもあまりの力に手を潰されそうで抵抗できない。
それを見てキシヨは怯むのをやめた。障壁にショートソードを押し当てる。
「いいか? お前のそれが呪いなら、俺とマリさまの約束も呪いみたいなもんだよ! 一度守ると決めたのだから! 壊せない壁があっちゃいけんだよ!」
ショートソードが燃え上がる。しかし、確実に障壁を切りつけていた。
お鷹の胸がそれを見ると傷を押して叫ぶ。
「やめなさい! 一人で障壁を突破するなど無謀です!」
だが、キシヨは諦めない。いや、どこかで直感していた。これを突破できると。しかし、リスグランツが障壁に手を向けて力を込めた瞬間、キシヨは大きく跳ね飛ばされた。
だが、それを支えるものがいる。
「しっかりしなさい! それでも壁を壊すんでしょ!」
スミレが彼の背中を押して支えた。
「よっしゃ行くぞ!」
姿勢を支えられたキシヨは雄叫びをあげながら障壁を切り裂こうとする。ショートソードが砕け始めた。それでも手でこじ開ける!
朝日まであと一分。
「無駄だ無駄だ無駄だああぁあ!」
リスグランツは手にさらに力を込める。緑の障壁はエメラルドに輝き、その上黒数珠繋ぎの模様が色の中で氾濫し始めた。
「貴様のようなただの男にこの障壁は突破できぬわぁ! この距離を、帝王と国民の距離と思えぇえ!」
叫ぶ。
「我は帝王ぃ! 貴様ら市民を統治するものなりぃい! 大いなる力の前には、人一人の力など、無力にすぎないぃい!」
その時、マリが言い放った。
「突破しなさいキシヨ! そして見せるのです! 彼が間違っていることを!」
リスグランツは彼女の両肩を掴んで睨みける。
「何を抜かすぅ! いったい何が間違っているというのだあ!」
「あなたが今ここにいるのはあなたに尽くしてくれる人がいるからです! あなたのためにいったいいくらの人が血を流したと思うのですか! それを知った上で一人が無力というのならば見てみなさい! 今、私を助けようとしてくれる人々は、皆互いに力を合わせているのです! 人一人でものをなしている人間などいません! それがわからないのであれば、あなたには国を治めることはできないと言っているのです!」
「ふざけるなあぁ!」
リスグランツは彼女の首を締め始めた。だが、殺してはならぬと気がついた時、集中がぶれる。障壁がゆがんだ。黒い模様が消え失せる。
「しまったあぁ!」
「あと少し!」
キシヨは手を焼き尽くしながらスミレとともに障壁をほぼ限界まで押し進んでいた。あと少しで障壁が壊れる。
その瞬間、窓から日が差し込む。同時に昂ぶる声が聞こえた。
「ハハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハ! 朝日だあ」
リスグランツはマリの首を掴んだまま、口元に引き寄せる。
キシヨはあと少しで届きそうな光景に、何もできない自分に震えながらひたすら障壁を押し続けた。
「待ってくれ! 待ってくれ待ってくれ待ってくれ! やめろぉお!」
限界まで力を込めて障壁を押し破る。
「頼むから、やめてくれぇえ!」
そう、絶対にリスグランツを帝位似つかせるわけには行かなかった。それは絶対にだ。たとえ、何をしてでも阻止しなければならなかった。リスグランツが帝位をついでも、いまいましい独裁者たちが証明してきたように、ろくなことにならない。
たった一度の口づけはそれだけで敗北を意味している。到底認められなかった。
リスグランツとマリの首を引き寄せて、口元まで持ってくる。マリも必死で足掻くが、大男の腕力にはかなわなかった。涙を浮かべて唇をが接近する。
その時、キシヨの後方からリスグランツとマリの間に手裏剣を投げ込こまれる。
近づいていた唇は離れ、リスグランツは頭を引いてかわすと振り向いて、怒号を浴びせる。
「悪あがきはよせえぇ!」
スミレがキシヨの肩を掴む。そして引き寄せた。
「私をあなたの嫁にしなさい!」
「何を言って……!」
その時、スミレがキシヨの唇を奪った。キシヨの視線が震える。その場中の時が止まった。
キシヨは彼女を引き離す。
「いったい何やってるんだ!」
「私はアカリの妹。これで帝位はあなたのものよ、マリ(かのじょ)は継承権を失ったわ。もう結婚しなくて済む」
「そ、それは本当か?」
だが、それならば起きなければならないことが起こっていなかった。
「どうして死なないの? 黒数珠繋ぎがあなたを殺すはずなのに!」
「そう言われても知るかよ!」
「さあ、早く死んで!」
「何言ってんのぉ!」
「残念だったなあぁ。腹違いに継承権はないぃ」
声がした方を見ると、リスグランツがマリとキスを交わしていた。
マリの震える視線もゆっくりと閉じられ、涙がこぼれた。それが、自分がキスをしたせいか、好きな人が他の人とキスをしたせいかそれはわからない。
瞬間、式場の鐘楼が鳴り響く。朝日が明るくさしこんだ。
その時、キシヨの中で何かが弾ける。
リスグランツが唇を離すと、彼の体を黒い数珠模様がいたるところを覆っていた。
『ハッはッハっはッハ。ついニ、ついにワレが帝位についたぞ! これで貴様らを支配できる!』
その頃、キシヨの中では全てが静まり返っていた。
『これで俺が帝位ぃ! ていいいい! テイイぃ! ハハハハハハハァア!』
狂乱を起こすリスグランツを前にしても、キシヨの中では全てが静まり返っていた。明鏡止水がごとく。
その静寂を破りリスグランツが苦しみの声を上げた。
『がは! 早く妃を殺さなければぁ』
彼が右手を上げて黒い模様で覆った時。鋭く指が尖り、彼女の首を狙う。
『さらばだ、始皇帝の娘よぉお』
スゥン……
と、彼の尖った右腕が振り抜かれた。目の前にマリはいない。
『なにぃ?』
声に出した時には、右手がおられていることに気がついた。
その時、沈黙と同意義の静かな声。
「ごめんなぁ、マリさま。せっかく大切にしていたファーストキスを、あんなわがままな奴に取られてしまっただなんて。せめて先に、私があなた相手になりたかった……」
ステンドグラスから日差しが差し込んでいるちょうどその場所に、キシヨがマリを抱えて立ち尽くしていた。後ろの太陽が二人を包み込み、その最中にキシヨが口づけをした。
「これで許してください」
マリの心が少し揺れた。もっとも悔しかったのは彼女だったはずなのに、それを止められなかったのはキシヨのはずだったのに、それもこれ重どれも覆して、たった一回の口づけで、マリの中で全てすんなりと納得がいった。
勝利ではなかったにしろ、敗北ではない。
『いつの間にぃ。いつの間にぃそこに立ったあ?』
リスグランツは呆然とする。
キシヨは『フィガー』を使っているわけでもなかった。抱えられているマリすらも気づかぬままにキシヨは彼女を救出していたのだ。
マリの前のあるキシヨの顔は、どこか寂しげで、どこか泣きそうで、どこか辛そうな表情。彼女たちがグレンシアと戦っていた時にもこの顔を見たことがある。
マリが囚われてしまった時、それを取り返そうと、それが少し行きすぎて、悲しみに変わり、そして放心に変わっていた彼が駆けつけた時の姿。
誠実な彼が怒る時はいくらでもあったが、そういう時に限って怒っていないものであった。だが、今はその反対。マリは前から知っていた・こういう静かな顔つきの時は、こういう安らかな顔つきの時は、彼が激怒している時だ、と。
キシヨはマリを床へとおろす。
「ありがとう」
「どうもこちらこそ」
リスグランツは怒り狂って、
『いったいぃ、なにをぉ、しているう! 誰の許可を得てそのような狼藉を働いたあぁあ!』
だが、キシヨの精神は凄まじい平静を保っていた。ゆっくりまばたきをして、ゆっくりリスグランツを見やる。
『誰のぉお……許可をぉ得ていると聞いているう!』
その荒ぶる声も、キシヨには届かない。
『いいだろう! 貴様ごと殺してくれるわ!』
リスグランツは黒数珠繋ぎで覆われた体を変形させて、実に鋭利な身体を生み出す。あらゆる場所を突き刺せるように進化した彼の体は、全ての機能がキシヨとマリの二人に向いていた。
瞬間、彼は超速度で間合いを詰め、命を狙う!
『くたばれぃ!』
するとその時、どんっ、とリスグランツの顔面を何かが横から正確に捉えた。それは彼が二人の命を狙うより早く、強力だ。ズズン、と顔面にめり込む。それが拳であることに気がつく頃にはさらに食い込んだ。
そしてキシヨが一言。
「お前はいったい何様のつもりダァ!」
グキィ、と音がなってリスグランツが吹き飛ばされた。彼はそのままステンドグラスを突き破り、中庭に吹き飛ぶ。ステンドグラスの雨が降った。
中庭から聞こえていた争乱の声もぴしゃりと止まる。
力を尽くした一撃を放ち、キシヨはその場にしゃがみ込む。
マリが彼を支えて寄り添った。
「大丈夫ですか? キシヨ」
「まだです、あいつはまだ生きています」
「ですがあなたは戦える状態じゃないでしょう? 今は逃げましょう」
「それではいけません。あいつはあなたを狙っています」
『ドゥフハハハハハハッハハハ! あの女はどこダァああああああ!』
マリがゾッとしてステンドグラスの外を覗いた。
「リスグランツ様!」「落ち着いてください!」
『ギャああああああはははははっッハは! 俺こそが帝位そのものだああああああ!』
城の中央、緑の芝生は黒数珠繋ぎで真っ黒に染まり、その場の忍びたちが取り囲まれた。
リスグランツは黒い塊になって蠢き、もがきながら立ち上がると、周辺に黒い模様を突き刺し始めた。忍びたちは逃げ回るが一人ずつ取り込んでいく。
ハルトも撤退するが、彼の知る限りこの状況は最もありえないものであった。
「黒数珠繋ぎ!? ウザすぎるだろ! なんであいつが帝位を継いでやがるんだ!」
「ひゅ〜! 推測は後だ、爆風大砲!」
クロカズがリスグランツに向かって、巨大な風の大望をぶち当てる。だが、黒い模様が弾ける程度でリスグランツには届かない。
リスグランツを取り込クロ数珠繋ぎが大きく膨れ、そん速歩行の化け物になり始めた。まだ未完成のまま、亜mだまりのいる式場に突っ込んだ。
『女をよこせ!』
化け物はステンドグラスから式場に入りきらないが、上半身をねじ込み始める。
お鷹の胸が小太刀を式場の両端に投げつけた。突き刺さった小太刀は緑に光って障壁を生む。
「いまのうちに逃げなさい、始皇帝の子孫は生きていなければなりません」
マリが怯えてキシヨの手を引くが、彼は立ち上がって銃を向けた。
「いけません! 逃げるのです!」
「マリ様、もうグレンシアとの戦いで学んだはずです。敵は倒さない限り追ってくると」
太一の犠牲が脳裏をよぎる。思い出す必要がなかった事実が彼女の感情を揺さぶった。
「ですがあなたが」
「俺はもう逃げない」
太一が逃げなかったように、キシヨも逃げないと決めたのだ
● まだ戦いかい?
「ああ、マルコ。俺にマリ様を守らせてくれ」
● 僕は語り部だからね。大抵のことはできるよ。でも、君の行動は君が決めなきゃいけないんだ。それが今戦うということでいいんだね?
「キシヨ、いったい誰に話して」
「マルコ、できそうか?」
● 簡単だよ、君が君の元気な姿をそうぞするのさ。一番なりたい自分を想像するのさ。それを強くねんどうりきでうごかすようにね。
● 君のなりたいのは誰だい? もう書斎の前に戻るつもりはないんだろ?
「ああ、わかった」
”僕の力を使う時が来たようだね!”
”キシヨ! 俺たちの実力を見せてやろう!”
”我らにかなう敵などいないのだから!”
● 今だけは戦いに集中させてやれぇえ!
”さあ、フィガーをは"#$%&"
● 懲りない男だ。
キシヨは立ち上がる。彼が思い描いた姿はいまこそ戦う戦士の姿だ。
「キシヨ!」
「マリ様、行ってきます」
キシヨはお鷹の胸の小太刀を銃で打ち抜き、障壁を消した。それを機に押し迫るリスグランツに向かって走り、顔面を計r飛ばしながら中にはへと飛び出していった。
スミレがマリの手を握る。
「早く逃げるわよ!。あなたのためにキシヨは戦うんだから!」
● ふぅ、素晴らしい、太一くん。君は僕の誇りだよ。異世界の戦い方も理解しているようだね。そのままイメージを顕下させるんだ。きっと世界が変わるからさ。
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